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可愛げがないと言われ続けた令嬢ですが、有能だと気づいてくれた人と婚約しました

作者: ピラビタ
掲載日:2025/12/31

「あなたって、本当に可愛げがないわね」


 その言葉を言われるたび、私は相槌を打つことにしている。

 否定しても、肯定しても、結果は同じだから。


 私はマリエル・ノートン。地方子爵家の娘だ。


 母を早くに亡くし、父が再婚してからというもの、家の中での私の立場は曖昧になった。

 義母は決して意地悪ではない。

 ただ――私に関心がないだけだ。


 社交界での評価も似たようなものだった。


「頭はいいけれど、華がない」

「礼儀正しいけど、愛想がない」

「嫁にするなら、もう少し可愛げが欲しい」


 可愛げ、とは何だろう。


 笑えばいいのか。

 媚びればいいのか。

 それとも、何も考えずに相手の言うことに頷けばいいのか。


 考えているうちに、私は官僚養成学校へ進学していた。

 せめて役に立つ人間になろうと思ったからだ。


 そこで彼に出会った。


 アレクシス・レイン。

 成績表の端に、毎回異様な点数を書き出す男。


 法律、経済、外交史。

 全て満点。

 ただし授業態度は最低。


「君、ちゃんと人の話を聞いているのか」

「聞いてますよ。無駄が多いだけです」


 教師を真顔で怒らせる、問題人物。


 ――なのに。


 ある日、資料室で重い書類を抱えていた私を、彼は何でもないように手伝ってくれた。


「それ、運び方が非効率だ」

「……そうでしょうか」

「角度を変えた方がいい」


 無言で半分持たれ、淡々と歩く。


 礼を言うと、彼は一瞬だけこちらを見た。


「君、無駄なことを言わないから楽だ」

「それは褒め言葉でしょうか」

「最高の」


 心臓が、少しだけ跳ねた。


 それから、私たちはよく話すようになった。

 と言っても、甘い言葉は一切ない。


「この政策案、感情論が多い」

「ではどう直せば?」

「三行削って、数字を足す」


 実務的。

 冷静。

 なのに、不思議と居心地がよかった。


 ある日、彼がぽつりと言った。


「君はさ」

「はい」

「どうしてそんなに評価が低いんだ?」


 私は少し考えてから答えた。


「可愛げがないから、だそうです」

「意味が分からない」

「よく言われます」


 彼は真剣な顔で、私を見た。


「無駄に感情を振りまかない。

 必要なことを必要なだけ話す。

 約束を守る。

 それを“可愛げがない”と言うなら、社会の方が間違ってる」


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。


「君は有能だ。

 それだけで十分だろ」


 初めてだった。


 私を、そのままで肯定した人は。


 数ヶ月後。

 私は彼の補佐として、地方行政改革案に関わることになった。


 周囲はざわついたが、彼は気にしなかった。


「君が一番向いてる」

「……ありがとうございます」

「感情抜きで言ってる」


 それが、嬉しかった。


 可愛げがない。

 そう言われ続けた私には、居場所がなかった。


 でも今は違う。


 必要とされる場所がある。

 評価してくれる人がいる。


 それだけで、人生は随分と生きやすくなるらしい。


 それからしばらく、私とアレクシスは同じ仕事をするようになった。


 地方行政改革案――名目は簡単だが、実際には利権が絡み、誰も触れたがらない案件だ。

 だからこそ、彼が任されたのだろう。


「前例がない?」

「ええ」

「じゃあ作ればいい」


 相変わらずの物言いだ。


 でも彼の案は、感情論を排し、数字と実績だけで構成されていた。

 私はその補足資料を整え、反論想定を書き出す。


 気づけば、作業は驚くほどスムーズに進んでいた。


「君、気づいてるか」

「何をですか」

「これ、ほぼ完成形だ」


 彼は資料を机に置き、珍しく満足そうに息を吐いた。


「君がいなかったら、三倍は時間がかかった」

「それは……光栄です」


 ――その噂は、すぐに広まった。


「レインの補佐に、ノートン子爵令嬢が入ったらしい」

「例の可愛げがないって言われてた?」

「でも、仕事はできるらしいぞ」


 最初は半信半疑。

 次第に評価は、確信に変わっていった。


 そんな中、私は実家から呼び出しを受けた。


 久しぶりに戻った屋敷の応接室。

 義母と父、そして見慣れない来客がいた。


「マリエル、こちらはラドフォード男爵よ」

「……初めまして」


 男爵は、にこやかに私を見た。


「聡明だと噂は聞いております。ぜひ家同士の縁を――」


 その言葉を聞いた瞬間、理解した。


 縁談だ。


 しかも、こちらの意思は考慮されていない。


「官僚養成学校を出た女性は貴重だ。妻としても、補佐役としても優秀だろう」


 父は何も言わない。

 義母は、少しだけ視線を逸らした。


 ――ああ。


 私はようやく“価値が出た”のだ。


「お返事は急ぎません。ただ、好条件ですよ」


 男爵はそう言ったが、その視線は値踏みするものだった。


 私は静かに息を吸った。


「恐れ入りますが」

「はい?」

「すでにお断りする理由がございます」


 室内が静まり返る。


「私は現在、王府直轄の行政改革案件に従事しております」

「それが何だ」

「責任ある立場です。私的都合で辞退するつもりはありません」


「女性が仕事に固執する必要はないだろう」


 その瞬間だった。


「ありますよ」


 低い声が、応接室に響いた。


 振り向くと、アレクシスが立っていた。


「なぜ、ここに……?」

「報告書を持ってきた。ついでに聞こえた」


 彼は一礼だけすると、淡々と続けた。


「マリエル・ノートンは、現在進行中の改革案の要です。

 彼女を失えば、計画は破綻する」


「大袈裟な」

「事実です」


 彼は男爵を真っ直ぐ見た。


「彼女は、あなたの家に嫁ぐための“条件のいい女”ではない」

「失礼だな」

「失礼なのは、彼女を評価せずに使おうとする方です」


 空気が、張り詰めた。


「それに」


 彼は一歩前に出た。


「彼女は、私の婚約者になる予定です」


 ――え?


 頭が、完全に停止した。


「……何を言っている」

「正式な手続きはこれからですが、意思は固まっています」


 彼は、私を見た。


「違いますか」


 一瞬、迷った。

 でも、もう後戻りはできない。


「……はい」


 私は、はっきりと答えた。


「私は、アレクシス・レイン様との縁を望んでおります」


 男爵は顔をしかめ、父は目を見開いた。


「マリエル、本気なのか」

「はい」


 声は、不思議と震えなかった。


「私はもう、“可愛げがない”という理由で扱われる立場を終えました」


 沈黙。


 最初に折れたのは、男爵だった。


「……縁がなかったようだ」


 そう言って、そそくさと去っていく。


 父は、しばらく黙ったままだったが、やがて深く息を吐いた。


「……立派になったな」

「ありがとうございます」


 義母は、初めてこちらを見て、微笑んだ。


「あなた、誇らしいわ」


 それだけで、十分だった。


 ***


 数日後。

 正式に、婚約が発表された。


 社交界は、またざわついた。


「レイン様が婚約?」

「あの変人官僚が?」

「相手はノートン子爵令嬢?」


 そして、決まって続く。


「……見る目があったのね」


 私は、アレクシスと並んで歩きながら、小さく息をついた。


「勝手に婚約者扱いしましたね」

「嫌だったか」

「いいえ」


 少しだけ、間を置いてから言う。


「可愛げがない私を、選んでくださって」


 彼は首を傾げた。


「違う」


「?」


「君は最初から、選ばれる側じゃなかった。

 並ぶ相手だ」


 その言葉が、胸に落ちた。


 可愛げがない。

 そう言われ続けた私は、ずっと自分を疑っていた。


 でも今は、分かる。


 私はただ、私のままでよかったのだと。


 彼の隣で、これからも。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


マリエルが自分の価値を自分で選ぶ結末を書きたくて、このお話になりました。

静かな逆転と、読後に少し前向きになれる物語になっていたら嬉しいです。


もし楽しんでいただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


※同じ主人公・世界観の連載版を投稿しています。

タイトル

「可愛げがないと言われ続けた令嬢ですが、有能だと気づいてくれた人と婚約しました」

で連載中です。

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― 新着の感想 ―
拝読いたしました。「可愛げがない」という、世俗的な物差しでしか評価されてこなかったマリエルが、同じく世俗の無駄を嫌うアレクシスと出会い、自分の価値を「再定義」していく過程が本当に素晴らしかったです。 …
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