王太子誕生
ジェーン・シーモアは1532年、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンの侍女として仕え始めたが、アン・ブーリンの侍女になった。
アン・ブーリンが野心家だった実家の意向を受けて王妃の座を求めたように、ジェーン・シーモアの兄弟もまた、妹のジェーンに同じ道を歩ませようと努力した。
そのためにアンと正反対で美女ではないが、物静かで金髪、色白のジェーンは格好の材料だった。
ジェーンはヘンリー8世に言い返したことがなく、アンと違いカトリックだった。
1536年、アンが2度目の流産をした翌月、ヘンリー8世はジェーンに対し高価なプレゼントをし、2人の兄を出世させたことで、王の好意が明らかになった。
ジェーンは贈り物を返した上、王と二人きりにならないよう警戒していた。
これはアンのやり方を真似て、兄弟たちが指導したという。
やがて王妃キャサリン・オブ・アラゴンが亡くなり、次の王妃を求めたヘンリー8世は、アンと別れた。
アンを王妃に迎えたくなかったからだ。
「陛下、ではアン・ブーリンとはお別れになられるのですね。」
「そうよ、あの女では浪費の限りを尽くす。
政に口を出す。
キャサリンとは違い愚かなのだ。
キャサリンは……余に助言をしてくれただけ……。
そうだ。キャサリンはアンのような野心はない。」
「陛下……。」
「今頃になって、キャサリンが大事だったと気付いた。」
「陛下。」
「遠ざけるのではなかった。」
「陛下。」
「傍に置いておくべきだった。
メアリーも……メアリー王女も余の傍で学ばせるべきだった。
……アン・ブーリンに終わりを告げてこよう。」
「王妃様には何方様をお迎えになられますのか?」
「ジェーン・シーモアだ。」
ヘンリー8世の頭の中で誰かが言う。
「たった一人を守れない男が王とはな!
はっ! 愚かな王だ。ヘンリー8世は……。」
「誰じゃ!……誰なのじゃ!」
気付くとヘンリー8世は汗をかいていた。
1536年、ヘンリー8世はジェーン・シーモアと婚約し、10日後に結婚した。
ロンドンに伝染病が流行していたこともあり、ジェーンの王妃としての戴冠式は行われていない。
ジェーンは母である王妃キャサリン・オブ・アラゴンを失ったメアリー王女に同情を感じ、王女として愛情を注ぐようにヘンリー8世に懇願した。
メアリー王女をアン・ブーリンはかつての愛人だったノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーに対して、メアリーを殺すつもりだと話していたこともある。
そして、毒殺未遂を証言する者まで出たほどだった。
優しい次の王妃ジェーン・シーモアとメアリー王女の関係は良好であった。
「メアリー、ジェーンと仲が良いようじゃな。」
「はい、父上様。お優しゅうて……母上を思い出します。」
「そうか、そうか。
メアリーをお継母様と其方は呼んでおると聞いた。」
「……はい………いけませんでした……でしょうか?」
「否、良いことぞ。」
「はい。」
「このままメアリーを母と呼ぶように……。」
「はい!」
⦅優しい王妃……余が望む王妃そのものぞ。
愛妾は多いが、誰でも王妃になれるという訳ではない。
ジェーンは王妃としても、余の愛を受ける女としても最良。⦆
1537年、王妃ジェーンの妊娠が発表され、ロンドンは歓喜に沸き立った。
ジェーンは男子であると確信、お腹の子が欲しがっていると言って、好物のウズラをフランスから輸入させた。
そして10月12日、難産の末にジェーンは待望の男子(後のエドワード6世)を出産する。
かつてヘンリー8世は庶子のヘンリー・フィッツロイが生まれると、この男児をただちにリッチモンド公爵に叙している。
ヘンリー8世の父ヘンリー7世が即位前にリッチモンド伯爵だったことからもわかるように、この叙爵は庶子に対するものとしては破格のもので、この子が正嫡でないことへの無念さがそこには見て取れる。
それほどに待ち望んだ男子が誕生したのである。
ヘンリー8世の喜びは大きかった。
「ジェーン! 良くぞ産んでくれた!
これで、王家は安泰!
王太子の誕生よ!」
「………陛下。」
「其方は身体を労われ、養生せよ。」
「はい。」
しかし難産で体力が回復しないジェーンは、洗礼式にも担架に乗せられたままで、その後も容体は悪化していき、10月24日深夜に息を引き取った。
産褥熱に感染したとも、洗礼式に出席したのが回復に悪かったともいわれている。
「ジェーン、何故……逝ってしまったのじゃ。
生まれたばかりの王子を残し、余を残して……。
ジェーン!」
ヘンリー8世は悲嘆にくれたが立ち直るしかなかった。
そして、王位が確かなものではないことを頭の中の何物かが伝えた。
「継承権の拡大も出来ないのか?
それでも国王か?」
「何を言う! 其方は誰ぞ!」
「王太子が一人生まれたことで安堵するバカか?」
「無礼者っ!」
「王太子一人では安泰ではないこと分かってるんだろう?」
「其方っ! 何者ぞ!」
「皆、ヘンリー8世の子どもじゃないか。
子に差をつけるのは子の福祉に良くない。」
「子の福祉? それは何ぞ?」
「…………………。」
「答えよ! どこへ行った? 答えよ!」
ヘンリー8世は頭の中の何物かが告げたことは事実だと分かっている。
そして、ヘンリー8世は王位継承権の変更を行った。
継承権第一位 国王と王妃の男子、継承権第二位 国王と王妃の女子、そして、継承権第三位に……庶子。
ヘンリー8世が継承権を変更したのには理由があった。
王子が一人であること、これから先に王子が多く生まれると限ったことではないこと、そして、生まれてくれた王子が兄のように弟のように夭逝するかもしれないこと。
ただ、愛妾だったメアリー・ブーリンの子は認知して居ないので含めていない。
認知していない愛妾の子らは数も分からないようになり、名も残らなかった。
アン・ブーリンが産んだ娘、エリザベスだけは王女にした。
アン・ブーリンは、エリザベスを王女とすることが最後の野心だったのだ。
それが別れる時の条件だった。
アン・ブーリンはヘンリー8世と別れた後、病死した。
残されたエリザベスの養育をヘンリー8世は約束したのだ。
メアリー・ブーリンとは違い、未婚だったからだ。
メアリー・ブーリンはヘンリー8世の寵愛を受けられなくなってから、結婚している。
メアリーが産んだ子らは結婚相手が養育した。
クロムウェルに次の王妃を探させた。
尚も王子の誕生をヘンリー8世は望んだからだ。




