表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

灰の中の声

夜は長い。

 葬儀の後の静けさは、花の香りが枯れる速度よりも遅く、部屋の中にいつまでも滞留している。玄関に置き忘れた黒い靴が、薄闇の中でこちらを見ているようだった。


 私は机に腰をおろし、線香の煙を指で裂くようにして、ただ時をやり過ごす。煙は細い糸になって天井へ昇り、消える寸前で形を失う。その瞬間が、どうしてもあの人の息絶える間際と重なってしまう。


 昼間の葬儀で、誰も泣かなかった。

 泣けば、きっと死が現実になってしまうから。代わりに、皆が低い声で、ひとつひとつの思い出を指先で撫でるように語り合った。まるで壊れやすいガラス細工を扱うように。


 窓の外、風が枯葉をさらってゆく音がする。

 夜気は冷たく、耳の奥でその人の声を呼び覚ます。

 「眠れない夜は、時計の音を数えればいい」

 そんな言葉を思い出し、古い置き時計を探す。だが秒針の刻む音はもう、どこにもない。あの人が去った日、音も一緒に持って行ってしまったのだろう。


 机の上に残された、封の切られていない手紙がひとつ。差出人は、もうこの世にいない。

 指先で紙の感触を確かめるたび、開けるべきか、開けずにおくべきか、その間で迷い続ける。たぶん私は、永遠に決められないままだ。


 窓辺に置いた白い花びらが、一枚、音もなく落ちた。

 その静けさが、夜の深さをさらに増していく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ