宇宙塵
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、宇宙って今も膨張を続けているんだねえ。それもさらに加速を続けているらしいよ。
ハッブルの法則とか赤方偏移とかが根拠とのことだけど、僕にはなかなか信じられないなあ。自分が感知できる世界でない限り、それが本当に存在しているのかどうかの判断がつかない。
間接的な教えとか伝聞とか、いくらでもあるぶん、どれが自分にとって役立つ本物なのか判断するのは難しい。それでも話を聞いていて、遺伝子が興味をそそられてしまうのは、本能的に情報を得て生存競争に勝ちたいという、欲求から来ているのかな?
何かを得るためには、何かを費やさなければいけない。そのためにみんなに与えられている共通のリソースが、時間だ。
宇宙ができてから138億年、ときいたことがある。それと比べたらあっという間の時間かもだけど、費やすことによって得られるものもあるだろう。人より短く生きるもの、長く生きるものと、世にはたくさんあるしね。
ひとつ、僕が聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?
地球の歴史上、隕石がいろいろと影響をもたらしたと考えられる説は根強い。
地球そのものの形成、住まう生き物たちの趨勢、もたらされた物質などなど……まさに天命ともいえる大きなできごとだったろう。
そこまでの大きさのものはまれだけど、ずっと小さい隕石ならば現在でもかなり地球上へ落ちている。聞いた話だと、一年で万単位が地球に訪れているといるという説もあるようだ。海とか人の住まない様なへき地に落ちたりして、実際に探ることができていないものとかがけっこうあるとか。
しかし、それだけあれば人の住まう地域にも落ちるものがちらほらあったりする。父もまた隕石が落ちてきたところを目撃したと、熱心に話していたんだよ。
それは修学旅行の夜のことだったらしい。
学生の時分には消灯時間を過ぎて夜更かし、というのは半ばお約束だろうな。せっかく大勢でお泊りに来られるのだから、寝てしまうのはもったいない。
大人数かつ、目立たずにやることができるというとトランプが代表的なもので。大富豪をしていた父は勝者ではなく、かといって罰ゲーム対象者になるほどのどんけつでもなく。中途半端な順位だったために、生き残りのメンツが盛り上がっていく中、窓際でぼんやりと外を眺めていたのだとか。
その日はほぼ満月で、月を隠すものはなく、代わりに星々はその明かりに圧されて、あまり姿を見せていなかったらしい。
そこでにわかに、月の真下を右上から左斜め下へ滑っていった流れ星は、非常に目だった。
その流れ星は、以前に見たものたちと比べると長く光を放っていたという。瞬時に消えていくのが常であったそれはなかなか消えないどころか、父の見ている前でどんどんと明かりを増していったかと思うと。
にわかに輝きが消えたこと、窓の外の旅館の敷地内で大きい土柱が上がったこと、大富豪三連ちゃん確実と思われた子が革命で青ざめたことは、ほぼ同時に起こったとか。
旅館全体に響いたし、みんなが感じるくらいに強い揺れも伴った。父の部屋の面々もざわつき、ほかの部屋でも大小のさわぎ声が戸を閉めていても聞こえてくる。
巡回中の先生もそれを聞きとがめないはずがなく、すぐにそれぞれの部屋へ飛んできておさめにかかってきたそうだけどね。
その中でも、窓の外を見続けていた父は気づいている。
土柱があがって、再び地面に落ち込むまでの間、ざざっと降り落ちた砂利たち。
その細かい破片たちに混じって、流れ星の色を帯びていたことを。その粒たちが地面ならず塀や外の道路などにも届き、そのことごとくに深く小さい穴を開けていったことを。
ただの砂利じゃないぞ。そう感じながらも、先生たちに催促されて強制的に床へ入らされた父だったが、なかなか寝入ることはできずにいたらしい。ようやく寝たと思っても、起きた時には起床に設定されたときより、1時間半前という中途半端。
目覚めると尿意を覚えるのも、ままあること。やむなく寝巻のままで部屋から出てトイレへ向かうも、廊下の端から端まで従業員の姿をちらほらと見たらしいんだ。
みな一様にかがみこみ、手にしたピンセットのようなもので床をいじっている。
通りすぎるときに一瞥すると、床に開いた細かい穴たちをにピンセットの先を突っ込んでいたんだ。さらに天井を見ると、床の穴の真上にも同じように小さい穴が開いている。
昨晩にあがった土柱の砂利たち、それがまとった光たちのことを思い出してしまう。まさか旅館の屋根たちも貫くとは……とのんきして、他人面していられるのもトイレで小用を済ませるまでだった。
「お客様、失礼をいたします」
トイレから出るや、従業員のひとりがピンセット片手に仁王立ちしていた。
びびる父の腕をとるや、くるりとひねってよく見えていなかった裏側。そこのかすかに破れて血がにじんでいるところへ、ピンセットを近づける。父本人もこうされるまで気が付かなかった。
ピンセットが父の中へ突っ込まれることはない。
傷口の数ミリほど手前へ近づけると、腕の傷の中から磁石にすい付くように光る砂利の一部が飛び出て、くっついていったのだから。
ご迷惑をおかけしました、と足早に去っていく従業員は、何も事情を話してはくれなかった。しかし父のように、あのピンセットらしきものによる奇妙な処置を受けた子は、ほかにも何人かいたという。
そして父たちが泊まった数年後、かの旅館は大幅な改装を行ったとのこと。噂によると改装直前の旅館は、巨大な植物の根に絡まれたような奇妙な格好をしていたとか。
父はあの落ちる星と砂利たちのことを、思い返したという。