キャサリン・バー
1543年に、ヘンリー8世は富裕な未亡人キャサリン・パーと5度目にして最後の結婚をした。
キャサリン・バーは、16歳でエドワード・ボロと最初の結婚、21歳で第3代ラティマー男爵ジョン・ネヴィルと2度目の結婚をしたものの、いずれの夫も病死した。
2番目の夫の死後、ヘンリー8世の2番目の妃だったジェーン・シーモアの兄トマスと交際を始めた。
ところが宮廷に出入りするうちに51歳のヘンリー8世に見初められ、ヘンリー8世は邪魔なジェーン・シーモアの兄トマスを公務で海外に送るとキャサリンに求婚した。
1543年、ヘンリー8世は5度目、キャサリン3度目の結婚をした。
キャサリン・バー31歳であった。
⦅本当にこれで良かったのかしら?
陛下と結婚して王妃になることで私は幸せに?
……いいえ、幸せにはなれないわ。
今も愛称は数多居る陛下。
ほんの少し、私を見ただけに違いありませんもの。
今までの王妃様、お幸せだったとは思えませんわ。
ただ……エドワード王子様、メアリー王女様、そしてエリザベス王女様。
お三方の母になれるのですね。
二度も結婚しましたけれども、子宝には恵まれず……。
陛下と結婚致しましたら、母になれます。
それだけが楽しみですわ。⦆
王妃キャサリン・バーは教養の深いプロテスタントであり、エドワード王子の教育を任された。
ヘンリーは少年時代からエラスムスと文通するほどの教養の持ち主だったが、そんなヘンリーと対等に学術談義ができるだけの知性をキャサリンは持っており、特に神学についての造詣が深かった。
まだ幼いエドワード(後のエドワード6世)とエリザベスの養育を任されたため、彼らへの教育環境を整えたほか、音楽などの芸術についての関心も導き出し、王の子女たちも優しい継母を敬愛した。
キャサリンとは3歳しか年が違わないメアリーは、以前からキャサリンとは親しく、継母となったキャサリンとはカトリックとプロテスタントという宗派の違いを越えた深い信頼で結ばれていた。
まだ幼少のエリザベスは、初めての母親らしい存在となったキャサリンに特に懐いたようで、彼女を「大好きなお母様」と呼んだ手紙が残っている。
子女たちが王族としての深い教養を身に着けられたのも、聡明な王妃が勉学環境に心を砕いた賜物だった。
「誠、良いものよ。」
「何がでございますか?」
「エドワードが其方を慕っておる。」
「有り難いと思っております。」
「其方は聡い。
愛妾たちとも、そつなく接しておる。」
「……後から参ったのは私でございます。」
「それよ! 其方のその心が良いのじゃ。」
「ありがとうございます。」
「王妃と王子らの仲が良い。
王妃と愛妾たちとの仲も問題ない。
これぞ、男のロマンよ。」
「……おとこ…の…ロマン…でございますか?」
「其方が分からぬとも良い。
余は満足じゃ。」
晩年のヘンリーは肥満体だった上、怪我が元でできた脚の腫瘍と酷い頭痛に苦しんで寝込むことが多く、激昂すると手の付けられない状態だった。
「バカなど言うでない!」
「陛下……如何なされました?」
「余が行うことをバカだと思っておるのであろう!」
「そのようなこと……誰も申しておりませんわ。」
「其方らの心の奥底が、余には手に取るように分かる。」
「陛下、どうか落ち着かれませ。」
「五月蠅いっ! 其方らは余の臣。
余に背かうことなど許さぬ!」
「陛下……陛下をイングランドの皆が慕っております。」
「キャサリン、それは誠か?
民が慕っておるのは、キャサリンではないのか?」
「私のことなど民が慕う訳がございません。」
「誠なのだな?」
「はい。」
「…………痛いのだ。キャサリン、余は頭が痛い。」
「陛下が御造り遊ばしました薬草畑の薬草で作ったお薬でございます。」
「薬草畑? そのようなもの……余が作ったのか?」
「お忘れでございますか?
陛下がお若い頃に御造り遊ばしました。」
「……そうであったか……。」
「陛下、お飲み遊ばしませ。」
「うむ。」
かつてキャサリン・オブ・アラゴンが王妃だった頃、最初の男子が生まれたが、僅か52日で逝ってしまった。
その時に⦅こっちではハーブが薬草なんだ。ハーブの畑を王室で作ろう。そして、新薬の開発をさせよう。幼い子の命を守るんだ。⦆と頭の中の誰かが言った通りに、ヘンリー8世は薬草畑を作り、新薬の開発に勤める場所も人員も確保した。
その薬をヘンリー8世は、今、飲んでいる。
王妃キャサリン・バーは、ヘンリーの看護を侍医に任せきりにせず自ら率先して熱心に行ったため、ヘンリーの信頼を獲得した。
1544年にヘンリーがフランス遠征をした3か月間、キャサリンは国王代理として摂政を任された。
それは万が一ヘンリーが落命した際には、エドワードが成人するまでの間、引き続き彼女が「摂政たるべし」とするほどのものだった。
薬草畑に関しては史実ではありません。




