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魔法薬のレシピ

「レオニー先生!」


ヘイディが、赤味の強い橙色の髪の女性講師を呼び止めた。

彼女は元々、王都で教鞭をとっていたが、結婚を機に生まれ故郷であるヴィンデルシュタットに戻り、今年からユンカーで薬草学を教えていた。


「どうしたの、ヘイディ?」


レオニーは足を止め、表情を和らげた。ヘイディは彼女が担任する生徒ではない。しかし、成績優秀、けれど攻撃魔法だけがどうしても使うことができない彼女を、レオニーは密かに気にかけていた。また、ヘイディの方もそんな彼女を慕い、色々と相談に乗って貰ったりしていた。


「あの、また先生に相談があって。昨日調合した初級の傷薬なんですけど、煮詰めるときにちょっと魔力の流し方を変えたら、効能が上がって中級薬っぽくなったんです」


「中級薬ですって!? 普通、初級薬の材料では中級薬はできないはずだけど。何かの間違いではないかしら? どのように魔力を流したのですか?」


レオニーが怪訝そうに眉を寄せると、ヘイディはバツが悪そうに頭を掻いた。


「実は、ちょっとアヒレス草を刻むときに、断面に魔力を擦り込むようにしてから調合鍋に入れてみたんです。何となくその方が効き目が高くなりそうだと思って。そしたら、昨日バイト先でそれを試しに使ってみた男の子が、『これはすげぇ!』って驚いてて……。実際、今までのより傷の治りが早かったみたいなんです」


「魔力を擦り込んだ? いえ、ちょっと待ちなさい。そんな実験みたいな事をお客さんで試したの? その男の子は大丈夫なんでしょうね!?」


レオニーは絶句した。

何となくで試したことにも驚いたが、その効き目をお客さんで試したことに驚愕した。確かにヘイディは思い切ったことをする娘だと思うが、まさかそんな普通では考えないような事までするとは、レオニーは夢にも思っていなかった。

そもそも、普通は素材に魔力を流そうとは思わない。そんなことをすれば、すぐに魔力が足りなくなるか、場合によっては素材が変質してしまうおそれがあるからだ。豊かな魔力量を誇るヘイディだからこそできることだろう。

傷の治りが早まったのなら、確かに効果はあったのだろう。しかし、そんな得体のしれない薬を勝手に他人に使っていたのなら、それは犯罪行為だ。


「わ、わたしが悪いんです。後で試してみようと思って、傷薬と同じ瓶に入れて並べてたら……アランが間違って使っちゃったんです」


アラン――。このところヘイディの口から、よくその名前が出てくるようになった。

少し前に、アルバイト先でトラブルになった際、助けてくれた男の子だという。それ以来、ヘイディの店にアランが出入りするようになり、仲良くなったらしい。

彼は兵学校に通っていて、彼女とは同い年だという。また、休日には探索士として活動もしているようで、訓練や探索で生傷が絶えないそうだ。


「ふーん……、アランくんねぇ……」


レオニーが少し茶化したように言えば、ヘイディはすぐに顔を真っ赤に染める。


「んもう!! そんなんじゃないって、何度も言ってるじゃないですか! アランはただのお友達っていうか、お得意様なんです。あの子、毎日どこかしら擦り傷を作ってくるから……」


「毎日ねぇ……。兵学校の訓練ってそんなに厳しいのかしら。それとも、そのアランくんはよっぽどおっちょこちょいなのかもしれないわね。先生はアランくんの財布が心配だわ」


レオニーはわざとらしく溜息をついて見せたが、その目は笑っていた。

安い初級の傷薬だとはいえ、学生にとっては頻繁に買える代物ではないはずだ。聞けば、アランもヘイディと同じく、寄宿舎生活を送っているという。なら尚更、そう簡単に手に入れられるものではないだろう。

それにしても、アヒレス草の断面に魔力を刷り込むだなんて、言葉でいうのは簡単だが、それは素材の細胞一つ一つに魔力を染み渡らせる行為だ。普通にやれば、魔力を流し過ぎて素材を駄目にしてしまうだろう。それほど繊細な魔力制御が必要な作業なのだ。

そう言えば、王都でヘイディと同じような工程をおこなった魔法薬が、発表されて話題となっていたような気がする。ちょうど引っ越し前のバタバタしてた頃だったため、その論文にレオニーはまだ目を通していなかったことを思い出した。


「それじゃヘイディ。悪いんだけどその傷薬、わたしに調べさせてくれないかしら? もしかしたら、王都で話題の魔法薬と同じものかも知れないわ」


「わかりました。明日、持ってきますね」


ヘイディが素直に頷くと、レオニーはひとつ重要なことを付け加えた。


「あ、それからヘイディ。その薬、誰にも使わせちゃだめよ。アランくんが使おうとしても、よ。今のところ、どれだけ効果があるのか、副作用のない安全なものか、わからないんだからね」


「は~い、わかりました。じゃ、また明日~」


何とも頼りない軽い返事を返し、ヘイディはちょこんと頭を下げると駆けていった。


「本当に大丈夫かしら……」


後姿を見送りながら、レオニーは心配そうに呟くのだった。

もし彼女が調合した魔法薬が、論文に掲載されているものと同等のものなら、魔法薬工房などで薬師や調合師が長年研究をおこない開発するようなことを、ヘイディはアルバイトの身分でありながら作ったことになる。しかも彼女は「何となく」この方が効き目が高くなりそうというだけで、だ。

ヘイディの授業態度はまじめで成績も悪くない。しかし、難しい理論とかを覚えるよりも感覚を優先してしまうきらいがあった。結果的に今回は効果があったかも知れないが、もう一度彼女にレシピを再現させようとしても、上手くいかないかも知れない。

歴史に名を残す薬師になる素質を持っているが、彼女は魔法士志望だ。それに理論的に言語化することが苦手なため、研究者には圧倒的に向いていなかった。


「ふぅ……なんだかもったいないわね」


軽く息を吐いたレオニーは、見えなくなったヘイディを思い、憂い顔で呟くのだった。




翌日の放課後。

レオニーとの約束通り、ヘイディは小瓶に残った例の魔法薬を手に、彼女の元を訪れた。


「レオニー先生、持ってきました!」


元気な声を響かせながら、ヘイディが小瓶を軽く持ち上げてみせる。


「ありがとう、ヘイディ。早速調べさせて貰うわね」


「先生、聞いてくださいよ。アランったらこの薬の効き目が気に入ったらしく、ダメだって言っても『これを使わせてくれ』ってしつこかったんですよ。必死で死守したんですよ」


「うふふ、本当、あなた達って仲いいのね」


ヘイディは、小瓶をレオニーに手渡しながら、昨日あったアランとのやりとりを聞かせた。彼女は自覚していないようだが、レオニーにはどうしても惚気にしか聞こえない。


「ええっ、そんなんじゃないですよぉ!」


不満そうにヘイディが頬を膨らませるのを尻目に、レオニーは手慣れた手つきで瓶の栓を抜き、まずは香りを確かめる。


「……」


特に異臭はしない。むしろ、アヒレス草の爽やかな香りが凝縮されたように感じる。

次に彼女は、小指の先にほんの少しだけその液体を付け、躊躇うことなく口へと運んだ。


「……っ!?!?!?」


その瞬間、レオニーが顔をくしゃくしゃに歪ませた。


「せ、先生!? どうしたんですか、大丈夫ですか!?」


「……~~~~~っ!!」


突然の悶絶におろおろと取り乱すヘイディ。

レオニーは声も出せない様子で、机に置いていた水差しをひったくるように掴むと、一気に煽った。それでも足りず、何度も口をゆすいでいた。


「な、何ですかこれは! 悪戯するにしても加減というものがあるでしょう!? 一瞬、毒を飲まされたのかと思いましたわ」


彼女は涙目を浮かべながら、そう言ってヘイディを睨み付ける。


「毒だなんて失礼な! これでちゃんとアランの傷は治ったんですよ!?」


「どうもこうもないです。アヒレス草は元々えぐみが強いですが、これは……それを千倍に煮詰めたような凄まじい味がしたわよ!」


「そんなひどいですかぁ?」


レオニーの剣幕に、半信半疑の表情を浮かべたヘイディが、自分の指に薬を付ける。


――ぺろり


「……うげっ!!」


ヘイディは、自分の作った薬の破壊的な不味さに、床を転がりながら悶絶した。


「何これ? えぐみに舌が痺れる……何でこんな酷い味になるの!?」


「それはわたしが聞きたいわ……」


レオニーはハンカチで口元を押さえながら、小瓶を色々な角度から眺めていた。

今までの傷薬でも服用する場合があったが、これほどえぐみが主張してくるようなことはなかった。また、昨夜読んだ論文でも「若干えぐみが増した」とはあったが、それと今のえぐみが論文で指摘されている増加したえぐみと同等とはとても思えない。

続いてレオニーはナイフを取り出すと、左手人差し指の腹に軽く突き立てた。ぷっくりと風船のように血が溢れる。その人差し指に、ヘイディの小瓶から一、二滴魔法薬を垂らした。

そのまま数秒待って傷を拭ってみると、血が止まっているどころか傷口がすでに塞がっていた。


「……本当ね。これだけ早く傷口が塞がるなら、確かに中級薬ぐらいの効能があるという言葉に嘘はなさそう」


自分の見立てと同様のレオニーの評価に、ヘイディはホッとしたように息を吐く。


「それで、この魔法薬、もう一度作ることはできるかしら?」


レオニーは、少し意地悪な感じで尋ねた。

感覚派のヘイディにとって、再現することは大の苦手としていた。彼女の心配は、正にそれだった。もし、論文で紹介された方法と同じなら、偶然にも論文と同じ「回復薬」を作ったことになる。そうでなくても、これほどの回復力の薬を作ったことは素晴らしいことだ。


「もちろんです。作り方はバッチリ覚えてますから、任せてください!」


レオニーの心配を余所に、ヘイディはそう言って胸を張った。

調理台で試しに作ったときと同様、アヒレス草をナイフで刻んでいく。


「ふふん、こうやって刻みながら魔力を流せば……っと。あ、あれっ?」


鼻歌を歌いながら作業を進めていたヘイディだったが、途中からどんどんと怪しくなってくる。


「前は、こう『キュキュ』っと断面に擦り込むようにしてたはず。あれ、この間のはこんなにしんなりしてたっけ? 『キュキュ』じゃなく『ブワッ』って感じだったかな? ま、いいか。とりあえずやってみよう」


明らかに葉の色がくすんだように変色しているが、彼女はそれほど気にした様子もなく、調合鍋へと刻んだアヒレス草を放り込んでいく。


「あとは、じっくりコトコト煮込むだけ」


手順はレオニーの手にした論文と同様だが、ヘイディの手際は、見ていて明らかに怪しく映る。心配そうに眺めていたレオニーの目の前で、やがてありえないほどの煙が鍋から立ち上りはじめた。


「あ、やばっ!」


慌てて火を止め鍋を下ろすが、魔法薬はすっかり焦げ付いてしまっていた。


「あれぇ、おかしいな。この間と同じようにやったのに、全然上手くいかない」


ヘイディは不思議そうに首を捻るが、レオニーは再現性の問題が早くも露呈し、頭を抱えていた。

せっかく希有な才能を持っているのに、ヘイディはまったくそれを活かせず、活かそうともしない。結局、彼女が魔法薬を再現するのは、それから十日経ってからだった。

△月▽日


やっと、やっとできた!

レオニー先生に「感覚だけじゃなく、きちんと系統だてて記録しなさい!」って毎日怒られて、今日、ようやくあの「激マズ傷薬」が完成。

結局、断面を「キュキュ」ってするんじゃなくて、魔力を「トントン」って置いていく感じだったみたい。……先生は「それを言葉で分かるように説明しなさい」ってまた頭を抱えてたけど、トントンって分かりやすいと思うんだけどなぁ。


先生が言うには、私の魔法薬は王都で「回復薬」として流行しはじめてる、新しい魔法薬と同じものみたい。

それを学生のわたしが何も見ずに再現したことが、本当に凄いことらしい。

本当に凄いものなのかどうかはわたしはわかんないけど、アランみたいな傷だらけのバカが、すぐに笑えるようになればそれでいいかな。


次の休みに、アランに誘われて、一緒に森へ薬草を採りに行くことになっちゃった。

一応、護衛してくれるって言っていたけど、毎日あんなに傷だらけになってるのに、本当に護衛が務まるのかな。

それより、ヴィンデルシュタットに来て初めての採取。

こっちに来てから全然行けてなかったから、凄く楽しみだわ。いっぱい取ってくるぞ~!

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