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侍女がお好き

フランス王家(ヴァロワ朝)とイングランド王家を中心に、スコットランド王国などの周辺諸国、さらにローマ教皇をも巻き込み、1337年頃から約百年戦争が続いた。

その後、イングランドでは内戦が起きた。

百年戦争の敗戦責任の押し付け合いが次代のイングランド王朝の執権争いへと発展したものとも言える内戦だった。

ヘンリー8世は内戦後の危うい平和のもとで、「女性君主ではテューダー朝をまとめることは無理だ。」と考え、男子の世継ぎを渇望した。

だが王妃キャサリン・オブ・アラゴンには男子が生まれなかった。

生まれた男子は夭折し、その後、流産を経てようやく生まれたのは女子だった。

女子でもヘンリー8世は喜んだ。

喜んだが、男子が欲しい!との想いは失われず、何とかして男子誕生を!と愛妾を数多持った。

エリザベス・プラントをヘンリー8世が愛妾として持った頃から、王妃キャサリン・オブ・アラゴンに宮廷での居場所はなくなっていった。

キャサリンはヘンリーや宮中の行事から距離を置く一方、慈善活動を熱心に行うようになり、後の救貧法の布石になった。

そんな中、渇望した男子が生まれたのだ。

男子を授かっても愛妾が産んだ子どもであるが故に王位を継承させることが出来ない。

キリスト教の教えにより愛妾を持つことは許されなかった。

持つことが許されない愛妾が産んだ子に継承権はない。

ヘンリー8世は⦅あり得ない! キリスト教の教えが間違っている。王妃が男子を産めなかったら愛妾を持つしかないではないか! もし何人も男子を授かっても成人するまで生きるという保障が無いではないか! 兄上のように、弟のように……死んでしまうかもしれないではないかっ! 王位を継承できる男子が居なければイングランドはどうなる?⦆とローマ教皇庁への怒りに震えた。

ヘンリー・フィッツロイを出産した後のエリザベス・プラントとの関係をヘンリー8世は終えた。

終えた理由については、何も後世に残さなかった。


「エリザベスとは……もう良いかな……。

 メアリー・ブーリンが愛おしいぞ。」

「陛下、では……。」

「使者から伝えるだけで良い。」

「はい。」


エリザベス・プラントの元に別れを告げる使者がやって来た。


「陛下からの御言付けでございます。

 『良き縁があれば嫁ぐように、幸せを祈っておる。』」

「……陛下にお伝えくださいませ。

 ご安堵くださいませ……と………。」

「承知しました。」


⦅王妃様がご懐妊中に、王妃様の侍女である私に手をお付けになられた陛下でした

 のに……。

 捨てられてしまう時は、こんなに簡単ですのね。

 今も私が知らない愛妾も数多……。

 飽きられましたのよね。陛下は私を……。⦆


この頃のヘンリー8世は王妃キャサリンの侍女メアリー・ブーリンと関係を持っていた。


「愛妾になったのですね。」

「はい。お許しを……。」

「……もう……私の侍女ではありませんね。

 この部屋には入らぬように……。」

「はい。」

⦅また陛下は私の侍女から愛妾をお選びになられた。

 ヘンリー・フィッツロイの生母、エリザベス・プラントに続き二人目。

 こんなこと……王妃として当然なのかしら?

 私は辛すぎて……苦しいわ……受け入れられないわ。

 愛しているのに………愛されないのね。

 ヘンリー・フィッツロイが生まれてから、エリザベス・プラントとは別れたの

 に……陛下は、また……。⦆


メアリー・ブーリンは2人子を産むが、ヘンリー8世は認知しなかった。


「陛下! どうして私の子は陛下のお子だと認めて下さらないのですか?」

「始まってまだ日の浅いこのテューダー朝には正統性に対する疑義がある。

 王位継承権を主張するかもしれない貴族が多数存在しておるのじゃ。

 余は強力な男子の世継ぎが欲しい。

 だが、庶子は、このイングランドに置いて認められることが無い。

 王位は継げぬ。

 初めての男子であるヘンリー・フィッツロイは認知した。

 だが、それは意味が無いと分かったのじゃ。

 其方が産んだ子は、余の子として認めても無意味なのじゃ。」

「陛下……。」

「其方は余の寵愛を受けるだけで満足せよ。」

「……はい、陛下。」


ヘンリー8世は愛妾たちを、フランス王室の公妾のように宮廷で公式の側室扱いすることはせず、彼女たちは単なるお手付きの女に過ぎなかった。


⦅行きたい時に行く。

 会いたい時に会う。

 公式な場では王妃を連れて出る。

 それで良いではないか!

 愛妾たちは、私を慰撫し、子を成してくれれば良い。

 ただ、男子が欲しい! それだけじゃ。

 王位を継げる誰からも文句が出ない男子が欲しい!

 さて、男子が生まれた時の為に、どうすれば良いのか……。

 …………そうじゃ! 王妃に育てさせれば良い!

 うん、それが良い。

 王妃は否とは言えまい。

 男子を2人も失った王妃は男子の母になりたいであろう。

 久しく王妃の元へ行かなんだが、行って、このことを告げよう。

 王妃は喜ぶであろう。

 王妃の養子にすれば良い。

 王妃の子として王妃が育てれば、誰も何も言えまい。

 だが……庶子を養子にすること自体が許されておらぬ。

 キリスト教の教えに背くというが、愛妾を持たねば王位の継承など無理だ。⦆


1517年5月1日にロンドンの暴動「魔のメイデイ事件」が発生する。

この時季は遅いイングランドの春を謳歌する祭の期間であったが、貧富の差の拡大や流入する外国人の増加などで国内治安が悪化し、4月あたりから外国人に対する襲撃事件が相次いでいた。

そして5月1日のメイデイ祭当日の朝に暴動が発生、外国人地区を焼き討ちし牢獄を襲って捕らえられていた同胞たちを解放した。

ロンドン保安長官代理だったモアは説得を試みて1度は成功しかけたが、暴徒の1人から投石を浴びて逃げ帰り暴動が再燃、軍勢を率いたノーフォーク公によって鎮圧に成功した。

300人にものぼった逮捕者の中から13人が翌日に極刑に処せられた。

5月7日に残りの罪人の処刑が行われる予定であった。寵臣ウルジーの願い出も虚しく、ヘンリー8世は恩赦を拒否する。

しかし、ロンドンに滞在中のスペイン人が多数殺害されたにもかかわらず、キャサリンは国王の姉でスコットランド王太后マーガレットと妹でサフォーク公妃のメアリーを伴ってヘンリー8世を説得し、恩赦が降りた。

ロンドン市民は王妃に深く感謝した。


「またもや……王妃は………。」

「陛下、陛下の御意向があればこその恩赦でございます。」

「ああ! もう! 良いわ! 退がれっ!」

⦅王妃は民から、あのように好かれておる。

 王妃を変えれば、民からの反発が無いとは言えまいなぁ……。

 やはり王妃とは別れずに、愛妾の子に王位を継承したい。

 だが、ローマ教皇庁は許すまじ。

 ………うぅ~~ん、どうすべきか……。

 そうじゃ! 余が教皇になれば良い。

 うん、それしかあるまい。

 ローマ教皇庁と袂を分かつ!

 そして、このイングランドだけの教皇に余がなる。

 そうしようぞ……そうしよう。⦆


その頃、王妃の侍女がまたヘンリー8世の心を捉えた。

その次女の名は、アン・ブーリン。

先に王妃の侍女から愛妾になったメアリー・ブーリンの妹だった。


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