灰の中の声
夜は長い。
葬儀の後の静けさは、花の香りが枯れる速度よりも遅く、部屋の中にいつまでも滞留している。玄関に置き忘れた黒い靴が、薄闇の中でこちらを見ているようだった。
私は机に腰をおろし、線香の煙を指で裂くようにして、ただ時をやり過ごす。煙は細い糸になって天井へ昇り、消える寸前で形を失う。その瞬間が、どうしてもあの人の息絶える間際と重なってしまう。
昼間の葬儀で、誰も泣かなかった。
泣けば、きっと死が現実になってしまうから。代わりに、皆が低い声で、ひとつひとつの思い出を指先で撫でるように語り合った。まるで壊れやすいガラス細工を扱うように。
窓の外、風が枯葉をさらってゆく音がする。
夜気は冷たく、耳の奥でその人の声を呼び覚ます。
「眠れない夜は、時計の音を数えればいい」
そんな言葉を思い出し、古い置き時計を探す。だが秒針の刻む音はもう、どこにもない。あの人が去った日、音も一緒に持って行ってしまったのだろう。
机の上に残された、封の切られていない手紙がひとつ。差出人は、もうこの世にいない。
指先で紙の感触を確かめるたび、開けるべきか、開けずにおくべきか、その間で迷い続ける。たぶん私は、永遠に決められないままだ。
窓辺に置いた白い花びらが、一枚、音もなく落ちた。
その静けさが、夜の深さをさらに増していく。