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乱声・二拍──欲触愛慢明妃の蓮華(壱)

 新しい年を迎えて、しばらく経過した。


 上野殿の子息・藤若は元服して時高(ときたか)と名を改め、六位を賜っていた。


 法化党の嗣子・如意王も実母手製の衣を着て、両親同席のもと、常陸にて元服した。名は時実(ときざね)という。


 さて、時実の養父である経実には、近頃心配なことがあった。それは陸奥のことである。


 実は最近、奥能登で新手の盗賊が現れた。この盗賊団の資金源は、どうも陸奥のようである。在庁則顕(のりあき)が支援しているようなのだ。


 これまでも則顕は長年、大盗賊団・大乘党を保護してきている。また新たな盗賊を、飼おうとしているらしいのだ。


 問題はこの則顕の最近の動きである。


 これまでの則顕は、大乘党を支援はしても、自らが兵を出すことはなかった。あくまで在庁として国を纏めていたのである。自分は決して手は汚さず、大乘党を前線に出して、戦わせていたのであった。


 則顕にとって、大乘党は体のよい護衛に過ぎなかったのかもしれない。


 ところが、その則顕が最近、別な動きを見せるようになった。それを経実は警戒しているのだ。


 奥能登の盗賊が挙兵して、徐々に力をつけ始めた頃から則顕は変わった。


 則顕自らも軍を編成し、大乘党と共に挙兵する気配があるのである。


 経実は考えた。


 則顕は、能登の盗賊と大乘党と同時に挙兵しようとしているのではないか。そして、三方から上野殿を攻める。そのつもりなのではないかと。


 もし、そうだとしたら一大事だ。未曽有の大戦が起きるだろう。


 何とか阻止する必要があった。


 ところが。法化党内部で意見が分かれてしまった。


 則顕と経実とは従兄弟であり、これまでも同盟関係を保ってきた。また、則顕の妻は水軍の長行(ながゆき)の妹だった。


 長行は姉の三亥御前を上野殿に殺され、上野殿を憎んでいる。だから、時実に法化党を継がせることは反対だし、上野殿との和議自体不満だった。


 経実は今回、もし則顕が挙兵したら、戦うつもりだった。だが、則顕は経実に、手を組み、ともに上野殿を討とうと言ってきている。


 そのことで、長行は則顕に味方しようと言うし、それに同調する者もいた。


 一方で、これまで通り上野殿とともに則顕を討つべしという者も少なくない。


「そもそも」


と、長行は言うのだ。


「ご先代の羽林殿は、何故我が姉を後妻に迎えられ、我等を支配下に置かれたのでございましょうや?陸奥と同盟し、関東沿岸を広く抑えたは、何故にございましょうや?それがしには、陸奥の在庁が申されしことが正しいと存ずる。本来の筋を違えしは、殿の方でございましょう。在庁から見れば、裏切り者は殿にござる」


 それに対し、経実は怒らなかった。


「確かに。父上の代の頃から考えれば、筋違いなのは我等だろうな。妹を嫁がせ、上野殿と同盟するは、則顕から見れば裏切りであろう。だが、則顕の軍は盗賊なるぞ。則顕は盗賊の頭なるぞ。盗賊に同調することは、朝敵になることを意味するが、それで構わないのか?」


「それは……」


「貴殿の恨みの心はわかる。だが、恨みがために悪となるは、よくない。わしは烏丸の大臣に恨みはあるが、だからといって、恨みのままに行動して朝敵になるわけにはいかぬ。正義は朝廷だ。官軍だ。朝敵は悪だ。たとい朝廷が間違っていたとしてもな。今の世の中、上野殿が正義なのよ」


 そう言われてしまうと、長行としても反論できない。


 だが、経実の次の言葉は、長行をしてさえ震え上がらせるものだった。


「ま、もっとも、父上は朝敵だったのだがな」


「えっ」


「貴殿は何故父上が勢力拡大して行ったのかと問うたな。それは、限り無く強い、この国一番の軍が必要だったからよ。則顕は今でも、我が父上の考えのまま生きているのだろう。強大な軍なら、山賊だろうが海賊だろうが、何だって構わないのだ。朝廷に勝てる軍ならば、よいのだからな」


「……ち、朝廷に勝てるとは……?」


「つまり、そういうことだ。朝廷を滅ぼす。だから父上にも則顕にも、軍が必要だったのだろう。わしは幼い頃、一度だけ父上から聞いたことがある。幼かったし、人の固定概念を覆す話であった故、殆ど理解できなかったが、今にして思えば、父上は皇位簒奪を狙っていたのではないか?」


「っ??」


「そもそも。烏丸の大臣を悪と考えるのが誤りなのかもしれぬ。あれや真実正義なのだわ。父上が悪なのだわ。父上の野望が見えたから、大臣は流罪に処したのやもしれぬ。わしは父上の野望は引き継ぎたくない。貴殿は?」


 長行の上野殿への恨みは消えない。上野殿が憎い。だから、憎しみのない則顕に従いたいと願っていた。


 しかし、今、経実から聞かされた空恐ろしいことは、恨みさえ目を瞑らせることだった。


「殿の御意のままに。それがしも朝廷が正義にござる。天に唾することはできませぬ。されど、恨みもまた捨てられぬことをご承知下さい。今は上野殿に従いますが、在庁を滅ぼした後はどうなるかは保証できませぬ」


「よう言うた。それでよい」


 法化党内の分裂は避けられた。


 それからしばらくして、ついに則顕が挙兵した。


 能登の軍は好機の到来する時まで待つのか、攻めてくる様子はない。


 則顕と大乘党の連合軍が攻めてくるのみであった。先鋒隊は大乘党。


 上野殿は軍を二手に分けることにした。つまり、上野殿は迂回して敵の横から則顕の本隊を討つ。上野殿にひけをとらない兵数を持つ経実が、正面から大乘党に挑む。


「対大乘党は万事、法化党にお任せしたい」


 上野殿はそう依頼してきた。


 経実は快諾した。


 出陣の準備はあっという間に整う。法化党のこの優れた特徴は、今でも変わらない。


 今回の戦には、元服したばかりの時実は伴わない。留守居だ。初陣はまだまだ先である。


 経実直属の水軍・犀角隊の将の信基(のぶもと)に時実を任せることにした。


 信基も出陣したかったようだが、信基は水戦でこそ輝く。今回は水軍の出番はなさそうだ。信基は陸戦はあまり得意ではない。だから、留守居は快く引き受けてくれた。


 こうして、時実らを置いて出陣するわけだが、今回の大乘党との決戦の場は、勿来(なこそ)の関周辺となろう。


 経実は常陸の中を北上して行った。


 勿来の関周辺は、これまでも何度となく小競り合いが繰り返されてきた。常に大乘党は関を越えて攻めてきた。


 常陸北方はその戦により、しばしば大乘党に奪われた。そうかと思えば、また法化党が取り返し。さらに、関を越えてもっと北方まで法化党が奪ったこともある。


 つまり、この辺りは常に勢力図が変化していた。


 現在は、関以南の常陸北方にまで、大乘党が侵略している形になっている。


 吉祥(きちじょう)という女がいる。


 経実の乳母子で、平時でも戦でも、常に経実の傍らに付き従っていた。女武者として、今回も同伴している。


 いつの頃からか、経実は吉祥が手放せなくなり、必ず戦にも連れて行くようになった。


 吉祥はなかなかの美人である。色々な男から言い寄られた。だが、彼女は未だ特定の男を通わせたことがない。


 彼女は経実にだけ忠実であった。経実以外の人間には心を許さないし、他の誰かのものになろうということは、決してしない。


 そんなであるから、経実にとっても唯一、腹を割って話せる相手であり、戦場では特に彼女がいてくれると心強かった。いや、欠くことのできない存在であった。


 さて。進軍を開始した経実であったが、体に違和感を覚えていた。馬を並べて進んでいる吉祥へ、すぐにその異変を訴える。その不安げな瞳。吉祥にしか見せないもの。


 吉祥はそれを真っ直ぐ受け止める。


「それは大変。進めそうですか?すぐ休みますか?」


「いや、まだ今日は籠もらずとも大丈夫だ。だが、明日辺りから……。そんな気がする。雲門を呼んでくれ」

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