正声・四拍──かの君の御名こそ(上)
安友が出奔した頃、清花の姫君の腹心の女房・讃岐は、実家にいた。
安友が逐電する数日前から里下がりしていたので、安友の事件など知る由もない。
今、讃岐の心にかかる事は、近頃元気もなく、食も進まず、様子のおかしい清花の姫君のことであり、安友のことなぞ気にもとめていなかった。
讃岐の京の実家は、五条室町にある。
讃岐は家の者からは仲子と呼ばれていた。
四人兄弟の二番目。早くから他家に養子に入って僧侶となっていた同母弟の他に、腹違いの兄と弟がいる。
仲子は讃岐の国の生まれである。
父は棟成卿が領する荘園の預所を任されており、伯父は讃岐水軍の棟梁であった。伯父には子がないので、讃岐民部大夫という仲子の異母兄が、その後継に決まっている。
仲子の異母弟・季満もまた、筑紫水軍を継ぐことに決まっていた。季満の母は筑紫水軍棟梁の妹である。棟梁の子は娘一人のみなので、甥の季満が養子になるわけである。
筑紫水軍は昔から、唐宋と私的に貿易を行ってきていた。
讃岐水軍は筑紫水軍と結びつき、その縁で、大陸との貿易も始めている。水銀などを輸出し、莫大な利益を得て、瀬戸内最強の軍団となっていた。
さらに。
仲子の母方に目を向けると、こちらはもっと凄い。
相模、安房、下総を領土とする関東最強の武士団。それが、仲子の母の生家だ。
相模を本拠とする豪族で、水軍も擁していた。
その棟梁の妹が、仲子の母。母にはその棟梁の他に、姉がいた。
姉は奥州の商人らと協力し、宋と密貿易を行っていた。
その女大商人の京の家が、五条室町なのであった。彼女は人々から、「五条の刀自」と呼ばれている。
五条の刀自は、いつもあちこち飛び回り、あまり五条にいることもないが、一応はここを本宅としているらしい。だが、関東は勿論、瀬戸内、筑紫、果ては宋の明州や揚州にまで、幾つもの豪邸を持っていた。
京の家も、他のどの公卿の邸宅よりも豪奢で、見た者全ての眼を眩ませる。だが、他のどの別宅よりも、実は質素な造りであった。
五条の刀自の強欲は、とどまるところを知らない。日本一の大商人にならむと、さらに事業拡大を続けていた。
刀自の兄の子、即ち関東武士団棟梁の嗣子・長行を、筑紫水軍棟梁の一人娘と縁組させている。やがては、筑紫水軍は仲子の弟・季満が継ぐことになる。
刀自は筑紫水軍までをも手中におさめようと狙っているらしい。
そのような、果てしなく強欲な伯母の家に住まう仲子だが、彼女はあまり富には興味なかった。
仲子の父は、穏やかで信心深い。夢に見た御仏のお告げに従い、子を他家に養子に出して、出家させたほどである。
当然、娘の仲子が一騎当千になることなど望んでいなかった。
だが、讃岐水軍と筑紫水軍を継ぐべき兄と弟とに囲まれて育ったせいか、いつの間にか、どの豪傑よりも頼りになる、女大将軍になってしまった。
だが、人生とはわからないもの。
仲子は都に上って、公卿にお仕えすることになった。
ある時、都は夜盗やら疫病やら、火事やら地震やらで騒がしくなった。物騒な世の中、女の身は危険である。
棟成卿は、姫君方の身辺に注意を必要としていた。しかし、姫君のすぐ側に、屈強な侍を置くのも不都合に思われた。
どこかに力強い女はいないものか。
この風変わりな発想の公卿はそう思ったのである。
そして、讃岐の国に、仲子がいることを知ったのであった。
仲子は讃岐という国名で、棟成卿家に仕えることになった。
清花の姫君が生まれると、その女房となった。
やがて、上家司の房雄という諸大夫の妻となった。
房雄は都生まれの下級貴族である。幼少より唐文に親しみ、作文を得意としていた。大学寮にいたこともある。楽にも通じ、筝の琴をよくしたが、琴の琴や琵琶の琴も嗜んでいた。
仲子はこの夫との間に三年前に、一子・菖蒲王丸を儲けている。
だが、一昨年、夫とは死別していた。
仲子・讃岐は今、安友の事件も知らず、のんびりと久々の休暇を過ごしている。
この伯母の家には、菖蒲王丸はいなかった。
夫の死後、讃岐の父のもとに預けていたのだ。
今日は伯母の刀自も不在である。
こんな冬の早い夕暮れは、讃岐のような豪の者でも、何となくうら寂しい。
ふと、亡き夫を懐かしく思っていると、召し使っている女童がやってきた。
「お隣の判官の殿が、突然お越しになりました。いかがなさいますか」
「時憲の君が?先触れもなく?」
「はい。何やら、内密のお話があるとか」
「時憲の君なら、昔からの友達じゃ。別に構うことはない。疾う、ここへ通せ」
「はい」
女童は楚々と去って行った。
間もなく今の女童が、隣に住む検非違使尉(けびいしのじょう・判官)時憲を連れて戻ってきた。
時憲は大床に通されたが、御簾は巻き上げられていて、中の讃岐とは直に対面する形となる。
思い得たろうか。この時憲こそ、侍従少納言の子息で、かの時有・信時兄弟の異母兄である。
「これはこれは讃岐の君。里下がりをしておいでだと聞いて、急に会いとうなって、いきなり来てしまいましたが、ご迷惑ではなかったかな」
時憲はいつものように砕けた様子である。
幼友達であり、隣人でもある。最も親しき間柄であった。
讃岐も寛いだ様子で、笑顔を見せる。
「私も暇を持て余していたところ。早速酒でも──」
「あ、いやいや」
と、時憲は何を遠慮するのか、
「それはまたの機会に」
などと言うのだ。
「何と不思議なこともあるもの。酒を飲まないでは一日は終わらぬという御身が。もう日も傾いた。御身のためにある時刻となったのに。くわばら、雷でも……」
「ぐははは」
讃岐が真顔で言うので、時憲はげらげら笑う。
「あはは……いや、身共にも、酒抜きで話したいこともある。しかし、御許は昔からちっとも変わらないなあ」
「どう致しまして。そういえば、何か内密の用件があるとか。何とや。私を口説きに来たなら、聞く耳持たぬ」
「おいおい、よしてくれ」
時憲、笑いながら手を振りぬく。
この判官時憲、昔から五条室町に住んでいた。彼の母の家がここだったのだ。
讃岐とは、家が隣なばかりでなく、遠縁でもある。
時憲は侍従少納言の子息で、時有・信時らの異母兄。母は宮宣旨殿の乳母子である。
宣旨殿は新院の三の宮の生母で、三の宮は一身阿闍梨。その三の宮の乳母は、時憲の叔母の周防局である。
ところで、時憲のもう一人の叔母、つまり、母の末妹は、かつて陸奥守との間に則顕を儲けていた。
則顕は陸奥の在庁であるが、実は、讃岐の同母弟・聖海とは義兄弟である。聖海は子供の頃、養子に出されて、その後、山門に入ったのだが、その養父というのが則顕の父・陸奥守だったのだ。
さらに、時憲の叔母は陸奥守と別れた後、上総の領主と再婚して、一子多を儲けていた。
上総の領主は上総にある荘園の主だが、本家として棟成卿を頂いていた。そして、この領主の姉が、讃岐の異母兄・民部大夫の母である。
つまり、多と民部大夫は従兄弟で、多と時憲は従兄弟。民部大夫と讃岐は異母兄妹。
多と則顕は異父兄弟。
則顕と時憲は従兄弟。則顕と聖海は義兄弟で、聖海と讃岐は実姉弟である。
ややこしいが。
とりあえず。
讃岐が時憲と幼少時代から親しいのは、単に隣人という理由だけではないということだけ述べておく。




