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勇者になりたい君と、パンを焼いて待つ僕

作者: 只野 唯
掲載日:2026/03/12


 その村には、勇者を夢見る男の子がいた。

 名前はリオ。


 畑仕事を手伝うより、木の枝を剣にして振り回す方が好きで、村の裏山で魔物退治の修行ばかりしている。


「いつか本物の勇者になるんだ」


 そう言うと、目をきらきらと輝かせる。

 そんなリオを、いつも少し離れたところから見ている男の子がいた。


 村のパン屋の息子。

 名前はカイ。

 カイは毎朝早くからパンを焼く手伝いをしている。

 だから、裏山へ向かうリオをよく見かけた。


「今日も勇者ごっこ?」

「ごっこじゃない!修行だ!」


 リオは頬を膨らませる。


「じゃあ勇者様、朝ごはんは食べた?」

「……食べてない」

「ダメじゃん」


 カイは焼きたての小さなパンを渡した。


「勇者はちゃんと食べないと」


 リオは少し恥ずかしそうに受け取る。


「……ありがとう」


 それから毎日、リオは裏山へ行く前にパン屋へ寄るようになった。


「今日は魔物を倒す修行」

「昨日も言ってたよ」

「今日は本番を想定した戦い」

「裏山のスライムで?」

「うるさい!」


 カイは笑う。

 勇者なんて言うけれど、この村から出たこともないくせに。

 でも、夢を語るリオは少し格好よく見えた。

 ある日のことだった。


「俺、旅に出る」


 リオが突然言った。


「え?」

「勇者になるには村を出ないと」


 カイの手が止まった。


「……そう」


 ずっと、そう言う日が来ると分かっていた。

 でも、胸の奥が少し痛んだ。


「魔王を倒して帰ってくる」

「魔王いるの?」

「……いるかもしれない」

「適当だなぁ」


 カイは笑ったけれど、声が少し震えていた。

 リオはしばらく黙っていた。


「カイ」

「なに?」


 リオは真剣な顔で言う。


「帰ってきたらさ」


 一度言葉を飲み込んで、それから続けた。


「俺のものになってくれる?」


 カイはぽかんとした。


「……勇者になってから言って」

「なるよ」

「じゃあ、その時考える」


 カイはそう言って、小さな袋を差し出した。


「パン?」

「三日分。勇者様用」


 リオは袋を大事そうに抱えた。


「いってくる」

「うん」


 リオは村の道を歩き出す。

 何度も振り返る。

 そのたびにカイは手を振った。

 姿が見えなくなるまで。

 そして、小さくつぶやく。


「……ほんと、バカ」


 だけど。

 その顔は、少しだけ幸せそうだった。

 ――数年後。

 村の入り口に、剣を背負った青年が立っていた。


「ただいま」


 パン屋の扉が開く。

 カイが顔を出す。

 そして言った。


「勇者になった?」


 青年は少し笑う。


「まだ途中」

「じゃあダメ」

「え」

「勇者になってからって言ったでしょ」


 カイは腕を組む。

 でもすぐに、小さく笑った。


「……でも、おかえり」


 リオは照れくさそうに笑う。

 勇者の物語はまだ始まったばかり。

 だけど。

 彼にとって一番大事な場所は、最初からずっと――

 この村だった。


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