二人ぼっちの世界
その白い首にゆっくりと手をかける。
毎夜毎夜の戯れあい、毎晩のように繰り返されるコロシアイ。
「…っ、う…はっ…!!」
「とっとっと…、危ない危ない。大丈夫?生きてる?」
それは例えば食事中、休憩中、着替え中。例えばリビングでキッチンで玄関で寝室で。
時間と場所に縛られることなく、スイッチの切り替えは制御不可能。目と目があって息をのめば、それは二人だけの秘密の時間の始まりの合図。
「…ね、このまま絞め殺しちゃっていい?」
「…いやだ」
その白い首筋に爪をたてながら、彼女の左手首を強く握る。彼女は荒れた呼吸もそのままにふるりと首を振って拒否を示した。
「つれねぇなぁ…」
「だって、私が死んだら、椎名さんは別の誰かの首を閉めるんでしょう?そんなの、ずるい。私はもう誰からも絞められないのに」
ぎち、と爪が皮膚に食い込む。首筋はこんなに白いのに、流れ出るのは真っ赤な血。ペロリと指を舐めれば、鉄くさい錆の臭いがした。
いや、ではなくずるい、という所が彼女らしい。そんな彼女の本音を耳にするたびに、『椎名恭一』は彼女自身からは必要とされていないのだと実感する。
…俺には、彼女しかいないのに。
「…ね、椎名さん、首、絞めて…?」
「今日は、随分と素直なんだね…っと!!」
甘言のその先は天国かはたまた地獄か。
首を絞められるのが好きなの、と言われた時の彼女の顔を忘れない。羞恥と後悔とほんのちょっとの期待。
首を絞めるのが好きなんだ、と言った時の彼女の顔が忘れられない。ほんのちょっとの驚愕と歓喜。
殺す一歩手前、というよりもしがみ付くような縋るようなそんな感じで首を絞める。
呼吸を許した瞬間の彼女の顔が忘れられない。物足りない、とそう言っている彼女の顔が。これ以上すれば、彼女自身が危ないというのに。
彼女にとっては、己の命すら快感の足枷にすらすぎないのだ。
愛と呼ぶにはあまりにも殺人的な俺達の行為を。
ぽっかりと夜空に浮かんだ、大きな満月だけが見ていた。