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乱声・一拍──幽人敏平(肆)

「早く正月にならぬか」


 信時朝臣が傍らでそう呟いた。


 上野、南殿。


 午後の日差しがやわらかい。


 縫い物の手を止めて、貴姫君は思わず信時朝臣の顔を見てしまった。


「それ、何度目ですか?」


「え」


「この頃、よくそれを仰いますのね」


「……」


 言われて、ちょっと恥ずかしそうに信時朝臣は俯いた。そして、少し怒ったような、むきになったような口調でぶちぶち言う。


「そう言うあなたとて、それ、如意王の晴れ着を縫っているのでしょうが」


「ええ」


 おかしそうに、姫はくすくす笑った。信時を笑ったのか、自分が可笑しくてならないのか。笑いは暫く止まりそうにない。


 正月になれば、いよいよ如意王の元服である。


 その儀には、実の両親である信時朝臣と貴姫君も出席することになっている。


 その儀に着る如意王の衣装を、経実は貴姫君に縫ってくれるよう頼んでいた。経実のやさしさであろう。


 貴姫君は喜んで、仕立てているのであるが。


「正月まで、あと何ヶ月あると思っているのですか。今から作るなんて、早過ぎます」


 信時が今度はしたり顔で言った。


「まったくですわね」


 姫も相変わらず笑ったまま、そう応える。


 如意王を一昨年手放してから、一度も会っていない。


 だから、正月が待ち遠しい。信時の、


「早く正月にならぬか」


は、そんな彼の待ちきれない心のあらわれであり、我が子と離れて暮らす父の叫びでもあった。


 貴姫君はちくちくと縫い続けている。その手元を信時はじっと見守る。


 如意王は十二、三という年頃。この時期の子供は、一年で恐ろしく背が伸びる。きっと、驚く程成長しているに違いない。


 もうずっと会っていないのだ。今どのくらいの背丈になったのか、皆目見当がつかない。着物を仕立てるといっても、どれ程の尺に作ったらよいのか、わからなかった。


 多分これくらいかと、姫は我が子の背丈を想像して作っている。


「寸法も覚束ないのですもの。如意王がどれくらい大きくなったのか、想像しかできません。少し大きめに縫ったつもりですが、どうなのでしょう。大き過ぎるかしら、丁度よいかしら……直に寸法を測れないなんて、情けない親ですわね」


 貴姫君はため息混じりに冗談のように言って笑った。


 だが、その言葉に信時は笑えなかった。


「如意王に会いたい……」


 情けない程、そういう言葉ばかりが口に出る。


 子と離れて暮らすことがこんなに辛いとは、知らなかった。


 如意王と離れて、はじめてわかった。父の気持ち。あのどうしようもない父のことを、思わずにはいられない。


 父は異母兄・備中前司(びっちゅうのぜんじ)の死後、何度か上野殿や信時に、一緒に暮らしたいと訴えてきた。だが、上野殿は怒って取り合わないし、信時も同居している母のことを思うと、父を突き放すしかなかった。母はもう、父には会いたくないだろう。


 父ではなく、母を選んだのだ。信時は父を捨てた。


 辛いには違いなかったが、彼なりに辛さは克服できた。


 だが、信時は実際に我が子と別れてみて、はじめて父の心がわかった気がした。こんなにも辛いのだ。子と生き別れるのは。


 父に会いたいと思った。父と死別している貴姫君には言えないことだが。父に会いたい。


 父への慕情が掻き立てられると、より一層如意王に会いたくて堪らなくなる。もう、自分の感情を自分で持て余してしまう程だ。


 経実は情の細やかな人である。遠く常陸の地にいても、信時や貴姫君の苦悩が手に取るようにわかるらしい。


 しょっちゅう如意王の近況を知らせてよこす。


 如意王は素直で優しく、すくすくと成長しているようだ。美丈夫で、病気らしい病気もしたことがない。


 武芸にも積極的に自ら取り組んでいて、流鏑馬などは、大人顔負けの腕前だという。


 時々、経実のよこす文に、如意王の父母に宛てた文が添えられていることもある。その文は漢文で、難しい字も難なく操っている様子だった。


 文武に秀でる、よい子に成長しているらしい。そう思うと、益々立派になったに違いない我が子に会いたくなる。


「子供というものは、頼もしいですわね。親と違って。強いですこと」


 ふと貴姫君は縫う手を止めて、信時の顔を見上げた。


「……親なんかいなくても、育ちますね」


 そう答える信時の目の色をじっと見つめた。信時は元気がない。姫の目にはそう見てとれた。


「ええ、そうですわね。子供というものは、そういうもの。強いものですね。親は子より先に死ぬものでしょう?子は親の死を体験するようにできている。親と別れても、堪えて生きられるようにできているのです。だから、親と離れて暮らしていても、淋しくても頑張って強く生きられるのです、きっと。親との別れに強いという性質がために。一方、親は駄目ですね。弱くて。子に送られるようにできていますもの。子との別れに堪えるようにはできていません。だから、辛いのですわ。如意王と離れて暮らすのが。悲しいけれど、そういう宿命なのでしょう」


 姫はそう言って微かに笑った。


「……そうですね。子は立派だ。それにひきかえ、親とは何と情けない生き物……」


 信時も笑う。


「はい。親は情けない、愚かなものです。遠く離れている我が子が、名を上げ、大いに活躍していると風の便りに聞くだけで、誇らしくなる。すぐ自慢したくなる。何と愚かなのでしょう。私も馬鹿な母です。如意王が流鏑馬で大人に勝ったと噂に聞くだけで、もう誇らしくなってしまって。嬉しくて。幸せで」


 こう言ったのは、多分、貴姫君は察しているからだ。信時が、父に申し訳ないことをしたと悔やんでいることを。


 信時の心が何でこの愛妻に伝わらないことがあろうか。


 父も信時の活躍を風の便りに耳にして、必ず喜び、幸せを感じているに違いない。きっと、周囲に自慢しているに違いない。


「死に別れれば、諦めもつきましょうが、生き別れているのは、諦めがつかないので、辛いですよね。私も今頃からこんな物を縫って、馬鹿みたい、笑えます」


 姫はまたくすくす笑った。


 信時も察して、ほんわり笑うのだった。


 その夜、都の敏平から貴姫君に、また楽譜が届いた。


 都から度々楽譜が届けられるのは、清花の姫君の生前から続いていることである。姫君の死後は敏平が引き継いでいた。


 清花の姫君が亡くなったばかりの頃は、敏平も元服前だったし、修業の身でもあったので、貴姫君へ楽譜を送ることはしないでしまっていた。


 だが、貴姫君は清花の姫君とのやり取りが楽しかったので、その死はとても悲しかったのである。一つしか違わない清花の姫君の若過ぎる死は、本当に辛かった。


 度々、その母君や兄君に文を贈るなどしていた。


 何年か経過して、敏平も大分成長した頃。敏平は、亡き師が貴姫君に度々楽譜や楽書を写譜して贈っていたことを右大将殿から聞いて知った。で、彼も数年前からそうするようになった。


 貴姫君はとても感謝している。


 だが、貴姫君と六条左大臣家とのつき合いはこうも長いのに、未だそこの家司の音仏と夫君の信時朝臣が、かつての親友同士だと気づかないのは何という天の悪戯か。


 信時は今でも、突然失踪した親友・安友(やすとも)を心配していた。音仏のことを知ったら、どんなに喜ぶだろう。


 気づいても不思議はないのに、僅かな行き違いで気づけずにいる。





 さて、敏平は貴姫君に写譜した楽譜を送る一方、院の御前で使用する琴を選んでいた。


 どれにせむかと、数張の琴を広げて、それらと睨み合う。敏平の手元には名器が何張もあった。


 開元無銘雷氏琴は、師が生前、敏平に下賜したもの。


 文王は灌頂の折賜った。


 残りのものは、師の死後、敏平が全て受け継いだのである。ただ、呉楚派一の名器・鳳勢は師が帝から修理を命じられて、預け下されていたものであるから、師の死後返上された。


 その鳳勢と双璧とされる南唐派の名器・威神も、左大臣殿によって宮中に献上されている。


 とはいえ、師の一番の宝であった秋声は、間違いなく敏平に伝えられている。


 また、公には消失したことになっている無銘秘琴も、密かに敏平に手渡されている。


 南唐派の琴については、兼保が持っていた師襄も月琴も円慶法橋が受け継いでいたが、法橋は四年前の臨終の枕に敏平を呼びつけ、


「龍舌は何処かへ消えてしまい、今はない。南風もなくなってしまった。威神は宮中にあり。今、南唐琴門の宝は師襄と月琴の二張しかない。この身が死ぬることにより、南唐琴門の技も絶える。ついては、もはや呉楚も南唐もない。師襄と月琴は敏平に譲らむ」


と言い遺して逝った。


 かくして、現在は南唐派に伝えられてきた師襄と月琴も、敏平が所有している。


 すなわち、今、敏平はこれらの琴を広げて眺めているわけである。


 秋声、文王、開元無銘雷氏琴、無銘秘琴。


 師襄、月琴。


 どれにせんか。


 無銘秘琴は公には消失したことになっているから、これを使うわけにはゆかぬ。


 己は呉楚派の灌頂者なりということを主張するためには、師襄と月琴は相応しくないかもしれない。


 すると、秋声か文王か開元無銘雷氏琴か。


 秋声は師が最も愛していた琴。文王は行実朝臣以来の名品。開元無銘雷氏琴は、敏平が琴を始めた時からいつも一緒だった、敏平の一番の友達。


 何れとも決め難い。


 だが、文王は行実朝臣以来、代々呉楚派に受け継がれてきた上、一度は宮中の御物となったのを、亡き師・清花の姫君が帝より下賜されたものだ。清花の姫君の後継者たる敏平が、院の御前で奏でるのに最も相応しいのは、文王かもしれない。


 そう決めた。


 だが、彼がようやく文王に定めたその労力は、無駄なこととなった。

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