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正声・十拍──知音(肆)

 十一月、いよいよ五節(ごせち)である。


 五節定めで、今年は三位殿が舞姫を献上することに決まっていた。


 舞姫献上は莫大な出費となるので、順番が回ってきた人は、公卿でも国守でも大迷惑である。これのために零落する人もいるくらいだ。


 三位殿にとっても、あまり有り難いことではなかったが、決まりだから仕方がない。


 献上されるのは、ゑまひてうの姫君。実は夏の頃、三位殿が猶子にしていた女君で、備中前司と侍従の君夫妻の実子である。諱は重子(しげこ)


 花のような美少女で、琵琶に巧みな自慢の姫君だ。


 今年は、どの舞姫も美しかった。いつもの年よりも優れた人ばかりである。


 だが、今上の御心はちっとも晴れない。


 豊明節会(とよのあかりのせちえ)を、ずっと鬱々と過ごしていた。






 その数日後。


 四辻内大臣殿は、一族を集めて大騒ぎをしていた。


 何か。


 実は四辻内大臣殿の中の君(次女)は、大理卿(検非違使別当・けびいしのべっとう)の北ノ方だが、この人の出産が近づいていたのである。


 以前から、霊験ある僧や陰陽師どもに安産祈願の加持祈祷をさせていたが、いよいよ出産という時になったので、一族集まっているのである。


 だから、勿論、伯父の風香中納言殿、忠兼、三位殿ら従兄弟も集まって、安産を願っていた。


 中の君の姉である女御寛子も中の君の安産を願って、祈祷僧を一人遣わしたし、女御を寵愛する新院も、護持僧を遣わしたのであった。


 内大臣殿の母方の縁者で台密を極めた日雲僧都(にちうんそうず)や、縦目の超人・法真らもその中に加わっていた。


 異様にさえ感じる程な祈祷であった。


 四辻内大臣殿が一族全てを集めて祈祷している──というので、噂する者もあった。


 やがて、中の君は死産と伝えられた。


「はて。死産とは?」


「縦目の法真がいて、安産にならぬことがあるのか?」


「何の祈祷かの?」





 それから暫くして、忠兼がついに二条殿の若君を、朽葉の上に渡した。


 乳母も二条殿のもとから一緒について来ていた。意外にも、朽葉の上はこの若君を可愛がっていた。


 忠兼はほっと胸なで下ろしたが、二条殿のことを思うと、居ても立ってもいられない。また忙しく二条殿のもとへ通うようになってしまったのだった。


 朽葉の上が怒ったのは言うまでもない。


 縦目の法真に言われた通り、若君を憎まないようにしているものの、泣いていても、放っておきたい気分だった。


 上はある日、密かに法真を呼んで、


「やはりあの女を呪い殺しておくれ。あの女が身ごもった時、腹の子諸共あの女を呪い殺すよう、千金を積んで頼んだのに、こなたは、寧ろ子を可愛がるようにと言うたな。言う通りにしたのに、これはどうしたことぞ。夫はまたあの女に現をぬかし、口惜しい限りや。子は大事にしておるぞ。だが、私は損ばかりではないか!」


と法真を怒鳴りつけた。


 すると、法真は不敵にふふっと笑った。


「御腹のお子を双子にする呪いをかけたのです。しかも男と女の。閻魔天として若君は生まれ、女君は地蔵となられた。母君は気も狂われたに違いありませぬ。あなたの憎む人は、充分苦しめられています。一方、生まれた若君は閻魔天。あなたはこのお子を愛する事により、その寿命を百歳にまで延ばすことができます」


 そう答えたのだった。


「何と。男と女の双子とな?」


「如何にも。拙僧はそのように呪詛致しました」


 朽葉の上からは二条殿を呪い殺すよう頼まれ、忠兼からは二条殿の安産祈願を頼まれ、どちらからも荘園を寄進されてしまったので、中間策をとり、男女の双子を産ませる呪いをかけたのだった。


 たまたまか、本当に法真の邪悪な力故か、二条殿は男女の双子を産んだのだったが、朽葉の上はこの怪僧の言葉を信じて、若君を「耶阿摩」と呼んだ。


 閻魔天は天竺ではヤーマといい、双子の妹がいたからだ。ヤーマは一対という意味である。


 上は耶阿摩を可愛がっていたのだが、ある日、この若君がひどく泣き叫んだことがあった。上はあまりの騒々しさに、流石にうんざりしていた。


 だが、それとて乳母がついているのだから、上に落ち度はなかった筈である。


 若君は高熱を発していた。


 忠兼がようやく二条殿のもとから帰ってきた時には、もうどうしようもない状態になっていた。


 若君は三日後に亡くなってしまったのである。


 三位殿は自分のことのように胸を潰した。


 落ち込んでいる忠兼の姿を目にする度、経王御前のことを口にしそうになった。だが、やはりいけない。二条殿が男女の双子を産んだという事実を明るみにしてはいけない。


 法真の悪行を知る由もない三位殿は、本気でそう思っていた。


 心の中だけで、


「安心して下さい。姫君の方は今でもなお健やかに、大事に育てられていますから」


と、兄に語りかけた。


 いつか、もう少し経ったら、経王御前を兄に抱かせてあげられる日も来るだろう。


 朽葉の上は耶阿摩を可愛がったとはいえ、やはり夫が二条殿に産ませた子なのだという拘りが残っていた。若君の短い寿命に対しては哀れを覚え、涙さえも見せたのであったが、忠兼の落ち込む姿を見ると、つい笑みが浮かび上がってきてしまう。


 法真を呼びつけると問うた。


「今、この場で透視して、あの女の顔が見ゆるかえ?」


「はい。見えまする」


 法真阿闍梨、普段はその縦目を瞼の奥にしまい込んで、普通の人の様子と変わるところはない。瞑想する時、呪法を施す時、また、人を畏怖させようとする時だけ目一杯開いて、眼球をぐっと前に押し出すのである。


 法真、今もやって来た時は常人と変わらぬ様子であったが、朽葉の上に問われて、気を二条殿のもとまで飛ばすとて、急にその目を縦にした。


 朽葉の上は、やはり気味の悪い男だと鳥肌を立てた。


 やがて法真は縦目のままに、


「二条殿、嘆き悲しみ、両三日飲食は全くなさっていませんな」


と言った。


「そうかえ」


 朽葉の上は満足した。


 その表情を見て、法真の縦目はいささか曇った。


「北ノ方にはご忠告申し上げた筈です。若君を愛されるように、と」


「言いつけを守った。耶阿摩のことは充分慈しみ、愛してやった」


「それでは、二条殿の悲しみ具合と比べものにならぬ程お元気なのは、どうしたことです。二条殿以上に悲しまなくてはならない筈なのに。みすみす若君を死なせておいて、少しも胸が痛みませぬか?」


 その言葉に、上はばっと立ち上がり、甲高く怒鳴った。


「あの子が死んだのは、私のせいだとお言いやるかっ!?」


「違いますか?」


「あの子は病であった。私が殴ったわけでも、悪いものを食わせたわけでもない。もし、世話が行き届いていなかったのを責めているのであるならば、それは私の咎ではない。乳母のせいよ。乳母がついていながら手遅れになったのだ」


「いいや。御身は表面上は若君を愛しているように振る舞っても、その実、心の底では若君など死んでしまえばよいと思っておられた筈。だから、若君が具合の悪さに泣き叫ばれても、放っておかれた。もし、死んでしまったら、その時はその時で構わぬ、そう思っておわした」


「天寿であろ。天の定めを覆すことなどできぬ」


「それとて、心より子を愛する母であるならば、最後までやれるだけのことはやります。もしも若君ではなく、夫君の少将殿のご危篤であったならば、御身はご自分の命と引きかえにでも夫君を助け給えと、ありとあらゆる神仏に祈られた筈です」


「生さぬ仲ぞ。継母と継子の仲が険悪なのは世の常。継子を愛する継母なぞ聞いたこともない。継母を慕う継子なぞ、かえって非常識であろ。私はあの子を苛めず、慈しみ育てておった。世の中のどの継母よりも、よい継母であった筈よ。何故、それを責められねばならぬ。あの子が死んだ時、私は悲しかったぞ。泣いたぞよ」


 法真は溜め息をついた。


「北ノ方には拙僧の進言がおわかりになってはいなかったようですね。もっと噛み砕いて申し上げるべきだったと反省も致しますが」


「ええい、何たる無礼な。呆れた破戒僧よ、去れ」


「下がりましょうとも。されど、お忘れ召さるな。若君を実の子と変わらぬ気持ちで愛さなければ、夫君も死ぬることになると申し上げたことを。御身の情念が激し過ぎる故、その呪い、二条殿と若君ばかりか、他の方々にも及ぶと申し上げたることを」


「もうよい。何も聞かぬ!」


 朽葉の上、耳を塞いで両眼をぎゅっと瞑り、激しく(かぶり)を振った。


「若君の死は、北ノ方の無意識の怨念が呼んだもの。されど、こんな不幸は大事の前の小事に過ぎぬわ」


 法真阿闍梨はぽつりと呟くと、すっとその場から姿を消した。

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