第一話 時はほんのり遡り
一世一代の告白から時はほんのり遡る。
それは1週間前の話だ。オレが高校2年生になってすぐの出来事。
オレ、辱 溝味噌は今日も今日とて学校終わりにアルバイト先に直行していた。
学校から愛車を走らせて、向かうはビル群並ぶ都会のど真ん中。
おおよそ20分程気持ちよくチャリを走らせて見えて来たのは石造りのトンネルだ。
半球をさらに半分にした様な見た目のそれは、地面から伸びる様に生えており、ビルの群れから明らかに浮いた異質な存在だった。
オレが向かうのはそのトンネルの前面。入り口を囲む様にして併設されたドーム型の建物『ギルド』である。
ここが今日のオレのバイト先である『ゴブリン王のダンジョン』だ。
攻略難易度はC級。5段階評価で丁度真ん中の難しさらしい。どれくらい難しいかっていうのは言語化するのが難しい。ただ言える事はまだここでは死人は出ていないっていうことだ。
ここは、この地域周辺を拠点にする中級探索士たちがこぞって攻略にやってくる場所だ。
ダンジョンボスであるゴブリン王のドロップするアイテムが、なかなか優秀だという事で探索士界隈では人気のスポットなのである。
あ、ちなみに探索士って言うのはダンジョン探索を専門とした職業だ。
日本各地に存在するダンジョンを探索して、ダンジョンでしか獲れないアイテムを獲得するのが主なお仕事。だけれど、最近では動画配信などのエンタメ要素もかなり強くなって来ている。
かなり人気の職業で、新生ダンジョンや未発見階層、未討伐の魔物、レアドロップアイテム、まだ見ぬお宝などなど一攫千金の要素が強い為、腕に覚えのある人間や所持スキルに自身のある人間はこぞって探索士になりたがるのだ。あと、小学生のなりたい職業ランキング1位だったりもする。
「おはざーす!」
「おはよう。おお、キミか。今日はここでアルバイトかい?」
「そっす!おなしゃっす!」
「精が出るねぇ」
駐輪場に自転車を停め、学生鞄から取り出したカードケースを首に掛けて準備は完了。一般入場口横のスタッフ専用の入り口からお邪魔する。もちろん警備のおっちゃんに挨拶は欠かさない。こういうのはコミュニケーションが楽しく続けるコツなのである。
中に入ると更衣室でそそくさと着替え、軽く準備運動だ。体が資本、運動は大事!
時間はぴったり5分前。遅刻は厳禁である。こういうところが信頼関係に関わるのだ。オレだって気持ちよく仕事したい訳だしね。
少し急ぎ目に更衣室を後にして、スタッフ専用出入り口からギルドへと移動する。
道中、ギルドの社員さんに複数人出会ったので当然ここでも挨拶は欠かさない。しないよりはする方が断然良い。大事な事だ。
ガチャリと見慣れた扉を開けると、事務員の人が数人パソコンと向かい合っていた。
奥を覗けば、そこはギルド正面入り口だ。何人もの探索士たちが賑やかにしているのが目に入る。ふむ。今日はなかなか賑わってるかな。挨拶を交わしつつ、ギルドの受付に顔を出すと、そこには…
「お」
明るい茶髪、快活な笑顔、しっかり者の印象を覚える背の高いお姉さんと目があった。
彼女は顔見知り、もといこのダンジョンで受付嬢として働く女性、赤石 ミクトさんだ。
「おはっす!ミクトさん!今日はお願いします!」
「おはよう辱くん。キミも今日はここなんだ。よろしくね」
「おなしゃっす!ミクトさんがいると心強いです!」
ミクトさんはこのダンジョンで働く人の中で1番オレと年齢が近い。まぁ、近いと言っても彼女は新卒2年目との話なので22とか23歳くらいだと思われるが。
「あはは、辱くんは今日も元気だねぇ」
「元気が取り柄っすから!今日の人の入り具合どうですか?」
「そこそこだね。でも最近は配信者の類が増えたからねぇ。ちょっとガラ良くないのが来てるよ」
「なるほどー。ミクトさん美人さんですから気を付けないとですね」
「…おぉ、しれっと威力高いこと言うな辱くんは」
美人さんに美人さんと言うのはマズかっただろうか?どうもオレはケーハクって奴らしいから気を付けないとだな。
なんだか少しむず痒そうな顔をしたミクトさんがタブレットを取り出した。世間話もそこそこにして、今日のオレの配置について調べてくれているらしい。
「今日、辱くんは…うわ、ハズレだね。清掃だって」
タブレットをポチポチしていたミクトさんが嫌そうな顔をした。清掃か。まぁ、別に嫌では無いけれど。ダンジョン入場手当ても付くしむしろ嬉しかったりする。
「やたっ!近々、妹の誕生日プレゼント買わなきゃだったんでお金入り用だったんすよ!」
「健気だねぇ辱くんは。じゃ、妹さんの為にも頑張りたまえ!」
「あざす!頑張ります!」
仕事内容は日によって大きく異なる。基本的にはダンジョン入場者の年齢・許可証・持ち込み物・滞在予定日数の確認が主で、人手次第では食料品や携帯品の販売所のヘルプ、後は今日みたいにダンジョン内の清掃に回される事もある。
滅多に無いけど遭難者・要救助者の救助に向かう事も稀にあったりする。ダンジョンのレベルや階層深度にもよるけれど、遭難者の救助は臨時収入を得ることが出来るのでありがたい。まぁ、遭難した側からしたら死活問題なので口には出したりしないけど。
これで込み込み時給1,350円。なかなか悪くないと思う。
さぁて、今日も愛する家族の為にお仕事するぞう!パパっとブラシと水の入ったバケツにゴミ用ハサミ、ゴミ袋複数枚を手に持って一階層へと足を向ける。
…
……
………
「おぉ、やっぱ夕方は酷いね!」
菓子パンの袋や捨てられた使用済みアイテム、吐瀉吐瀉したやつとかトイレ我慢出来なかったぽいやつ!吐きそう!マスクあって良かった!
魔物の死骸というものは即座にダンジョンに吸収される。だが一方で魔物の糞尿、消化液、分泌毒や人の血液、排泄物、人の出したゴミはどういう訳か吸収までに1日から2日程度の時間が掛かるらしい。
そう言った場合、こうして管理者が存在する様な大型ダンジョンでは人を雇って清掃を行う必要があるのだ。理由は簡単。探索士からの評価に関わるからである。いくらドロップアイテムが良くても、それを獲得するのは人間だ。臭い汚いは嫌だと言うのは人の性。
しかも配信稼業が流行り出し、これが国内外にもウケが良いとの事で近頃は更に清掃業務に力を入れる必要が出来たという。まぁ、動画見ててウンチだらけだったら気分は激萎えである。こっちはカッコいい魔物討伐が見たいんだと。そりゃ掃除せぇやとはなる。
でも1日2日待てば吸収されるんだけどなぁ。まぁ、オレがどうこう言う事は無いんだけどさぁ〜。さ、つべこべ言わずにお掃除お掃除!
「ゴミゴミゴミゴミ〜♪自分のゴミくらい持って帰れ〜♪」
…
……
………
お掃除始めて1時間くらいだろうか。ようやく一階層の半分程を掃除し終えた。
そろそろ一回ゴミ捨てに戻ろうかと考えながら、どこぞの配信者が打ち捨てていったドッキリ大成功看板をベキベキに細かくしていた時の事だった。
「おい、テメェ!」
「今日も今日とてエンヤコラ〜♪」
「テメェだよおい!聞いてんのか!」
「明日も明日とてエンヤコラ〜♪」
「無視すんな!コラぁ!」
「あ、オレすか?おはよーござーす!」
「おう、おはよう!…じゃねぇんだよガキ!」
「あ、なかったですか!なんかありました?」
「なんか疲れるなお前…!チッ!まぁいい。俺ぁC級探索士の九鬼 マサナイ。『ズバババ!』マサナイっつったら巷じゃ、ちったぁ知れた名よ。聞いた事あんだろ?」
「無いっす!頑張ってください!」
「おう、頑張るぜ!…じゃ、ねんだよ!
テメェ、その小道具よぉ。俺が丁度使うところだったんだよ!何勝手にぶっ壊してんだコラぁ!」
それは実に申し訳ない事をしたのであった。