表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

マッチ売りの少女は冬の夜に魔法を学び、一本の炎で三つ首の怪物を倒した

裸足で踏む雪は固く、痛かった。

それでも泣かなかった。

泣いても暖かくならないことを、もう知っていたから。


少女は小さなマッチ箱を胸に抱きしめ、宝物のように守った。


—マッチ……安いマッチです……


通りすぎる人々。

上等なマント、汚れひとつない靴、窓の向こうでこぼれる笑い声。


誰も少女を見ない。

誰も少女を呼ばない。


世界は、彼女が存在しないかのように振る舞った。


—おや、面白い子ね。


その声に、少女は足を止めた。


見上げると、黒い外套に身を包んだ女が立っていた。

髪は光を吸い込むように暗いのに、

その眼だけは、燃え残る炭のようにあたたかかった。


—どうして、その手は震えていないの?

 これほどの寒さなら、どんな炎でも消えてしまうのに。


少女は少し迷ってから、正直に答えた。


—震えたら……マッチが折れちゃうからです。


女は静かに微笑んだ。


その夜、少女は初めて、

風に軋まない屋根の下で眠った。

温かいスープを飲み、身体の痛みが消えていくのを感じた。


魔女は黙って、その様子を見つめていた。


—マッチは木と火だけではないのよ —と、女は言った—

 “記憶”を閉じ込めたもの。


彼女は一本のマッチを擦った。


炎は燃え上がらず――囁いた。


そこに浮かんだのは、少女の知らないはずの光景。

小さな食卓。

重ねられた手。

聞いたこともない笑い声。


それでも少女は泣いた。


—これ……あったかい……


—マッチの魔法よ。私はその専門家。

 一本一本に、願いも、想いも、命の欠片も宿っている。


その日から少女は学び始めた。


勇気を灯すマッチ。

恐れを鎮めるマッチ。

自分が震えていても、誰かを守れるマッチ。


—全部使い切ってはダメよ —魔女は言った—

 火はね、灯す者も焼いてしまうから。


冬は深まり……空が黒く沈んだ日。


三つの頭を持つ怪物が街に舞い降りた。

その影は塔も道も覆い尽くした。


—美しい娘をひとり差し出せ……

 さもなくば、この街を炎で呑み込む。


沈黙する人々。

誰も名乗り出ない。

誰も声を上げない。


少女は扉の陰で、その声を聞いた。


その夜、少女はマッチ箱を開けた。


—行ってはなりません —魔女が言った—

 あなたはまだ幼い。ただの子供よ。


少女はゆっくりと顔を上げた。

震える手。

だが、それは寒さのせいではなかった。


—私が行かなければ……

 誰かが泣くんです。

 その泣き声を……私はもう知っています。


魔女は目を閉じ、長く沈黙した。

そして、少女の頭にそっと手を置いた。


—ならば……どうか、幸運を。


氷原の中心。

怪物を前に、少女は一本目のマッチを擦った。


飢えた日々が灯った。


二本目。

名も家もなかった夜が映った。


三本目。

少女の“願い”が燃え上がった。


――消えたくない。

――死にたくない。

――誰一人、無視されるべきではない。


炎がひとつに溶け合った。


燃やしたのは怪物ではなく――照らしたのだ。


影を力に変えていた呪縛が砕け、

頭がひとつ落ち、またひとつ落ち、

最後の頭も夜明けの蝋燭のように消えた。


静寂のあと。


残っていたのは、最後の一本。


少女はそれを擦った。


炎は小さく、安らかで、あたたかかった。


その日、冬は――

初めて、ほんの少しだけ優しかった。

こんにちは、作者です。


童話の「マッチ売りの少女」を、

もしファンタジーの世界で“救われたら”という発想で書きました。


短編ですが、少しでも心に残ってもらえたら嬉しいです。


もしよろしければ、

評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
冬童話タグより来ました。 あの有名な童話が、こんな壮大なファンタジーに…! ドキドキして、最後はホロリと泣けました。 素敵な物語をありがとうございます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ