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正声・十三拍──広陵散(壱)

 正月。県召司(あがためしのつかさ)


 時有は武蔵守(むさしのかみ)となり、信時は上野介(こうずけのすけ)となった。


 本当は、信時に常陸介をと願っていた時有だったのだが、余り波風は立てない方がよいと判断したのか、信時は上野介を求め、その要求が叶うという、信じられない状況になっている。


 則ち、必ず邪魔してくるであろう勢力が、今は罪人になったということが、こういうことにもはっきりと顕れている。


 因みに、常陸、上総、上野は、親王を大守(長官)とする特殊な国である。よって、この三国の介(次官)は、それ以外の国の守(長官)と同じ立場ということになる。


 つまり、上野介は上野守の意で、次官という名の長官である。


 さて、正月の除目も過ぎ、春らしさが一層増してきても、なかなか四辻殿一族の処分は決定しなかった。


 多くの公卿は、四辻殿と風香殿ら二、三名だけを流罪にし、残りの多数は仙籍から削除、または解官にとどめるべきだという意見だった。


 今上はそれ等には不満な様子である。


 されど、烏丸左大臣の言う、


「畏れ多くも主上と東宮を呪い奉ったる罪は、死をもってしても償いきれるものではございませぬ。全員死罪!死罪に処すべし!」


というのには、いくら何でも賛成しかねる。


「それは余りに重過ぎる」


 ほとんどの公卿がそういう意見だったが、帝も同様に感じていた。


 さりとて、四辻殿と風香殿だけを流罪、残りはただ解官、除籍というのは、手ぬるくも感じ──


 だが、帝に手ぬるいと感じさせる公卿達は、実は四辻殿達は冤罪だと思っていた。それで、軽い処分ばかりを言うのであった。


 烏丸左大臣はそのことをよくわかっている。だが、どうしても死罪にしたい。呪詛の決定的な証拠を見つけ出そうと、検非違使に徹底的に調べさせた。


 すると、その甲斐あって、とうとう呪詛の証拠が出てきたのだという。


「証拠はあがっている。それでも無実だなぞと寝ぼけたことを口にする痴呆がおるのかっ!?」


 烏丸殿は吠えた。


 だが、それでも公卿達の反応はいまいち。


 証拠はいくらでもでっち上げることができる。公卿達はやはりそう思っている。


 彼等は烏丸殿を全く信じていない。


 烏丸殿が事件をでっち上げたのだ。邪魔な四辻殿一族と院司達を除くために。彼等は嵌められたに違いない──口には出さないが、誰もがそう思っていた。


 だから、流罪にさえ、反対なのである。死罪などあってはならないことだ。烏丸殿の暴走を止めねばならぬ。


 皆、死罪には真っ向から反対した。


 で、いつまで経っても、幾度詮議を繰り返しても、処分が決定しないのだった。


 公卿どもが、


「罪に問われた人々全て、無実を訴えています」


と口を揃えれば、烏丸殿が、


「証拠はある」


と胸を張る。


「だいたい密告者もおることではないか。日雲僧都は我が身が罪に問われることになると知りながらも、全て白状した。日雲本人が、呪詛をしましたと、わざわざ麿に知らせに来たものを。何で日雲の言うことがでたらめであるものか。他の者どもは、我が身可愛さに嘘をついているのだ。その上、証拠も出てきたのだから、四辻内府らが六の宮即位のために、今上と東宮を呪詛したことは紛れもない事実。罪人どもがどんなに世迷い言をしようとも、証拠品と証言者が存在する以上、彼奴等の罪は明らかだ!」


 烏丸殿はそう主張する。


 だが、世間というものは妙なもの。


 勝手に物語を作り、噂では、すっかり烏丸殿が悪人にされてしまっていた。詮議が長引けば長引くほど、


「四辻殿は烏丸殿に嵌められたのだ。この事件は全てでっち上げだ、陰謀だ」


と、信じられるようになってしまったのである。


 世間は、すっかり四辻殿に同情し、烏丸殿を恨み、日雲を烏丸殿の内通者よと憎んだ。


 それで、帝も早く決断を下す必要に迫られた。


 帝としては、死罪はやり過ぎだと思う。


 四辻殿は無実で嵌められたのか、それとも本当に呪詛したのか、真実はわからない。帝には確かめる術がない。


 証拠品が出てきた以上は、四辻内大臣を罪人と考え、処分しなければならないのだろう。


 もし、事件が真実ならば、帝にとって四辻内大臣は最も危険な憎い男である。万乗の帝と最愛の東宮とを呪い殺そうとしたのだ。確かに死罪にしても足りない。だが、もし無実なら、死罪にするわけにはいかない。


「朕は内府に殺されそうになった?……内府は呪詛をした?」





 常陸の棣顎の兄妹は、深刻そうに額を突き合わせていた。


 経実は、宿敵・烏丸左大臣に四辻殿を殺されるわけにはいかなかった。烏丸左大臣を倒すためには、四辻殿が必要だ。


「逆に、左大臣の方に先手を打たれてしまった。絶体絶命だ。呪詛なぞでっち上げに決まっている」


 経実は先だって四辻殿に、六の宮を即位させ、烏丸左大臣を追い出すよう、政変を起こすよう、圧力をかけていた。まさか、それを烏丸左大臣が嗅ぎつけたのではあるまいか。それとも、経実からの要求に、四辻殿が焦って何かやらかしたのでは──?


「何としても、四辻の大臣を助けねばなるまいぞ」


「あちこち働きかけているのでございましょう?」


 希姫君の声は沈んでいる。


「あの上野の時有と和議を進めましょう。時有と親しくなり、四辻殿を助けてくれと頼みましょう。かの者は、烏丸左大臣の一族故。兄は四辻殿に仕えておりますし。兄も死罪かもしれないのです。我等に協力してくれるのでは?」


「貴姫君がそれに気付かぬわけがない。きっと今頃、和議や四辻殿助命に奔走しておることだろう」


「こちらから和議を申し入れ、尚且つ大臣の助命に協力してもらうのですから……単純に和議を申し入れても、うんとは言いますまい」


 経実はふうと溜め息をついた。


「わかった。儂が取り返した寂意の領地を土産に、時有に謁見する。臣下の礼をとってやる」


「……あの烏丸左大臣の縁者に頭を下げる……兄上の誇りが傷つく……」


 希姫君は眼にじわじわと涙を滲ませた。


「頭を下げながら、腹の中ではほくそ笑んでやるさ。『馬鹿めが、今はそうやって優越感に浸るがよいわ。お主をさんざん利用してやる。そして、油断している隙に滅ぼしてやるまでだ』そう思いながらな。いつか時有も左大臣も滅ぼしてやる。その日のために頭を下げるのだ。本当に誇り高い者は、敵に土下座だって平気でできる。中途半端に尊大な奴が、頭を下げられないのさ」


 経実は策士のような笑みを頬に作って言った。





 二月に入って間もなく、今上は四辻殿以下の処分を決定した。


 四辻内大臣は土佐に遠流(おんる)。嫡子は能登に流罪。


 佐渡に風香中納言。韶徳三位周雅卿と忠兼少将は安房へ。


 他十四名が流罪となった。


 僧は、法真阿闍梨を讃岐、永堯阿闍梨を尾張、頼阿他三名を流罪とし、日雲僧都は事件を知らせた功績により、流罪は免れた。


 院司達をはじめ、残りの人々は除籍、解官。


 四辻殿等に死一等を免じた今上だったが、烏丸左大臣はどうしても手緩く感じ、死罪にしなければ納得できぬと言い張った。


 今上の護持僧・東寺の賢明は、


「大臣。流罪は流罪。解官は解官。されど、流されし者が配流地で病死することもあれば、田舎の荒くれに襲われ、斬り殺されることも多々あることです。されど、流罪は流罪なのですから」


と言って、目配せした。


 それからは左大臣もおとなしくなって、不気味だった。


 兎も角、今回の処分を決定したのは今上自身で、初めて御意が通ったのである。


 新院は、自身の近習達が事件に連座しているというので、これらの処分には一切口出ししなかったのであった。


 流罪と決定した三位殿は、二月十七日に流刑地に送られることになった。

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