正声・七拍──輪台青海波(中)
同じ夜。
遠き越後の地では、時有・信時兄弟が、ついにその地の大盗賊団・大乘党の一掃を遂げた。
大乘党は越後を本拠地とする盗賊集団の首領である。その旗下には、遠くは越前から下野、信濃、上野、出羽等の盗賊団が集っていた。
時有と信時は、この大盗賊集団の本拠地をついて、勝利した。
大乘党は散り散りになり、それぞれ出羽、上野等に逃げて行った。大乘党の首領は本拠地を失ったため、麾下の出羽の盗賊団を頼り、共に出羽へ逃げ延びたらしい。
越後の地を制圧した時有は、逃げた盗賊どもを追うか否かで悩んだ。だが。
「追うぞ。このまま放置しては、何れ盛り返してきてまた攻められる。根絶やしにせねば」
暗い陣中。甲冑も脱がず、時有はそう決意した。
「では、兵を三つに分けましょう」
信時は提案した。
「三つ?」
「はい。一つはこの地に留め、守護させ、出羽に逃げた大乘党に備えます。いま一つは信濃に向け、官道を通って上野、下野へと進軍します。そして、もう一つは越後より、そのまま上野に入ります」
「出羽の大乘本隊ではなく、先ず上野から攻めるのか?」
「左様です」
信時は言って、卓上に広げられた地図に目を落とす。
「大乘党はこの度の敗戦で、多くの兵を失いました。しかし、必ず盛り返さんとして、増兵してくるでしょう。そのために出羽に逃げたのだと思います。出羽の背後には、強大な陸奥がついている。大乘党は陸奥を頼り、強大化してくるでしょう」
「陸奥か」
時有はいらいらを覚えたのか、歯ぎしりして顔を歪めた。
陸奥は遙任の地で、目代が置かれている。ただ、その在庁はずっと昔から地元の豪族が務めていて、実質的な力は皆、この在庁が掌握していた。
その在庁が右と言えば右。左と言えば左だった。
「あの在庁が、大乘党を保護するというわけか!」
「ええ、そうです」
在庁は烏丸殿の敵である。大乘党が助けを求めてきたら、歓迎すること必至だった。
「かの在庁、陸奥の金で宋と交易しており、莫大な利益を得ております。大乘党のために、資金も兵糧も馬も武器も、無償で提供することでしょう。陸奥の民をかき集めて、兵として差し出すこともするでしょう」
「何故、さまで大臣に楯突くのか?」
「かの在庁、都の判官の兄上の従兄弟らしゅうございますよ」
「なに、兄の従兄弟?備中の兄ではなく、判官の兄の方か?」
「はい。宣旨御局、三の宮に縁の人のようです。故に、大臣に楯突くのでしょう」
新院の三の宮は、烏丸殿によって早くから寺に入れられ、出家させられていた。その生母・宣旨殿は早世していたが、烏丸殿に毒殺されたのだという噂がある。
「ええい、根も葉もない噂を真に受けて、不届きな奴め!」
時有は拳で地図をどんと打った。丁度陸奥の場所だった。
信時はさり気なく続けた。
「ですから、大乘党は今後、陸奥の地で今まで以上の力を蓄えてくる筈です。そうなる前に討ちたいところですが、今の我等の力で、陸奥に進軍するのは危険です。ですから、先ず上野に逃げた大乘党の一党を討ち、力を蓄え、来たる大乘本隊との決戦に備えましょう」
「そうするとしようか」
と、時有は弟の献策を受け入れ、夜明けまでの暫しの間、仮寝することにした。
「おことも、もう寝ろ」
「はい、では、失礼致します」
信時は頭を下げてから立ち上がると、地図を片付け、そして退出した。
自分の陣に戻ると、すぐに物の具を解く。そうして、少しずつ身軽になって行った時、安友が現れた。
「まだ寝ていなかったの?」
先に友に声をかけたのは信時だった。
「今後のことが気になったのでね」
安友は信時のすぐ目の前にどっかと腰を下ろす。
「そうか」
「で、どうする。都へ帰るのか?」
「いや。まだ都には帰れない。まさか、こんなに……一度も都へ戻ることが叶わないなんて、思いもしなかった。さすがに冬には一旦帰れると思っていたよ」
自嘲にも似た笑みを浮かべているのが、夜目にもわかる。
帰りたいのだろう、都に、どんなにか……安友はそう思った。
「盗賊どもは、冬も雪もお構いなしだからな」
半ば感心したように、半ば呆れたように、安友は笑って言った。
普通、戦は冬にはしないものだ。特に、信時達が下向した北陸は雪が多い。雪道を行軍するのは難儀だし、山越えなぞできはしない。
だから、初冬に出陣した信時達は、一ヶ月程で盗賊どもを一掃し、雪が降り始める前には帰洛するつもりだった。
しかし、盗賊どもは手強く、短期間に討ち果たすのは無理だった。そうしているうちに、雪の季節となり、進軍叶わず、越中で足止めをくらってしまった。士気も下がるし、これでは戦にならないと、一旦都へ帰ることになった。盗賊どもも、雪の中、攻撃はしてくるまい。春になったら、再び攻めようとて、帰る支度を始めた時。
彼等の考えは、盗賊どもに見透かされていた。
冬の決戦は避けるだろう、そう思っていたのだが、見事、裏をかかれてしまった。
こちらが雪で身動きとれないことをよいことに、盗賊どもは奇襲をしかけてきたのだ。
どうせ、盗賊どもも雪の間は攻撃してこないだろうとたかをくくっていた彼等の考えは、物の見事に読まれていた。
盗賊どもには、雪でも進軍できる、奇襲できる秘策があったようだ。
思えば、相手は盗賊、山賊の群れだった。雪道や山の中で人を襲い、物を奪うなど、いつもの仕事ではないか。
正攻法ではない戦いを常套とする盗賊に、雪の中の奇襲は朝飯前だったのだ。
こうして、盗賊どもの攻撃に遭い、信時達は帰ることもできなくなってしまったのだった。
こちらから攻撃する能力はない。だから、ひたすら盗賊どもの奇襲に応戦する。信時達は陣の守りを強化して、冬の間もずっと戦いを続けていた。
大吹雪の日以外は、いつ戦があってもおかしくなかった。そうやって、春まで堪えた。
やがて春になり、雪も解けると、本格的な戦の時期となり、信時達は進軍を開始して今日に至るわけである。
「軍を三つに分けることになった。この地に留まる者と山道を進む者、官道を進む者とに分ける。進軍する者はこの先も戦だ。おことはどうする、安友。この地に留まるか?」
安友は麾下ではない、友だ。それも、楽所の楽人。戦に付き合わなくてはならないということは全くない。
「信時はどうするのだ?」
「私は官道を進む。上野の盗賊を討つ」
「ついて行く」
安友は即答した。
信時は一瞬何かを考えるような表情を見せたが、余計なことは言わずに、ただ、
「そうか。ではそうしてくれ」
とだけ言った。
本当は安友を都に帰してやりたいと思っているのだろう。安友にもわかる。
だが、安友自らが望んで都を捨てて来たのだ。だから、安友が共に行きたいと言うのに、余計な口を挟むべきではないと思っているのだろう。それも安友はわかっていた。
安友は未だ、都を捨ててきた理由を話していない。その主の名さえ言っていなかった。
信時は黙って安友を側に置いてくれている。本当は都の人と話し合え、都で幸せに暮らせと言いたいに違いない。
だが、信時は言いたいことを今も呑み込み、
「さすが近衛府の人だけあって、なかなか見事な太刀使いだよ。助かる。是非、一緒に来てくれ」
と、小さな口をめ一杯広げて、はははと笑った。五月雨の憂鬱を吹き飛ばしてくれるような、爽やかな笑顔だった。
安友はその笑い声で、ぼうっと脳裏に靄のようにかかっていた清花の姫君の面影を、吹き飛ばすことができた。すっきり冴えた頭が心地良かった。




