プロローグ 恋は盲目
ノスフェラトゥ
それは誰もが知る恐ろしき不死の怪物。
永久を生きる人外。
ダンジョン外で生息できる唯一の魔物。
人の理から外れた悍ましき怪人たちを指す呼び名だ。
彼らの姿形は様々で、その容姿は西洋のモンスターに似ているという。
一例を挙げるならばワーウルフ、ゾンビ、リッチ、レイス、デュラハン、吸血鬼などとB 級ホラー映画の常連は大体がノスフェラトゥを元に生み出されたとか。
彼ら、ノスフェラトゥには姿は違えど共通する事が二つある。
一つは皆一様に人間に害なす存在であり、その誰もが人智を超えた強大な力を持つ生物であると言う事。
もう一つは、彼らの命を使えばどんな願いも叶うという事だ。
まぁ、二つ目は迷信だけどね。
そもそも不死者の命をどうやって手に入れると言うんだ。
というかノスフェラトゥ自体、一般人がお目にかかる事はまず無い。
半ば都市伝説化しているのが現状。
じゃあ、どうしてこんな話題出したんだって?
いやさぁ、今ね?オレ、バイト先でさ。一目惚れした相手がいてね?
今、口説き文句考えてるんだけどね?ちょっと聞いてくれる?…んんっ!
「キミは吸血鬼みたいに美しい!」…どう?ケッコーいけてない?
いやもう一個あるからそっちも聞いてよ。…ごほんっ!
「ノスフェラトゥの様に人を惹きつけて止まない魅力がある…!」っどう?胸にキュンてこない?結構センスあると思わない?
え?全然ダメ?うっそだぁ。まさかそんな、え?ホントのホント?え、まじ?
い、いぃや騙されないね!オレはセンスある方だって!
ほらあれ!あのお茶のラベルの川柳、オレ3回も乗っけてもらった事あるし!
いや、それとこれとは別だって?
ふ、ふん!そんな事言って!オレが告白成功させるのがイヤなんでしょ!
いいやい!いいやい!聞いたオレがバカだったよ!
結局、最後に信じられるのは自分だけだい!オレはこの数日間、無い頭絞ってこの口説き文句を考えたオレ自身を信じるね!まぁ見ときなって!バシッと決めて、がちっと彼女作っちゃうからさ!そこでハンカチ咥えて悔し涙流してな!
おぉ、噂をすれば丁度、探索を終えたみたいだ!周りには誰もいないし今がチャンス!…へへっ!見とけよ〜?
「あ、あの!すいません!」
「…!誰、貴方?」
オレが気合を入れて声を掛けると、彼女はビクリと肩を跳ねさせながらこちらに振り向いた。
彼女の紅く輝く宝石の様な瞳が大きく見開かれている。
ちょっと声が大きかったかもしれない。反省だ。
目の前に立つ彼女、肩口で切り揃えられた眩い銀髪、お人形さんの様に整った目鼻立ち、ルビーの様に輝く瞳は吸い込まれそうな程に魅力的だ。それに口元の八重歯が彼女のキュートさをさらに引き立てている。
緊張で引き攣りそうになる口を必死で動かし、言葉を紡ぐ。
「オ、オレ、ここでバイトしてます辱 溝味噌って言います!」
「…そう。なかなか個性的なお名前ね。で、そんなお味噌くんが私に何の様かしら?」
おぉ!ツカミはなかなか悪くないんじゃないか?
個性的なネーミングを授けてくれた両親に感謝だ。
よし、お次は最高の口説き文句を…!
「オレは気付いているよ…!キミが持つ特別な魅力に…!」
「…っ?」
うおぉ!完全にオレの言葉を待ってるぞ。驚いているのか瞳孔がキュッと縦長に窄まってるし!
なら後は三日三晩考えに考えたあまーーーーい言葉でオレの虜にさせちゃうだけだね!
「きっ、キミのその紅い目、白磁の様に透明感のある肌、鋭くも美しい魅力的な八重歯!まるで吸血鬼だ!
それにオレの視線を独り占めにするその不思議な魅力!ノスフェラトゥの様だと言っても差し支えない!」
「…そう。私の正体を見抜いたわけ」
「オレはキミにもう夢中で!」
「逃すつもりはないと」
「つまり、えとっ!」
「なら、残念だけどここで死んでもらう他な
「大好きです!一目惚れでした!絶対幸せにします!オレと付き合ってくださぁいっ!!!!!!!」
…はえ?」
オレは最高の口説き文句と共に頭を下げて右手を握手を求めるように差し出した。
…
……
………?
しばらく待つが反応がない。まさかオレを放置して帰ったりしてないよね?
そんな事されたらオレ、ガチ泣きしちゃうかも。ダメだ。想像するだけで泣けてきた。こっそり肩で涙を拭い、確認のために恐る恐る頭を上げた。
すると目の前には幸運な事にオレの女神様は立っていた。よかったぁ。帰ってなかった…。でも返事が無い。手を取ってくれる様子が無い。
見ると彼女の透き通る様な頬が真っ赤に染まっている。ツンと尖った耳まで真っ赤っかだ。それに鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな表情でピクリともしない。
み、見たこと無い反応だぞ!
こ、これは成功か…!?成功なのか!?