燈がつなぐ夏〜美里町
この物語は、埼玉県美里町猪俣に伝わる伝統行事「百八燈」をモチーフにしたボイスドラマ作品です。
兄に反発していた少女が、ひと夏を通して「つなぐ」という意味を知る物語。
灯りは、ただそこにあるものではなく、
誰かが想いを込めて、次へ渡していくもの。
そんな“夏の記憶”を、ぜひ感じていただけたら嬉しいです。
【ペルソナ】
・青藍(せいら:14歳=中学二年生/CV:堀籠沙耶)=燈真の妹。東京へ行きたくて仕方ない
・燈真(とうま:18歳/CV:廣庭渓斗)=青藍の兄。猪俣の百八燈を大切にしたいと思っている
[猪俣の百八燈「子供たちが紡ぐ夏」】
https://www.youtube.com/watch?v=neoQzM16qio
【シーン1/七月後半の朝】
■SE/初夏の蝉の声
「ざけんな!うちのどこがチャラいの!?」
あ・・・
だめだ。またキレちゃった・・・
いや、うちのせいじゃない。
お兄ちゃんが悪い。
うちは青藍。
14歳。美里町の中学校に通う二年生。
夏休みが始まったばかりの朝。
空は抜けるように青く、山の稜線から顔を出した太陽が、
田んぼの緑を鮮やかに照らし始める。
4個上の兄は
夏休みまで返上して、毎日毎日百八燈/萬燈祭の準備。
朝から晩まで帰ってこないし。
え?
百八燈(萬燈祭)、知らない?
百八燈(萬燈祭)っていうのはね、ここ美里町猪俣に伝わるお祭り。
お盆の送り火行事?
400年前から続いてるんだよ。
戦時中も、コロナのときも途切れなかったんだって。
堂前山(山)の尾根にある百八つの塚。
毎年8月15日の夜、塚に燈を灯していくの。
祭の中心は子どもたち。
塚の修理から燈の準備までぜ〜んぶ子どもたちがおこなうのよ。
すごいでしょ・・
あ、言っとくけど
うちは百八燈(萬燈祭)なんてキライだから。
兄の燈真は、小学校5年生になると百八燈(萬燈祭)の若衆組に入った。
それまで、夏休みはいつもうちと一緒に遊んでたのに。
朝、ラジオ体操が終わるとそのまま公民館へ。
お昼ごはんをみんなで食べたら堂前山へ。
草むしりをして、塚の準備をして・・
夕食の時間が過ぎても笛や太鼓の練習。
よくわかんないけど、意気揚々と出かけていく・・
なぁにがいいのか・・
ゲームしてる方がよっぽど楽しいじゃん。
うちには全然わかんない。
今年は最年長だから、親方?ってのになって
参加する子どもたちをまとめてるんだって。
ばっかみたい・・
ってぼそって言ったのが聞こえちゃって。
『オマエみたいなチャラいやつに言われたくない。目ざわりだ』
だって。
チャラい?めざわり?
売り言葉に買い言葉。
で、冒頭のセリフ。
「ざけんな!うちのどこがチャラいの!?」
■SE/扉を閉める音〜駆け出す音
家を飛び出して、自転車に乗る。
走りながら目には涙が・・
知らず知らず堂前山(山)の麓へ。
国道のバイパスを渡ろうとしたとき・・・
「あぶない!」
「え?」
■SE/急ブレーキの音と自転車の転倒音
【シーン2/ER病棟の病室】
■SE/ヒグラシの鳴き声
■SE/病室の環境音(人工呼吸器の音)
気がつくと、病院のベッドの上。
パパとママがうちに背中を向けて立っている。
その向こう。
ベッドに寝かされているのは・・・
おにいちゃん!?
なんで!?
手足に巻かれた包帯とギプス、人工呼吸器の音がうちをパニックにした。
「ママ!」「パパ!」
ママもパパも振り向いてうちを見る。
でもすぐに優しく微笑み、状況を教えてくれた。
うちが家を飛び出したあと、兄は自転車で追いかけたそうだ。
もうすぐで追いつくってとき。
うちはなんにも考えずに国道へ飛び出す。
そこへ車が・・
兄はうちを庇って、自転車ごと投げ飛ばされた。
■SE/病室の環境音(人工呼吸器の音)
幸い、命に別状はないということだけど。
ギプスで固定された右腕と足首。
足首はベッドの上に高く載せられている。
松葉杖を使わなければトイレにも行けない。
え?じゃあ、百八燈(萬燈祭)は?
あんなにがんばってたのに・・
病室の隅に置かれたパイプ椅子。
兄が着ていた祭りの法被がかけられている。
鮮やかな藍色。
消毒液の匂いが漂う真っ白な病室で、それは残酷なほど浮いて見えた。
その夜。
病室から帰ろうとするうちに、ママが声をかけた。
”お兄ちゃんが呼んでる”
え?
踵を返すと、兄がこっちを見ている。
うちは小走りで兄に近づき、
「ごめん・・・お兄ちゃん」
兄は笑って人差し指を口にあて、手招きした。
「なに?」
耳元へ近づくと・・
「青藍、若衆組に入れよ」
え?
「オレ、今年はもう無理だと思うから」
朝、喧嘩してたときとはうって変わって、すっごく優しい声で微笑む。
「代わりにオマエが入ってくれ」
「そんな・・」
「オマエにしか頼めない」
「無理無理無理。ぜったい無理」
「オマエの法被姿。きっとかっこいいぞ」
兄はそれ以上なにも言わず、
私を見て、ずっと笑っていた。
【シーン3/百八燈(萬燈祭)に向けて】
■SE/盛夏の蝉の声
結局、うちは若衆組に入ってしまった。
なんか、兄の笑顔に背中を押される感じで・・
親方は、次親方の海斗が引き継いだけど、
すっごく大変そう。
塚へ続く道の草取りをしたり、燈明を作ったり。
町内を回って人別集め(にんべつあつめ)という寄付金集めまで。
へえ〜、お兄ちゃん。
こんなことしてたんだ。
え〜。粘土もこねなくちゃいけないの?
デコったネイル、とれちゃうじゃん。
うちは、首からネックファンを下げて、
法被を短く結び、ウエストをチラ見せする。
次親方の海斗は、苦笑いしてるけど、なにも言わなかった。
【シーン4/百八燈(萬燈祭)当日(8/15)】
■SE/ヒグラシの鳴き声
あっという間に半月が過ぎ、
気がつけば、8月15日。
百八燈(萬燈祭)当日。
うちは高台院(菩提寺)でばちを握る。
■SE/寄せ太鼓の音
海斗とうちの寄せ太鼓で百八燈(萬燈祭)は始まった。
後ろで子供組の小学生たちが篠笛を奏でる。
ネイルは、いつの間にか剥がれ落ち、
指先には練習でつぶれた豆の跡。
古の武将、猪俣小平六範綱(いのまた/こへいろく/のりつな)の塚に、
(古の武将の塚に)
厳かに燈が灯る。
続いて、百八の塚へとちょうちん行列が動き出した。
遠くから見るとそれは、
地上に落ちた星屑のように見えたかもしれない。
炎天下、汗を流しながら自分たちでこしらえた百八の塚。
そのひとつひとつへ、丁寧に燈を灯していく。
鬨の声。
五十塚への点火。
■SE/打上げ花火の音
クライマックスは、打ち上げ花火。
夜空の大輪が子どもたちを労う。
そのとき、見覚えのある笑顔が花火の灯りに照らされた。
え?
お兄ちゃん!?
両目とも3.0のうちだから、見間違うことはない。
百八燈(萬燈祭)を見る大人たちの中。
兄が松葉杖をつき、不安定な体勢で立っている。
お兄ちゃん!退院・・したんだ・・
白い包帯とギプスで固められ、首から吊られた右腕。
でも、顔は、満面の笑み。
うちもそれに応えて右手を上げ、親指を立てる。
兄は大きくうなづいた。
お兄ちゃん、もっかい言うよ。
”うちのどこがチャラいの?”
美里町猪俣に、夏の終わりを告げる送り火。
満天の星の下で、いつまでもゆらめいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語はボイスドラマとして制作されています。
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音で聴くことで、火の揺らぎや、夏の空気、そして登場人物の感情がより深く伝わるはずです。
あなたの心にも、ひとつ灯りが残りますように。




