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大序・四拍──清花の姫君(下)

 さて、政任逐電時、なおまだ琴道を歩んでいた弟子は、広仲と三位殿、そして、七歳の清花の姫君のみであった。


 長橋局は生きてか死んでか、宮中を辞してからというもの、何の音沙汰もなく、伊賀守為長も政任逐電と同じ頃、任国で消息を断っている。


 孫弟子にしても、参川尼は琴をやめてしまったし、済平朝臣も政任逐電と前後して、病没している。


 つまり、呉楚派と呼ばれる、大学頭行実の流儀の、政任逐電時に生存した名手はわずか三人だったのである。


 政任発心の理由は何なのか。


 突然消えられては、弟子達は困る。


 弟子の筆頭である広仲は、あちこち師を探し歩いた。そして、辛くも深山に入る途中の政任を探しあてた。


 広仲は当然、師に帰るよう懇願したが、政任の入山の決意は堅い。それで、仕方なく、


「せめて、今後の琴楽のあり方をご教授下さいませ」


と言った。


 それに対し、政任が答えたのは、


大楽(たいらく)(がく)である」


という、理解不能なことであった。


「楽を奏でて、時に、感情や感覚が高揚し、忘我陶酔することがある。この法悦、菩薩の境地と言えよう。さらに、人間(じんかん)から抜け、森羅万象と一体になれば、その高揚と快楽こそ、大楽に他ならない。大日如来と一つになった時の大楽と等しきもの。この大楽を目指すべし」


 大楽とやらに至った音楽こそ、政任の求めるものである。


 広仲には何のことやらわからなかった。


 楽を奏でて忘我陶酔、快楽するのはしょっちゅうだ。だが、そんなものではない。それよりもっと進んだもの。音楽が宇宙と一つになる、その時の高揚が大楽である──後年、広仲はこの時の師の言葉を考察して、著書・「大楽論」にそう記している。


 それにしても、政任はいつから、そんな神秘主義的楽を志すようになったのか。


「仙女だな。仙女の楽」


「清花の姫君?」


「いかにもかの姫君だ。かの仙女の楽は、人間の枠を超越したものだ。聴いているうちに、この身が人間(じんかん)から抜け出でて、宇宙と一つになるのを知る。仙界の楽と感じることもあったが。周囲の空気も、庭の草木も建物も、我と彼の心と精神とも、全てのものが異次元に溶け込む。聴いていて、いつも不思議な感覚だった」


 広仲は頷いた。


 政任は続けた。


「ある日のことだ、突然見知らぬ僧が一人、訪ねて来た。家人どもは追い払おうとしたが、何故かできなかった。儂も、断じて対面するまいと思ったのに、何故か僧は儂の目の前に座しておったのだ。僧の顔を一目見るなり、儂は……僧を見た瞬間、如来の叡智を得たのだ」


 人と衝撃的な出会いをした時、人はよく、その人を見た瞬間に、雷にうたれたような、とか、雷が体じゅうを突き抜けるような、という表現をするが、政任のはそれとは別のものであった。


「僧を見た瞬間、身体じゅうの血がざわざわと蠢き、騒ぎ、熱く煮えた。身体の底から、人知を超えた力がわきあがってきたのだ。それは確実に力となり、自信となった。これこそ如来の叡智であると、身体が、血が理解した。その僧の超人ぶりときたら……その僧に会ってからというもの、ずっとその力は我が身に宿り続け、今この瞬間も、わきあがる自信で満たされている」


 政任の体験は、身をもって体感した者にしかわからない。


「その僧侶こそ、法真阿闍梨(ほっしんあじゃり)だ。阿闍梨は問うのだ。『琴灌頂とは如何なるものか』と。儂は答えに窮した。我等は『広陵止息』伝授を灌頂と称しておるが、それは阿闍梨の問いかけに応えられるような解答ではない」


 そもそも琴の「灌頂」という言葉は、密教の「灌頂」という言葉の借用に過ぎない。


 意味としては、伝法灌頂、或いは学修灌頂(以心灌頂)に同じだが。


「琴の奥義と至高の楽の精神と。楽を奏でて、超然的な叡智を得られることをこそ、灌頂と申すべしと阿闍梨は言った」


 その時以来、法真阿闍梨は姿を見せないが、聞けば、法真はこの三年、一度も高野山を出ていないという。


「不思議や、乗〔足喬〕の法でも体得しているのかもしれぬ。かの阿闍梨の超人的神通力は、密教を極めて得たもの。考えてみれば、琴を極めて、この神通力を得られることが灌頂を遂げたことと言うべきなのだ、かの阿闍梨の言う通り。儂にはかような力はない。が、もし、密教を極めて、これを得られれば、儂の琴も変われるかもしれぬではないか」


 広仲は困惑した。師が何を言っているのかわからない。


「……つまり、究極の琴士は神通力を得るというので?琴の修業で。師の君は、琴でこれを得るのは厄介故に、密教を極めてこれを得、それによって、琴を弾く時にも大楽を体感できる、と?」


「左様。故に出家するのじゃ」


 密教に於いて、大楽とは、大日如来と一体化した時の恍惚、快感、解放感を云う。即身成仏、解脱した状態だ。


 大日如来は、宇宙、森羅万象である。この世の全てと一体化することが即身成仏である。


 僧侶達は日々修行し続け、これを得る。これができるようになれば、法真のように神通力も得られるのだ。


 法真はいつでも宇宙と融合でき、そしてその度大楽を知る。


「密教と同様に、琴を弾き、森羅万象と一つになる。そして、その時味わう大楽。のう、これ、かの仙女の琴を思わないか?儂はあれを仙界の楽と思うていたが、違う。あれこそ大楽だ。儂も大楽を得るため、久修練行してみる。皆も大楽の楽を目指せ。二根交会の快楽の至高が、大楽に似たるものであるという。励め」


 そう言い残すと、政任──浄玖は、深山の遥か彼方に潜り入ってしまった。


 広仲は『陽関三畳』を吟じて、いつまでも見送った。


 政任の逐電の理由は、噂通り清花の姫君にありそうだ。


 政任入山後、曹倫以来の数々の名品は、ほとんど広仲が受け継いだ。


 理論書の類は伊賀守が研究して、新たな理論書を記していたが、それらは皆、伊賀守が持っていってしまった。故に、都には写本しかない。それを三位殿と姫君が分けて持った。


 政任は羲和など、沢山の国宝を持って入山したので、弟子達が受け継いだのは、鳳勢など一部である。


 その六年後、広仲も亡くなった。


 広仲が受け継いでいたものは、だいたい三位殿に受け継がれている。鳳勢、文王、無銘秘琴、舜琴、龍舌などの名器。かの曹倫の小妹の洛神図。皆、三位殿の手元にある。


 広仲没するに及び、三位殿に遺言していることがあった。


「大楽を疑似体験できるのだそうです。丹薬を服用する人があります。行実朝臣、政任朝臣、どちらもなさっていました。五石散というものも。しかし、それらを服して得られる大楽は幻です。御身の代からは用いることのなきよう」


 丹薬とは、水銀より作る不老不死の薬。


 五石散は、石鍾乳、石硫黄、白石英、紫石英、赤石脂を主成分としている。


 どちらも幻覚作用がある。唐土より行実が持ち帰り、今まで代々、琴の修業に役立つとて、用いられてきた。


 広仲は何故かこれを禁じたが、『大楽論』が完結していたなら、その理由も明らかになったかもしれない。


 三位殿は広仲の遺言を守り、生涯用いなかった。


 一方、姫君は政任逐電後、新たに師を求め、渡来人・何参に師事する。


 何参の流れは、行実の呉楚派に対して、南唐派といわれている。


 清花の姫君はわが国の琴二大流派の何れも学んで、どちらの血脉けちみゃくにも入れられた、唯一の人物なのである。

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