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可愛げがないと言われ続けた令嬢ですが、有能だと気づいてくれた人と婚約しました

作者: ピラビタ

「あなたって、本当に可愛げがないわね」


 その言葉を言われるたび、私は相槌を打つことにしている。

 否定しても、肯定しても、結果は同じだから。


 私はマリエル・ノートン。地方子爵家の娘だ。


 母を早くに亡くし、父が再婚してからというもの、家の中での私の立場は曖昧になった。

 義母は決して意地悪ではない。

 ただ――私に関心がないだけだ。


 社交界での評価も似たようなものだった。


「頭はいいけれど、華がない」

「礼儀正しいけど、愛想がない」

「嫁にするなら、もう少し可愛げが欲しい」


 可愛げ、とは何だろう。


 笑えばいいのか。

 媚びればいいのか。

 それとも、何も考えずに相手の言うことに頷けばいいのか。


 考えているうちに、私は官僚養成学校へ進学していた。

 せめて役に立つ人間になろうと思ったからだ。


 そこで彼に出会った。


 アレクシス・レイン。

 成績表の端に、毎回異様な点数を書き出す男。


 法律、経済、外交史。

 全て満点。

 ただし授業態度は最低。


「君、ちゃんと人の話を聞いているのか」

「聞いてますよ。無駄が多いだけです」


 教師を真顔で怒らせる、問題人物。


 ――なのに。


 ある日、資料室で重い書類を抱えていた私を、彼は何でもないように手伝ってくれた。


「それ、運び方が非効率だ」

「……そうでしょうか」

「角度を変えた方がいい」


 無言で半分持たれ、淡々と歩く。


 礼を言うと、彼は一瞬だけこちらを見た。


「君、無駄なことを言わないから楽だ」

「それは褒め言葉でしょうか」

「最高の」


 心臓が、少しだけ跳ねた。


 それから、私たちはよく話すようになった。

 と言っても、甘い言葉は一切ない。


「この政策案、感情論が多い」

「ではどう直せば?」

「三行削って、数字を足す」


 実務的。

 冷静。

 なのに、不思議と居心地がよかった。


 ある日、彼がぽつりと言った。


「君はさ」

「はい」

「どうしてそんなに評価が低いんだ?」


 私は少し考えてから答えた。


「可愛げがないから、だそうです」

「意味が分からない」

「よく言われます」


 彼は真剣な顔で、私を見た。


「無駄に感情を振りまかない。

 必要なことを必要なだけ話す。

 約束を守る。

 それを“可愛げがない”と言うなら、社会の方が間違ってる」


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。


「君は有能だ。

 それだけで十分だろ」


 初めてだった。


 私を、そのままで肯定した人は。


 数ヶ月後。

 私は彼の補佐として、地方行政改革案に関わることになった。


 周囲はざわついたが、彼は気にしなかった。


「君が一番向いてる」

「……ありがとうございます」

「感情抜きで言ってる」


 それが、嬉しかった。


 可愛げがない。

 そう言われ続けた私には、居場所がなかった。


 でも今は違う。


 必要とされる場所がある。

 評価してくれる人がいる。


 それだけで、人生は随分と生きやすくなるらしい。


 それからしばらく、私とアレクシスは同じ仕事をするようになった。


 地方行政改革案――名目は簡単だが、実際には利権が絡み、誰も触れたがらない案件だ。

 だからこそ、彼が任されたのだろう。


「前例がない?」

「ええ」

「じゃあ作ればいい」


 相変わらずの物言いだ。


 でも彼の案は、感情論を排し、数字と実績だけで構成されていた。

 私はその補足資料を整え、反論想定を書き出す。


 気づけば、作業は驚くほどスムーズに進んでいた。


「君、気づいてるか」

「何をですか」

「これ、ほぼ完成形だ」


 彼は資料を机に置き、珍しく満足そうに息を吐いた。


「君がいなかったら、三倍は時間がかかった」

「それは……光栄です」


 ――その噂は、すぐに広まった。


「レインの補佐に、ノートン子爵令嬢が入ったらしい」

「例の可愛げがないって言われてた?」

「でも、仕事はできるらしいぞ」


 最初は半信半疑。

 次第に評価は、確信に変わっていった。


 そんな中、私は実家から呼び出しを受けた。


 久しぶりに戻った屋敷の応接室。

 義母と父、そして見慣れない来客がいた。


「マリエル、こちらはラドフォード男爵よ」

「……初めまして」


 男爵は、にこやかに私を見た。


「聡明だと噂は聞いております。ぜひ家同士の縁を――」


 その言葉を聞いた瞬間、理解した。


 縁談だ。


 しかも、こちらの意思は考慮されていない。


「官僚養成学校を出た女性は貴重だ。妻としても、補佐役としても優秀だろう」


 父は何も言わない。

 義母は、少しだけ視線を逸らした。


 ――ああ。


 私はようやく“価値が出た”のだ。


「お返事は急ぎません。ただ、好条件ですよ」


 男爵はそう言ったが、その視線は値踏みするものだった。


 私は静かに息を吸った。


「恐れ入りますが」

「はい?」

「すでにお断りする理由がございます」


 室内が静まり返る。


「私は現在、王府直轄の行政改革案件に従事しております」

「それが何だ」

「責任ある立場です。私的都合で辞退するつもりはありません」


「女性が仕事に固執する必要はないだろう」


 その瞬間だった。


「ありますよ」


 低い声が、応接室に響いた。


 振り向くと、アレクシスが立っていた。


「なぜ、ここに……?」

「報告書を持ってきた。ついでに聞こえた」


 彼は一礼だけすると、淡々と続けた。


「マリエル・ノートンは、現在進行中の改革案の要です。

 彼女を失えば、計画は破綻する」


「大袈裟な」

「事実です」


 彼は男爵を真っ直ぐ見た。


「彼女は、あなたの家に嫁ぐための“条件のいい女”ではない」

「失礼だな」

「失礼なのは、彼女を評価せずに使おうとする方です」


 空気が、張り詰めた。


「それに」


 彼は一歩前に出た。


「彼女は、私の婚約者になる予定です」


 ――え?


 頭が、完全に停止した。


「……何を言っている」

「正式な手続きはこれからですが、意思は固まっています」


 彼は、私を見た。


「違いますか」


 一瞬、迷った。

 でも、もう後戻りはできない。


「……はい」


 私は、はっきりと答えた。


「私は、アレクシス・レイン様との縁を望んでおります」


 男爵は顔をしかめ、父は目を見開いた。


「マリエル、本気なのか」

「はい」


 声は、不思議と震えなかった。


「私はもう、“可愛げがない”という理由で扱われる立場を終えました」


 沈黙。


 最初に折れたのは、男爵だった。


「……縁がなかったようだ」


 そう言って、そそくさと去っていく。


 父は、しばらく黙ったままだったが、やがて深く息を吐いた。


「……立派になったな」

「ありがとうございます」


 義母は、初めてこちらを見て、微笑んだ。


「あなた、誇らしいわ」


 それだけで、十分だった。


 ***


 数日後。

 正式に、婚約が発表された。


 社交界は、またざわついた。


「レイン様が婚約?」

「あの変人官僚が?」

「相手はノートン子爵令嬢?」


 そして、決まって続く。


「……見る目があったのね」


 私は、アレクシスと並んで歩きながら、小さく息をついた。


「勝手に婚約者扱いしましたね」

「嫌だったか」

「いいえ」


 少しだけ、間を置いてから言う。


「可愛げがない私を、選んでくださって」


 彼は首を傾げた。


「違う」


「?」


「君は最初から、選ばれる側じゃなかった。

 並ぶ相手だ」


 その言葉が、胸に落ちた。


 可愛げがない。

 そう言われ続けた私は、ずっと自分を疑っていた。


 でも今は、分かる。


 私はただ、私のままでよかったのだと。


 彼の隣で、これからも。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


マリエルが自分の価値を自分で選ぶ結末を書きたくて、このお話になりました。

静かな逆転と、読後に少し前向きになれる物語になっていたら嬉しいです。


もし楽しんでいただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


※同じ主人公・世界観の連載版を投稿しています。

タイトル

「可愛げがないと言われ続けた令嬢ですが、有能だと気づいてくれた人と婚約しました」

で連載中です。

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