サクライロⅣ
*雛Side
あれからどれくらい経ったのだろう。
私は牢屋の中でうずくまり、震えながら肩で息をしていた。春先の明け方や夜中はとても寒い。
もっとも、牢屋の中は真っ暗で小さな柵の窓からしか外の明るさは見られないのだけれど。
少なくとも二回朝が来た。二日は経ってるんだろうな・・・・。
雛は身体を起こす事もできずにそう、ぼんやりと考えていた。
主人はまったく来なかった。
まるでもう私のことなんて忘れてしまったかのよう。
「私こんなところで死ぬのかな・・・・」
雛はうっすらとそう呟く。
どこかでミカゲが私を心配して助けに来てくれるんじゃないかと思っていたけれど、そんなようすもない。
ミカゲも昔私を売り飛ばしたおかあさんと一緒なんだ、きっと哀れんでくれていただけ。
涙が頬をつたった。
「やだよ・・・こんなところで死にたくない・・・・誰か助けて・・・・・助けてよ・・・」
力が入らない身体。出ない、声。
なんとなくだけれど、自分の身体に限界が近いことを感じて私は泣いた。
泣いたって誰も助けになんてこないのに。誰も返事なんかしてくれないのに。
「助けてよ・・・・!」
小さく、叫んだそのとき。
「おねえちゃん大丈夫?」
そんな幼いこえが牢屋の外から聞こえた。
私は驚いて柵の窓をみつめる。そこには小さな女の子が手に何かを持ってこちらをのぞく姿があった。
下のほうで結われた黒い髪がゆれる。女の子は私と目があうとにこりと微笑んだ。
「よかった!おねえちゃんまだ生きてる!」
私がきょとんとしていると女の子は手に持った小さなつつみをこちらに柵の隙間から押しこんだ。
これは、なんだろう・・・・?
私が一度、それに目をうつしたあともう一度女の子に目をやると女の子は人懐っこく笑った。
「わたし、さくらっていうの。このおうちでわたしも住んでるの。おねえちゃんこれ食べて、おにぎりだよ」
それがたべものだとわかった瞬間、私はそのつつみを横たわったままひらいてむさぼるように食べていた。
これを食べれば死なずにすむ・・・・!
視界がゆがんだ。よかった・・・よかった・・・・!
「ありがとう、ほんとうにありがとうさくらちゃん・・・・・!」
おにぎりを食べ終わった後。待ってくれていたさくらちゃんに私はお礼を言った。さくらちゃんは嬉しそうに笑って頷く。
「ううん、おねえちゃんがここに捕まるのが見えたから・・・。ばれないように、こっそりきたの。明日も来れたら来るね」
私は申し訳ないながらも、頷く。同時に、怒りを感じていた。
こんな小さな女の子まで働かせてるなんて・・・・。
*
あれから毎日さくらちゃんは食べ物を運んでくれた。
量こそ少ないけれど、生き延びるのにはじゅうぶんだった。
さくらちゃんは買出し係りらしく、比較的自由な時間が多いらしい。
私と一緒でまだ夜の仕事はしなくていいから。
私はいつもあの夜の仕事をさせられている女の人たちをみてぞっとしていた。女の人たちは拒否権もなく夜な夜な主人に無理やり犯される。
私はそれだけはどうしても嫌だった。今は、ミカゲを大切に思っているから特に。
けれどミカゲはあれから一度も姿を現さないし、助けにも来てくれなかった。期待して外をいつもながめるけれど。
ミカゲはどうして来てくれないのだろう・・・・。
やっぱり、私が一方的に大事に思っているだけなの?
ミカゲは妖だし、人間の私のことなんて別になんとも思っていないのかもしれない・・・・。
そんなことを考えていた、ある日。
さくらちゃんがその日は食べ物以外にもうひとつ何かを持ってきた。
「桜の木の枝・・・?」
さくらちゃんが手に持っていたのは小さなうすピンクいろの花をつけた、桜の枝だった。さくらちゃんはにこっと笑って答える。
「うん。桜の枝だよ!今日お買いものの途中、おかをとおったんだけどね!
そこできれいな男の人に持っていって、っていわれたの」
きれいな男の人・・・・?私の心臓がトクンと高鳴った。
もしかして、ううん・・・・・絶対にミカゲだ・・・・!
私はさくらちゃんの手から桜の枝を受け取った。
「ありがとうさくらちゃん・・・!私、その人と知り合いなの。よかった・・・・」
私がそう言って牢のすきまから手をのばしてさくらちゃんをなでてあげるとさくらちゃんは嬉しそうに首をすくめた。
普通に暮らしていればこんなふうに可愛い妹と過ごせたのかな。
そんなことを思いながらしばらく幸せな気持ちで他愛ない会話をしていたけれど。
いきなりさくらちゃんがびくんと身体をすくませた。
「どうしたの、さくらちゃ・・・・」
私が言い終わるまでにさくらちゃんは小さな声で主人が来た事を告げると走って行ってしまった。
さっきとは違う、嫌な感じで心臓が鳴った。
おそるおそる、顔をあげると。意外そうな顔をした主人がいた。
「まだ生きていたのか!はっはっは!なかなか生命力が強い女だなあ!木でもかじっていたのか?特別に出してやろうぞ、許してやろう」
私はきょとんとした。
出られる・・・じゃあまたミカゲに会いにいける・・・・!?
ああ!じゃあこんどはばれないようにもっとこっそり行こう・・・!そうすれば・・・!
もう一生ここから出られないと思っていた私は、突然の許しに喜ばずにはいられなかった。
けれど私が歓喜に満ちた感情でいっぱいのきもちになっていると、主人は私を絶望のふちに落とすような事を言った。
「お前も今日から・・・・いや、今から俺の相手をしてもらおうか・・・」
背筋が、ぞわっと粟立った。
主人は下品に口元を歪め、牢をあげると私をぐいっと引っ張った。
身体が、ガタガタと震える。
抵抗しようにも長らく動いていなかったせいで力が入らず、抵抗もできない。
主人はそのまま私を自室まで引きずった。
そして、寝室の布団の上に乱暴に私を放って後ろのふすまをぴたりと閉めた。窓が大きなこの部屋は月の光だけになって。
主人はこちらにゆっくり歩み寄ってきて、私の胸やお尻をいやらしく着物の上から撫でた。ぞわりと悪寒がはしる。
「いやっ・・・!やだっ。やめてください!!」
私は弱弱しくもがいて抵抗したけれど。
主人は無視して私の上に乗った。
重くて、息がつまりそうになって私はむせた一瞬抵抗をやめてしまった。
「お前はなかなか上玉だのう、こうしてみてみると・・・他の女はすっかり抵抗もせんで面白くないからなぁ」
主人の目はぞっとするようにぎらぎら光っていて、私は恐怖におびえた。
やだ・・・!こんな人にこんなところで・・・・!
主人は、私の着物に手をかけて胸元を勢いよく裂くように脱がせる。
月の光に自分の白い胸があらわになっているのが見えて。
私はできる限りの力を使ってばたばた暴れた。
主人は下品な目つきで笑い、そんな抵抗を物ともせずに胸に顔をうずめて腰を撫で始めた。
私は疲れ果てて抵抗できなくなっていく。
そうしている間にも主人は私の服をどんどん脱がせ、身体を撫で回した。
ここで”主人の物”になると昼間は働かせられ、夜は相手をさせられる。
穢れて、時間もなくなって二度とミカゲには会えないだろう。
そう思うとぼろぼろと涙がこぼれて気がつくと声をあげていた。
「うっ・・・やだよ・・・やだよぉ・・・助けてミカゲっ・・・・!」
私は手ににぎった桜の枝をぎゅうっと握り締めた。瞬間。
パキッ。
そんな鈍い音がした。
手元の桜の枝が折れてしまったのかとはっとしたが、枝は折れておらずかわりに冷たい空気がまわりに満ちるのを感じた。
そのほうへ視線を動かして、見上げると。
「ミカゲ・・・!」
窓のふちに浮かび上がる銀色のシルエット。甘い香り。
涙で視界が歪んでいるし、月の逆光でよく見えないけれどわかった。
そこにいるのは何日も待ち焦がれたミカゲの姿。
ミカゲはきらりと冷たい青い瞳を主人に向けた。