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大序・四拍──清花の姫君(上)

 天才・清花の姫君は、六条大納言棟成卿(むねなりきょう)の御女。母君は北ノ方である。


 棟成卿には幾人もの女君があり、その間に生まれた子女は、夭折したものも加えると、十八人にもなる。だが、北ノ方の腹は、この清花の姫君と兄君の宰相中将殿のみであった。


 姫君の母君である北ノ方は、大相国(だいしょうこく)の孫娘、洞院中納言殿(とういんちゅうなごんどの)大君(おおいぎみ)である。身内には、皇后宮や女御などがいて、皇室と縁深い。


 母君の出自のよさから、清花の姫君は父君棟成卿に、最も大切にされる子であった。だが、父君最愛の娘である理由は、それだけではなかった。


 姫君は生まれながらの玉女で、天が使命を与えてこの地上に遣わしたとしか思えなかった。天姿国色にして博学多才。並みの才人とは比較にならない。桁違いの素晴らしさである。


 姫君は口もきけない頃から、抜群の楽才を持っていた。耳に入ってくる歌の数々を、大人の上手が歌うのと少しも違わず、その微妙な節回しまで、極めて正確に再現することができた。催馬楽(さいばら)、朗詠、詠、神楽など、どのようなものでも正確で、しかも、聴く者の心を揺さぶる何かを持っていた。その不思議な魅力と歌心とに、心動かされない者はいない。


 さて、姫君は幼き頃より琴の稽古をしていた。天才でも、他人の想像も及ばないような努力をしなければ、大成しない。苦労してこそ、血の滲むような努力をしてこそ、天才にもなれるのだ。


 姫君は幼い時から、とにかく練習した。こんなに一つのことに心血注ぐ幼児は、他にいないだろう。


 嵯峨に別邸があったのだが、姫君はよくここで練習していた。


 そこに、祖父の洞院中納言殿が、よくついて来た。


 この中納言殿、実におかしな人である。


 色々なものに名前をつけるのが好きだった。


 姫君の母君のことは、「朱桜(ははか)の君」と呼んで慈しんだ。


 それはよいのだが、宮中の女房で妬み性の女に「抜頭の御局(ばとうのみつぼね)」 だの、鼻の長い禿頭の公卿を「婆羅門卿」だの、癖毛で糸切歯の鋭い家女房を「西王母」だのと呼ぶ。


 大変に長寿で、若々しい自分の乳父(めのと)のことは、「赤松子」と呼んだ。


 そのくせ、飼い猫をば「ねこ君」と呼ぶようなところもあるのだ。


 さて、嵯峨の別邸であるが、大宮人も訪れぬはずれのうら寂しい処にあった。これ、もとは洞院中納言殿のものである。


 中納言殿の北ノ方は、風香中納言殿の姉、すなわち琴人・三位殿の伯母君である。この人の祖父君が、この山荘の元々の持ち主であった。


 当時は築地がなかった。又、建物は個々に建っており、それぞれを繋ぐ廊もなかった。


 これを山荘の主は、自分の子二人に、分割して相続させた。


 姉君は当腹なので大部分を、妾腹の弟は四分の一ばかりを受け継いだ。弟は出家し、これを改築して庵とした。姉君の方は、権大納言との間に姫君と風香殿とを儲けた。


 姉君はその後、この山荘を娘に、つまり風香殿の姉に相続させた。


 風香殿の姉とは、すなわち、洞院中納言殿の北ノ方である。


 夫君の中納言殿は、この山荘に手を加えた。


 築地を設けて周囲を巡らせ、建物も幾つか建てなおした。そして、母屋の西側に「青要殿」と名付けた建物をつくった。


 中納言殿は、娘の朱桜の君が棟成卿の北ノ方となった時に、山荘を棟成卿に譲った。


 だが、その後もちょくちょく出入りしていたのである。


 棟成卿は大改築を行った。


 母屋を壊して新たに寝殿をつくり、青要殿を西の対として、渡殿を設けて寝殿と繋げた。更に、青要殿から南に向かって長い廊を設け、その先端に釣殿を造った。母屋の東側には、「観嫦娥殿(みづきどの)」という堂があるのだが、その脇(北東側)に、八角堂をつくった。これは琴堂。清花の姫君のために父君が建てたものだ。


 姫君は四歳から琴を始めたが、その頃からいつも、洛内から離れたこの山荘に来て、琴堂に籠もり続けて練習していたのであった。


 こんなうら寂しい処に一人、幼い姫君が置いておかれるのが不憫で、中納言殿はいつもついてきて、寝殿から見守っていたのである。


 さて、清花の姫君を政任に弟子入りさせようと思いついたのは、父君の棟成卿である。それは姫君五歳、琴を始めて一年目の時のことであった。


 棟成卿は、千金をつんで政任の入門試験を乞うた。政任は受験をすぐに許可した。


 試験の日、姫君は件の渡殿で『招隠』を弾いた。この曲には「山中鳴琴~」で始まる、西晋の左思の詩がついている。姫君はこれを歌いながら弾いた。


 琴歌は広仲に勝る名手はいない。が、幼女の歌う、このようなものもなかなかよい。姫君の声や歌い方は艶やかで、魅惑的だ。


 曲は短い。あっという間に終わった。政任はすっかりあてられて、


「もっと他の曲もお聴かせ願いたい」


と、寝殿から大音声で言った。


 姫君は『白雪』を弾いた。


 その冒頭を聴き、政任の手がぴくりと動いた。


 なんと神秘的な音色だろう。このような音色を奏でる者は初めてだ。子供故かもしれないが、様々なものに縛られることのない、自由で伸びやかな音楽。発想の輝きで満ち満ちている。才能が溢れて溢れてどうにもならないような。


 聴いていてとても気持ちがよい。不思議に心が癒される。澄み渡って清々しくなる。


 姫君の琴は、音楽で仙界を表現しているようだった。


 政任は突然、『水仙操』の譜を持って、渡殿に現れた。


 彼はその時、初めて姫君の姿を見た。一瞬仰天したようだったが、すぐに、これこそはと思い、


「この曲は『水仙操』というて、蓬莱の楽です。まさしく蓬莱の幼仙女が弾くに相応しい」


と、譜を姫君の前に置いた。そして、姫君の向かい側に座って、秘琴羲和(ぎか)を膝にのせ、


「身共の弾くようにやってみなさい」


と言うなり、いきなり稽古を始めてしまった。


 姫君の呑み込みのよさが異常なのは、今更言うまでもないことである。


 姫君の小さな指先から、他の者には決して出すことのできない神秘的な音色が紡ぎ出されて、その空気を仙界の気で満たす。


 流石の政任も、この小仙女の虜になってしまった。


 西王母の娘か。仙女が人間(じんかん)に降りてきたのかもしれない。


 政任はこの日から、姫君を「仙女」と呼んだ。


「やよ、仙女。何か弾いて下さらぬか」


 三位殿の稽古と違い、姫君の時は、静かな空気が流れていた。


 政任はあれやこれやとしつこく言わない。自分の考えを押し付けて、自分色に染めるというようなことは、絶対しなかった。癇癪を起こして怒鳴りつけることもなかった。


 姫君に、羲和や鳳勢という秘琴を弾かせ、それを静かに眼を閉じて聴き入る。政任自身が、姫君の琴に救われたかったのだろうか。


 はじめは、譜は文章によるもの、つまり文字譜を使っていたが、次第に減字譜も使うようになっていった。


 その頃には、曲も自然美を表現したものばかりでなく、人の悲しみ等を表現したものも、伝授されるようになっていた。


 丁度、『胡笳明君別五弄』の四曲目・「奔雲」を伝授されていた時に、政任が逐電した。


 どういうわけか、この時までに、既に『広陵止息』は伝授されていた。つまり、灌頂は遂げていたわけだ。しかし、胡笳ものは、『胡笳十八拍』しか伝授されていない。


 本来『広陵止息』は、呉楚派の曲の中では、一番最後に伝授されるべきものである。秘曲である為、その他の曲全てを学んでいたとしても、『広陵止息』だけは伝授が許されないというのが、ほとんどだ。そう滅多に伝授が行われない曲である。


 それなのに、他の曲で伝授されていないものがある姫君が、これを許されているというのは、かなり異常なことである。


 政任は、突然発心したと言われているが、実は前々から密かにそれを計画していたのではあるまいか。姫君をどうしても灌頂させねばならぬとて、他の曲を後回しにして、先に『広陵止息』を伝授したのではあるまいか。

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