勇者になりたい君と、パンを焼いて待つ僕
その村には、勇者を夢見る男の子がいた。
名前はリオ。
畑仕事を手伝うより、木の枝を剣にして振り回す方が好きで、村の裏山で魔物退治の修行ばかりしている。
「いつか本物の勇者になるんだ」
そう言うと、目をきらきらと輝かせる。
そんなリオを、いつも少し離れたところから見ている男の子がいた。
村のパン屋の息子。
名前はカイ。
カイは毎朝早くからパンを焼く手伝いをしている。
だから、裏山へ向かうリオをよく見かけた。
「今日も勇者ごっこ?」
「ごっこじゃない!修行だ!」
リオは頬を膨らませる。
「じゃあ勇者様、朝ごはんは食べた?」
「……食べてない」
「ダメじゃん」
カイは焼きたての小さなパンを渡した。
「勇者はちゃんと食べないと」
リオは少し恥ずかしそうに受け取る。
「……ありがとう」
それから毎日、リオは裏山へ行く前にパン屋へ寄るようになった。
「今日は魔物を倒す修行」
「昨日も言ってたよ」
「今日は本番を想定した戦い」
「裏山のスライムで?」
「うるさい!」
カイは笑う。
勇者なんて言うけれど、この村から出たこともないくせに。
でも、夢を語るリオは少し格好よく見えた。
ある日のことだった。
「俺、旅に出る」
リオが突然言った。
「え?」
「勇者になるには村を出ないと」
カイの手が止まった。
「……そう」
ずっと、そう言う日が来ると分かっていた。
でも、胸の奥が少し痛んだ。
「魔王を倒して帰ってくる」
「魔王いるの?」
「……いるかもしれない」
「適当だなぁ」
カイは笑ったけれど、声が少し震えていた。
リオはしばらく黙っていた。
「カイ」
「なに?」
リオは真剣な顔で言う。
「帰ってきたらさ」
一度言葉を飲み込んで、それから続けた。
「俺のものになってくれる?」
カイはぽかんとした。
「……勇者になってから言って」
「なるよ」
「じゃあ、その時考える」
カイはそう言って、小さな袋を差し出した。
「パン?」
「三日分。勇者様用」
リオは袋を大事そうに抱えた。
「いってくる」
「うん」
リオは村の道を歩き出す。
何度も振り返る。
そのたびにカイは手を振った。
姿が見えなくなるまで。
そして、小さくつぶやく。
「……ほんと、バカ」
だけど。
その顔は、少しだけ幸せそうだった。
――数年後。
村の入り口に、剣を背負った青年が立っていた。
「ただいま」
パン屋の扉が開く。
カイが顔を出す。
そして言った。
「勇者になった?」
青年は少し笑う。
「まだ途中」
「じゃあダメ」
「え」
「勇者になってからって言ったでしょ」
カイは腕を組む。
でもすぐに、小さく笑った。
「……でも、おかえり」
リオは照れくさそうに笑う。
勇者の物語はまだ始まったばかり。
だけど。
彼にとって一番大事な場所は、最初からずっと――
この村だった。




