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サクライロⅢ

「ミカゲ!」


 私は今日も、桜の木の下に来ていた。

夕暮れに近いこの時間、私は前から木に会いに行っていたのと同じように必ずミカゲに会いにいく。


「来たか、待っていたぞ、さあ来い!」


 私が来るといつも、ミカゲはそう言って腕を広げる。

・・・でも、私は恥ずかしくて。いつもその腕には、飛び込まない。


「・・・なんだ、今日も抱きついてこないのか。俺が人の形をとりはじめてからはまったくだな」


 ミカゲはそんな私にいつも詰まらなさそうに口を尖らせていう。


「・・・だって、恥ずかしいもの」


 私は俯きながらいい、桜の木の下に座った。

それをみて、ミカゲはこっちに振り向いてゆっくりと歩いて来た。

そして、こっちをじっとのぞき込む。私はミカゲを見上げる。

ぱちっとミカゲの青い瞳と目があって、私はあわてて目をそらした。


 ・・・こんなふうにして人と目をあわせることなんて今までほとんどなかったから。


「ふふ、可愛いやつめ」


 ミカゲはそれを見て嬉しそうに微笑み、私が再びちらりとミカゲのほうを見たときその顔がすぐ傍にきていた。


「・・・・!」


 私が驚いたのもつかのま、私はミカゲに抱き上げられていた。

ミカゲは私を子供みたいに抱き上げて、揺らす。


「せめて俺には心を開いてくれないか?今までずっと、木の姿の俺にはそうしてくれていたように」


 ミカゲの温度を感じながら私は硬直したまま黙り込む。

ミカゲのことは、信頼しているけれど。まだこの感じがなんなのかは私にはわからずにいた。


「ご、ごめん・・・信頼はしているつもりだけれど」


 私がなんとかききとれるくらいの声でそう言うと、ミカゲは私の頭をなでた。


「別に、良い。大丈夫だ。俺が雛を大切にするから徐々にでも心を許してくれれば」


 私はぎゅっとミカゲの服をつかんだ。

・・・ちょっと、申し訳なくて。けれどその優しさが心地よい。


「・・・うん」


 するとミカゲは私をおろして、自分の膝に座らせた。


「わ、私重いからだめ・・・!降りるよ!」


 私はなんだかその状況が少し恥ずかしくてばたばたもがいていうけれどミカゲはぎゅうっと私に後ろから抱きついた。

その様子はなんだか、大きい犬みたいだ。


「本当に雛はかわいい。俺は雛のことが大好きだ。はやく俺もお前にも好かれたい」


 私はぼっと赤くなった。

ミカゲは人ではないからだろうか、恥ずかしい事をさらっという。

ミカゲは私のことをとても好いてくれているようで。

私もとてもそれに答えたかったし、ミカゲのことは好きだったけれどやっぱり自分の感情に自信は持てなくて。


「・・・ありがとう・・・・」


 いつも、ただ赤くなりながら照れ隠しの笑顔をうかべてそう言うだけだった。


「あ、私もう帰らないと・・・」


 あのあといつもどおりたわいもない会話をして過ごしたけれど、夕日がおちはじめて私はあわてて言った。

楽しい時間は過ぎるのがおそろしく早いもの。

急がないと、主人にぬけだしてることがばれちゃう・・・!

私が言うと、ミカゲはぱっと抱きしめていた腕を離してくれた。


「もうこんな時間か。明日も待っているぞ」


ミカゲはそういってにっこり微笑んで。私は少しどきっとした。


「うん、絶対明日も来るから・・・!」


 私は恥ずかしいのをごまかすために顔を覆いながら答えた。

そして、桜の木とミカゲに背を向ける。

少し歩き出してふりむくと、ミカゲはいつまでも手を振ってくれていた。

私はなんだかあたたかくなる胸をおさえながら手を振り返した。


 この感情ってなんだろう。

昔、家族と暮らしていたときの安心感と、それと・・・・?

ああ、ずっとこの感情にひたってたいな。帰りたくない。


私は薄暗くなりはじめた道を早足に歩いていった。


 薄暗い道を私ははしっていた。

いつもより遅くなってしまったようで、もうあたりはまっくらだ。

そして、ようやく家についたけれど。私は家の前で硬直する事になった。


「あ・・・」


 家の前に、主人がいた。

うつろな目をした女の人を両脇につれて、私をにらみつけている。

さっと血の気がひいていくのを感じて体が震えた。


・・・どうしよう。どうしようどうしようどうしよう・・・・!


 私の身体が、さらにがたがた震えだす。

主人はそんな私を見つけるなり怒鳴り声をあげた。


「おい!無断でどこに行っていた?」


 私はびくりとふるえ、反射的にその場におでこが地面につくほどひくい姿勢で土下座した。


「申し訳ありませんっ・・・!仕事がおわったので、少しだけと・・・・!」


 けれどそんな謝罪は無視して主人はずかずかとこちらに近づくと、土下座する私のあたまをふみつけた。

思い切り地面におでこがうちつけられて、激痛がはしって私はおもわず悲鳴をあげる。

すると主人はさらに私のあたまを強くふみつけ、言った。


「誰がそんなこと許可した?そもそもお前は仕事というほど働けていないゴミだろうが!」


 主人は、さらに怒鳴って足に力をこめていく。

私がもう一度呻くとそして私の髪をつかみ、地面に叩きつけて私のお腹と顔を力いっぱい蹴った。

あまりの衝撃に私はその場に丸くうずくまり、咳き込んだ。意識が、遠のく。


 ああ・・・・ミカゲにあって、うかれてて。

調子にのったんだ、私・・・・。私なんてただの奴隷みたいなものなのに。


 後悔しながら意識を失う前に、主人は私の髪をもって言った。


「しばらく何もしなくていいぞ。”暇”をやろう」


 そして、主人は私の髪をつかんだまま私を引きずり、家の敷地内へとはこんだ。

抵抗するすべはなくて。されるがままにひきずられていく。

再びどこかに叩きつけられた衝撃があったかと思うと、私は庭におかれた牢屋に叩き込まれていた。


「お前は三日間ここにいろ」


 主人はそれだけ言うともう一度私のおなかを蹴り、ガチャリと鍵をしめて行ってしまった。


「う・・・ハッ・・・ハッ・・・・」


 私は、うなりながら息をした。ほこりっぽくて、まっくらで。

私は痛むおなかをおさえながら涙があふれでるのを感じた。


 どうしよう。もうミカゲに会えない・・・


 下手すれば、ここにずっと放置されて餓死するのかもしれない。

いや、その前に三日もこんなところにいると死んでしまうのはあきらかなこと。


「やだよ・・・そんなのいやだ・・・・」


 助けてよミカゲ……

最後の言葉は声にならず私は泣きながら、その意識を手放した。


*ミカゲSide


 俺は、雛が行ってしまった道をじっと見つめていた。

走るその、雛のからだにはたくさん痣があることを俺は知っていた。

どうもそれを隠したいらしく雛はたいていそれを隠してきて、俺にわからないようにしていた。


 けれど、俺は知っていた。

俺が木の姿で雛を見守っていたときは雛はほとんど傷をかくしていなかったからだ。


 俺の妖力は、もうとても弱っていた。

きっと、もうそう長くは生きられない。


・・・といっても、それは妖怪の時間の流れでの話だが。


 だからもともと人の形をとろうなどと考えた事もなかったのに、雛がここに来るようになってからなぜだろうか、雛が愛おしく見えて雛を助けてやりたくて人の形をとった。


 なにか、ここからいなくなるまえにしたかったのだ。

けれど、実際に人間の姿になってみると思ったより力がおとろえているらしく木から離れて行動する事ができないことにきがついた。


 寿命を削り、桜の木を媒介にして移動することはできるのだが、そんなことでは結局おれは雛になにもしてやれない。

俺はただ、雛の去っていた道を見ながら思っていた。


 雛、もっと俺を頼れ。

・・・・雛が助けを呼んだならば俺は命をけずってでも助けに行く。





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