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第二話 一目惚れ

「お前さぁ。マジふざけんなよ。こっから激おもろ配信するところだったのによぉ?えぇ?どう責任取ってくれんだよ、なぁ?」


 現在、絶賛怒られ中だ。

 オレの目と鼻の先の距離に立つのは額当てを付けた金髪のお兄さん。青スジをバッキバキに立てながらメンチ切ってくる彼にオレはもうたじたじである。まじで鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔が近い。パーソナルスペースがバグってる。

 いや、しかしこれはオレにも非がある。知らなかったとはいえ、彼の所有物をバキョバキョに破壊してしまったのは事実。ここはまずは素直に謝って誠意を見せる他無い。


「『どばばば!』ヤバナイさんは…」

「『ズバババ!』マサナイだよぉ!」


 これはまた大変失礼な事をした。まさか名前を間違えてしまうなんて溝味噌どぶみそ一生の不覚である。ここはやはり素直に謝って誠意をおっぴろげるしかない。


「ほんと申し訳ないです!ここは…

「あぁ?謝って済むモンじゃねーだろうがコラ。小道具がねーんじゃ俺の『マサやんのズバっと!腹千切れTV』の配信が出来ねーだろうがよ!」

「あ、じゃあオレが土下座謝罪するとこを動画配信してもらって」

「バカやろ!それじゃ炎上系じゃねーか!んなこと出来るかぁ!」

「え?炎上系でメシ食ってるタイプじゃないんですか!?」

「失礼すぎんぞテメェ!」


 これまた実に大変失礼な事をした。まさかこのビジュアルで炎上系配信者じゃないなんて、人は見かけによらないものだなぁ。

 人は見かけで判断しちゃならないという、天国に行ったお婆ちゃんの言葉は正しかったのだ。


 しみじみ…


「なにシミジミしてんだ、おい。お前ナメてんだろ人のコト…?なぁ、えぇ?」

「人は見かけで判断していい…」


 お婆ちゃんは嘘つきでした。多分、地獄に落ちてると思う。絶賛、おもくそに胸ぐら掴まれてます。足が地面に付かないよぉ。


「ちょっと待ってくださいよぉ」

「…お前、胆力すげぇな。微塵もビビってねぇじゃねぇか」


 マサやんのなんとかTVさんに褒められた。嬉しい。些細なことに喜びを見出しなさいと言うのは地獄に落ちたお婆ちゃんの名言だ。

 しかし、これからどうしたものか。小道具の代わりにオレが動画配信に出演していいのならば100万回再生は固くないと思うんだけどなぁ。でも、やっぱりここは弁償かなぁ。看板だったら100倍ゴージャスなのを作れる自信はあるし、直すくらいならパパッと出来る。お金ではなく現物でどうにか許してくれないだろうか。

 どうにかこうにか彼の怒りを収めようと画策していたその時であった。


「え、ちょ、待て。アレって『よいしろがね』じゃね?」


 ?


 ついさっきまでオレに夢中になっていたマサナイさんが、何やら呟いたかと思うとパッと胸ぐらを掴んでいた手を離したのである。


「あでっ」


 あまりに急な事だった為、思わず尻餅を着いてしまった。お尻が痛い。

 一体どうしたというんだろう。マサナイさんは変わらず、オレの背後に夢中なご様子だ。

 カツカツ、とすぐ後ろに足音が響いている。なるほど。彼はこの足音の主に夢中らしい。尻餅を着いたまま後ろに体を反らせて、件の人物へと視線を向けた。

 瞬間、オレの全身に雷が走ったかの様な衝撃がやってきた。


「うわぁ…!」


 陳腐な物言いだが、一目惚れだったとしか言う他ない。オレは彼女と出会ってしまったのだ。


 腰まで伸びた引き込まれる様な銀髪は歩みに合わせて柔らかく揺れ、赤い宝石を思わせるくりっとした瞳は実にミステリアスで胸にキュンと来てしまう。

 薄く開かれた小さな口元から覗く2本の八重歯なんかは、もういっそ噛まれてしまいたいだなんて変態的思考を抱いてしまうものであった。

 日焼け知らずの白磁の肌も彼女の妖しい魅力に拍車をかけており、まるで西洋人形が人として命を得たかの様な錯覚を覚える程だ。

 そんなオレたちの視線を独り占めにしていた、麗しの彼女の名をポツリと呟いたのはマサナイさんだった。


「よ、『宵の銀』銀城ぎんじょう・シルヴィアハート・アリヨマだ…!

 探索士たちの中での最上級、伝説級探索士レジェンドシーカーの女!すげぇ初めて見たぜ…!」

「…すごい。吸血鬼のお姫様みたいだ」

「おいおいテメェ、ノスフェラトゥの化け物と一緒にすんじゃねぇよ」

「でも、ホントに綺麗だ…」

「それはそうだが…あの黒ブーツで踏んで欲しい…」


 オレとマサナイさんが呆けながら彼女、アリヨマさんに見惚れていると、銀の彼女はこちらを一瞥だけした。その顔は無表情だったが、凛とした振る舞いが女王様のような気品を感じさせた。

 そうして彼女はただ1人、ゆっくりとした足取りで下の階層へと歩みを進めていった。


 …

 ……

 ………


「いや、いいもん見れたぜ…」

「綺麗だ…。すっごい綺麗な人だった…」


 銀城ぎんじょう・シルヴィアハート・アリヨマ…。すごい。彼女を知らなかったこれまでと彼女を知った今現在で見える景色がまるで違う。

 これまでも十二分に人生を楽しんできた自負のあるオレであったが、彼女の存在を知った今は視界が大きく開けた様な気分だ。


「怒りもすっかり晴れちまったぜ…」


 すっかり落ち着きを取り戻したマサナイさんが胸に手を当てながら、まるで女神にでも出会ったかの様な穏やかな表情を浮かべている。なんかこのまま出家でもしそうな勢いだ。


「…ん!」

「ん?」


 涅槃にでも行きそうな表情のヤバナイさんがこちらに振り向き、オレに向かって右手のひらを見せてきた。

 おそらくだがオレに犬みを感じたのだろう。もしくは人を犬扱いしたい性癖の持ち主か。しかしてオレは甘んじて受け入れようと思う。これで彼の気持ちが晴れるならオレはお座りでもチンチンでもしてみせる所存である。ほら、右手を出してポンっと乗せて、


「わん!」

「ちげぇよ!ドッキリ看板の金、寄越せって言ってんの!」

「う、それはちょっと…。大変申し訳ないんですけど。あの、現物じゃダメですか?」

「現物ぅ?テメェ、そのバラバラの板ゴミ繋げて看板だなんて言い張るつもりじゃねーよなぁ?えぇ?」


 ナメた真似すんじゃねぇぞ、と眉を顰めてオレに睨みを効かせてくるマサナイさん。すっかり現世に戻ってきてしまったご様子だ。

 そんな彼を落ち着かせるとっておきの一言、もとい技術がオレにはあるから安心して欲しい。ていうかさっきから言おうとはしてたんだけどね?


「オレ、実は修復系スキル持ちなんですよ。だから安心して待っててください」

「…おぉ、なんだよ!そうだったのかよ!はやく言えよな、えーっと名前なんだっけお前」

じょく 溝味噌どぶみそです!よろしくお願いします!」

「…おぉ、なかなか苦労してんなお前も」


 自己紹介した途端、なんかよく分からんけど同情された。解せぬ。

 まぁ、いいや。ささっと直して仕事に戻らないとだ。


「…回帰しろ」

「おぉ…」


 オレの言葉を皮切りに、見る見る内にバラバラの板ゴミが元の形を取り戻していく。まるで動画を逆再生するみたいに砕けた木片同士がくっつき合って、ものの10秒もしないうちにホラ、元通り。


「おぉー!やるじゃねぇかドブミソ!」

「それほどでもあります」

「お前、なんかちょっと腹立つよな。ま、モノは直ったし許してやんよ。そいや、テメェこんなとこで何してたんだ?ゴミ拾い配信してんのか?センスねぇぞ?」


 オレの集めたゴミの山をチラ見して、アドバイスだと肩ポンしてきた。ちょっと腹立つ。

 仕方がないので、かくかくしかじかとオレのバイト内容や家庭の事情をツラツラと説明したわけだが、その結果…


「お、お前苦労してんなぁ…!」

「いや、割と普通じゃないですか…?」

「んなことねぇよ…!この俺を泣かせやがってよぉ!」


 まさかのマサナイ漢泣おとこなきだ。どうも情に熱いタイプのヤンキーだったらしい。

 しばらくズビズバと鼻水を啜ってた彼だったが、不意に「よしっ!」と自身の顔をパンと叩くと、何やら覚悟を決めた表情でこちらへと向き直った。目元が真っ赤だ。かなり涙腺が弱いらしい。


「うし!決めた!この『ズバババ!』マサナイ様がテメェの仕事手伝ってやるよ!」

「え?いや、ありがたいですけど職員じゃない人に手伝ってもらうのは…」

「かてー事言ってんなよドブミソ!オレのこれぁボランティアってやつだよ!たまには、こーいうことして好感度稼がねぇとなっ!」

「ヤ、ヤバナイさん!」

「マサナイだバカやろー!おらハサミ貸せ!」

「ありがとうございます!」

「おう!任せろやっ!…おわっ!うんこだ汚えっ!!!」

「あ、うんこの処理にはコツがありましてね!」


 こうしてオレとマサナイさんはその日、終業時刻まで仲良くお掃除をしたとかしなかったとか…。


 …

 ……

 ………


「ところでどんな動画撮る予定だったんですか?」

「あ?そんなん決まってんだろうが」

「あ、やっぱりドッキリ系の

「『装備:看板でダンジョン攻略してみた!』だよ!びっくらモンチーでこいつ見かけた時に俺、ピンときたんだわ。あ、これバズるわってな!そんでなけなしの金で即買いしたっつーわけ。………あ?どーした?変な顔してよ」

「…あ、いや、なんかゴミが目に染みて」


 世の中にはいろんな人がいるんだなぁ。どぶみそ。あ、回想終わりね。次から告白後に戻るよ。

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