正声・十八拍──白芙蓉(捌)
翌日の昼過ぎ、姫君からのお召しがあったので御前へ参る。
「その様子だと、きちんと頭に入ったようね」
菖蒲王丸の顔を一目見るなり、姫君はそう感じたようだ。
「少し、試してみましょう」
「えっ」
姫君は菖蒲王丸の前に文机を置かせ、その上に琴一張を横たえ、料紙と硯箱を余白に置かせた。
案じる母の讃岐以外は女房達を上局から退出させ、さて──。
「伊越調は古い楽律で言うと、黄鍾均商調です。では、新しい楽律では?」
姫君からの出題であった。
菖蒲王丸は必死に考える。指で数えて、途中でわからなくなった。だが、しばらくして、辛うじて、
「無射均商調ですか?」
と答えることができた。
姫君、くすくす笑い続け、
「もう時間切れだと言い放つところでしたわよ。長いこと考えていましたこと。よいでしょう」
ととてもおかしそうだ。そのままの笑顔で、次を出題する。
「伊越調の主音は何ですか?古い律でお答えなさい」
伊越調は古律の黄鍾均商調。指でまた数える。三律だ。黄鍾の三律上。黄鍾、大呂、太簇。
「太簇です」
今度は自信たっぷり答えた。
「正解。では伊越調を構成する七音をお答えなさい。古律で」
伊越調。つまり、古律の黄鍾均商調。
黄鍾均だから、宮が黄鍾、商が太簇、角は太簇の三律……
「わかり難かったら、紙に書いても宜しいのよ」
姫君がそう言ってくれた。
ではと菖蒲王丸は文机に向かって、まず黄鍾均を書く。
黄鍾、大呂、太簇、夾鐘、姑洗、仲呂、蕤賓、林鐘、夷則、南呂、無射、応鐘。
その脇に七声を記す。
黄鍾の脇に宮、太簇の脇に商、姑洗に角、蕤賓に変徴、林鐘に徴、南呂に羽、応鐘に変宮。
商調だから、太簇が主音。
「太簇、姑洗、蕤賓、林鐘、南呂、応鐘、黄鍾です」
「そうよ。よくできました。では、次。黄鐘調についてです。黄鐘調は古律の黄鍾均羽調。主音と七音を答えて下さい。それから、主音は目の前の琴を使って、その音を出してみて下さい。正調に調絃されてあります」
紙を見た。前問の伊越調と同じ、黄鍾均だ。羽調。さっき自ら南呂の脇に羽と記した。
「主音は南呂。旋は南呂、応鐘、黄鍾、太簇、姑洗、蕤賓、林鐘です。そして、主音は……」
と答えながら、目の前の琴の第五絃の散音(解放絃)を弾いた。
琴の正調は第三絃に第一声を置くので、第一絃は徴、第二絃は羽だが、第三絃から第七絃は、宮、商、角、徴、羽の五声になっている。
実音としては、第一絃の徴が古律の黄鍾になるようにする。第一絃が黄鍾であるならば、第三絃は仲呂である。
第三絃は宮であり、それが仲呂であるならば、第四絃は商なので、林鐘。角の第五絃は南呂、第六絃は徴で黄鍾、第七絃は羽で太簇。だから、第一絃は黄鍾、第二絃は太簇という調絃になる。
それで、南呂に合わせてある第五絃を弾いたのである。
「ええ、そう。大丈夫ですね。きちんと覚えられたみたい」
姫君は試験の結果に満足した。しきりに頷きながら、
「一日でよく理解しましたね」
と、褒める。
几帳を隔てた上局では讃岐がほっと胸撫で下ろしていた。
「時に、菖蒲王丸」
姫君は語気を変えた。
「はい?」
「近頃、我が国では古律の太簇(ニ音)を壱越と称し、古律の姑洗(ホ音)を平調とし、林鐘を双調、南呂を黄鐘、応鐘を盤渉などと称します。十二律名を改めたのは、何故でしょう?どうして、このような律名になったのでしょう?」
「……」
次から次へと色々……
だが、姫君は笑顔だ。
「実は二十八調に由来するのですよ。伊越調は古律の黄鍾均商調ですが、この主音は古律の太簇です。私は今、太簇を壱越と称するようになったと言いましたね。伊越調の主音は太簇、平調の主音は姑洗、双調の主音は林鐘とか言っていると、複雑で面倒だと考えたのでしょうね。主音名と調名を一致させようということになったのでしょう。伊越調は壱越調とも申しますから、主音の太簇に相当する高さの音を、壱越と呼ぶようになったのでしょう。平調の主音の姑洗は平調という名称にされたのです」
十二律名は唐土のものとは別の、我が国独自の名称が用いられるようになってきている。その律名は二十八調の調名に由来しているのである。
双調の主音の林鐘は双調。南呂は黄鐘調の主音なので、黄鐘。応鐘は般渉調の主音故に、「般」を「盤」の字には変化させているが、盤渉という名称に改められている。
我が国の調は二十八調の中から、六調子と枝調子を使用しているが、六調子は壱越調、大食調の字を改めた太食調、双調、黄鐘調、般渉調改め盤渉調である。
「これらを呂と律の二つに分けています。六調子の呂は商調で、律は羽調です。平調は林鐘均、黄鐘調は黄鍾均、盤渉調は太簇均の、それぞれ羽調です。ですから、この三調は律となります。一方、壱越調は黄鍾均、太食調は太簇均、双調は仲呂均の商調ですから、この三調は呂です」
それを言われて、菖蒲王丸はふと疑問を抱いた。
「よく世に、律は羽調なれども呂は宮調なりと申しますが……呂は商調なのですか?」
「実は呂は商調なのですが、宮調と徴調も含まれるのです。律も羽調ばかりでなく角調も含まれています」
「えっ、でも、徴調は二十八調中にはありませんよ」
「そう。そこが厄介なのです。本朝の楽は、唐の宮廷俗楽が主なるもので、二十八調はその唐の宮廷俗楽に用いられる理論です。されど、本朝には、唐の楽でも、宮廷俗楽以外のものも伝わり、林邑の楽や高麗の楽など、様々なものが相混じっています。それで、徴調の曲も稀にあるのかもしれません」
「へえ。でも、呂は宮調なりというのは何故ですか。商調の曲の方がずっと多いのに」
「おそらく、ある人の説が定説になったのでしょう。六調子の主音はそれぞれ壱越、平調、双調、黄鐘、盤渉です。太食調の主音も平調ですから、六調子の主音はこの五つになります。実は、この五つの音を五声にあてて考える人がいるのです。壱越に宮を置いて、宮調とか。宮調を構成する五声は、壱越、平調、双調、黄鐘、盤渉としています。たまたま、壱越と平調の間は三律、平調と双調間は四律、双調黄鐘間は三律、黄鐘盤渉間は三律になっていて、これは、徴、羽、宮、商、角の徴調と同じになります。五声の国風化でしょうか。唐土の五声及び七声は三分損益法で求めますね。こうして求められた五声、七声を低い順から並べたのが、本来の唐土の宮調です。でも、近頃の本朝の宮調は、唐土の徴調なのです。ところで、宮調でも商調でも、同じ均であれば、主音の位置が変わるだけで、音階構成音は同じです」
「では、調の違いを区別できないですね。全部似たり寄ったりの曲調になってしまいます」
「ですから、声明では同じ均で比べるのではなく、第一声を同じ音にして比べたのでしょう。第一声を壱越に、つまり古律の太簇にしてみましょう。宮調ならば、その七音は太簇、姑洗、蕤賓、夷則、南呂、応鐘、黄鍾。羽調ならば、太簇、姑洗、仲呂、林鐘、南呂、応鐘、黄鍾です。太簇が第一声の宮調は太簇均ですが、太簇が第一声の羽調は仲呂均です。さて、声明では呂を宮調なりと定めています。壱越調と双調は声明では宮調と称します。律は羽調で、平調と盤渉調です。さらに中曲というものがあって、これは半呂半律というのですが、黄鐘調をこれに入れます」
「律ではないのですか?」
「ええ」
半呂半律は、角調(自然短音階に等しい)である。
「七声で考えると、おかしくなってしまいますが、五声で考えると、その理由がわかります。第一声を同じ音に置き、五声にすると、宮調、商調、徴調の五音音階は同じになります。故に、一纏めに呂としているのでしょう」
話は声明にまで及んで、さらに難しくなってきた。
「楽にては角調と羽調を律としていますが、五声で考えると、声明の考えが正しいことがわかります。第一声に古律の黄鍾を置いて考えてみましょう。呂は黄鍾、太簇、姑洗、林鐘、南呂です。羽調は黄鍾、太簇、夾鐘、林鐘、南呂です。角調も羽調と同じ五音でなければなりませんが、羽が南呂ではなく夷則なのです。角は徴調と同じで夾鐘です。つまり、黄鍾、太簇、夾鐘、林鐘、夷則なのです。故に中曲として、羽調とは区別し、呂に入れないのでしょう」
五声で考えると、宮調も商調も一緒だから、呂を宮調と称しても、さしつかえないのか。
菖蒲王丸も少し納得した。だが、黄鐘調の曲は半呂半律なのか、本当に?
唐からの直輸入の琴曲しか知らない菖蒲王丸。琴曲以外の楽の調べはおよそわからない。黄鐘調の曲の雰囲気と言われても、ぴんとこない。
これから学ばなければならないことが、山ほどありそうだ。
「そういえば『律義』を読んでいたら、水調は黄鐘を主音とするのは誤りで、正しくは盤渉だと書いてあったのですが、どういうことですか?」
水調は二十八調によると、古律南呂均商調で、新律林鐘均商調である。主音は古律応鐘、新律南呂、すなわち盤渉である筈だ。だが、本朝では黄鐘と定められている。
水調は黄鐘調の枝調子だから、律(楽の律。声明の律ではない)に分類されている。商調ならば呂の筈だが。
「水調は林鐘均商調なりと聞いて、それが新律であるとも知らず、古律の林鐘均と勘違いして、古律の林鐘均商調で考えたのでしょう。古律の林鐘均商調は主音は古律南呂。古律南呂は本朝の黄鐘です。正しくは盤渉なのに」
「道調の主音を平調とし、同じ平調を主音とする太食調の枝調子とするのも謎です。二十八調通りなら、古律の林鐘均宮調なのですから、道調は宮調で、主音は双調でないと……」
「そうですね。本朝の楽理は複雑難解でしょう?琴曲ばかり親しむ者にとっては」
「はい」
唐土の本来のものから新しいものに変化させ。唐土以外の国の音楽も混ざり。声明の理論も取り入れ。唐の宮廷俗楽の楽律改革により、混乱が生じ、間違いがまかり通ってしまい……
今のような、理論としては全く成り立たないようなものが定説となってしまった。複雑というより、難解というより、間違いだらけだ。
伊賀守為長の著書は、そう訴えている。




