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サクライロⅠ

*プロローグ


 絵本の世界みたいにすべての物語がすてきで幸せなエンディングをむかえる。

それは、ありえないことだと、彼女と彼の出会いを見ればわかるだろう。

彼も彼女も、幸せだった。でも本当に幸せだったならば・・・・?黒猫は青い瞳を瞬かせた。


 「桜の季節にであってしまった私たちは幸せだったんでしょうか?」

最初に見た彼の桜も最期に見た彼の桜もとてもきれいで-・・・・ひとつめの物語は、そんな桜と人間のおはなし。



*本編1


 ガシャン!

そんな鈍い音をてて、私の手から花瓶が地面に落ちた。


「すみません!申し訳ありません!」


 血の気がひくのが、わかる。まただ、またやってしまった。


「使えない小娘が!住む場所と食事を与えてやっているのにろくに働けもしないのか!」


 そう言って、私の主人は私を殴りつけた。

私の細い体はいともたやすくバランスを失い、地面にたたきつけられる。


「申し訳ありません!」


 私は、ただふるえながら謝ることしかできない。だって私は、奴隷なのだから。

-・・・私は小さいころ、家族に売られたのだ。

貧乏で、生活の苦しい毎日。けれど、今よりは苦しくなかった。今よりは幸せだった。

でも両親はそうじゃなかったのかもしれない。

でもそんなことは私にはわからなくて。だから、突然知らない人につれていかれたあの時、私はわけがわからなかった。


 あの日、助けてと叫んでもお母さんたちは、目をそらして私を見なくて。

そうしてしばらくしてここにつれてこられてはじめて私は気づいた。

”-・・・ああ、私は売られたんだ。”と。


 それからは地獄だった。


 私の主人は何人も奴隷のように女性を家に住まわせていて、私もその一人にくわわった。

手伝いをして、何かミスをすれば、殴られる。

しなくても、主人の機嫌が悪ければ殴られる。とにかく、暴力が多くて。そして一番酷いのが、主人の夜の相手、だ。


 今はまだ私は14歳の子供だからと、家の手伝いのみをさせられているのだけれどいつか他の女性のように穢されるのだろう。


 それも、とても嫌だったけれど。なによりも、今は主人が怖かった。

私は、毎日が怖くて怖くて仕方がない。


 今度ミスをすればご飯を出してもらえなくて餓死するかもしれない、殴られて、殺されてしまうかもしれない・・・

そんな恐怖が絶えず頭を過ぎって、それと戦って精神がすりきれてしまいそうな毎日を過ごす。すっかり痣だらけの、体で。


 けれどそんな私の精神をぎりぎりつないでいたもの。

それは、少し離れたところにある人気のない丘にある、大きな桜の木だった。

その下でのんびりとすることだけが私の生きがいになっていたのだ。

春はきれいに桜が咲くし、ほかの季節もその木は私にとって特別だった。


 木は、私をなぐらない。暴言も吐かない。ただ、美しくそこに在るだけ。

・・・もちろん、愛してもくれないけれど。


「・・・今日も、行こうかな」


 私はさっき主人になぐられた頬をおさえながらつぶやいた。子供の私の仕事は、夕方でおわりだ。

夜の仕事は、ここに拘束される本当の奴隷達。私は傷をかくすように治療して、そっと家を出た。


 このあとの時間はだいたい、主人は部屋で女の人たちと・・・。

ぞっと悪寒が背筋を走ったので、私は考えるのをやめて走り出した。

丘にむかって、前へ前へ進む。まだまだ日は暮れないのだけれど、私の足は完全に駆け足だ。


 私を癒してくれるのは、あの桜の木だけ。

だれもいない桜の木の下で、のんびり過ごすのだ。早く木に抱きつきたくてしょうがなくて、いつもこうして走ってしまうのだ。


 けれど。その日私ははっとして立ち止まった。


「誰かいる・・・・」


 いつもひっそりとしていて無人のはずの桜の木下に、人が居た。

しかも、男の人だ。

 銀褐色の長めの髪に、すそのほうが薄ピンク色で桜の模様のある着物を着ている、少し不思議な雰囲気のこの辺では見ない人は目を閉じて木にもたれていた。

あの上等な着物に、気品のある雰囲気はどうみても、身分の低い人じゃない。


 私はふらふらと二歩ほど後ろに下がった。私だけの、癒しの場所だったのに。

絶望に打ちひしがれて私はぺたんと座り込む。あの人が居る限り私はあそこには行けない。

男の人は殴るから、怖・・。私は呆然とその光景を見守ることしかできない。


「・・・!」


 ショックで呆然としてたけれど、すぐにあることに気がついて、私ははっとした。

その青年はいつの間にか目を開き、誰かを待ち、探すようにキョロキョロしていた。私はあせって近くのしげみに隠れる。


 見つかったら、何をされるかわからない・・・・!

私の頭にそんな恐怖がうかぶと同時に、小さな希望もうかんでいた。

誰かを待っているということは、たまたまあの桜の木の下で待ち合わせしているだけかもしれない。

明日には、いない可能性もある。私はぎゅっとむなもとを握り締めた。


 そうよ、絶対そう。そうじゃないと私は・・・・


 私は自分に言い聞かせながらこっそりと茂みから這い出し、見つからないように帰りたくもない家へと帰った。


 -次の日。私は再び息をころして茂みのところでしゃがんでいた。


「やっぱり居る・・・」


 私は今日なぐられたところをおさえながら、小さくつぶやいた。

淡い期待をいだいて今日一日をまた、乗り越えてきたけれど。

やっぱり昨日と同じように誰かをまつように青年は居て、私はどうしようもない喪失感におそわれた。


 一日たりともあの木のところへ行かなかった日はないくらいに、必要としていたのに。

あたたかい、甘い桜のにおいがする木に耳をあてて、

トクントクンと水をくみあげる音をきくのが好きなのに。

とてもとても、好きなのに。私の目に涙がじわっとうかんだ。


「先にあの場所をみつけたのは私なのよ・・・」


 私はそう言いながら、今日もまた木に触れることなく家に戻った。


 それからしばらく私は毎日諦め切れなくて木のところにかよっていったけれど。

やっぱり同じようにあの青年はいて、私は毎日涙をうかべながら帰る羽目になっていた。心はどんどん重くなっていって、黒くなっていくようで。


 そして、今日もやっぱり諦めきれずに私は木のところに来ていた。

けれど、その日はいつもと違った。


「いない・・・!!」


 私は思わず歓喜の声をあげていた。今日はあの青年がいない。

警戒してしばらく出て行かなかったけれど、やっぱり居ない。

いつも通り木のしたはひっそりとしている。


 よかった・・・!またあの木に触れられる・・・!


 私は茂みから駆け出し、木にしがみついた。

甘い、におい。耳をあてると久しぶりな感覚に私は思わず涙が出そうになった。

やっぱり私を癒してくれるのは、この木だけ。

しばらく木を抱きしめると、私はもたれかかって目をつむった。

そのまま、うとうととまどろむ。

ぱらりぱらりと疎らに桜の花が散る音だけが私をつつんだ。


 けれど、そんな時間はつかの間に真上から低い声がふってきた。


「おい、娘」



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