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コマーシャル編2


「チョロシ君、こっちおいで」


 井上先輩のかわいらしい声が響いた。

 はっきり言って怖い。俺は、まず今井先輩の横に移動した。今井先輩は、よしよし、もしくはやれやれという感じで、体で俺を庇い、盾になってくれた。


「昼飯にしようよ。これも飲まなきゃな」


 そういえば、これは清涼飲料水のコマーシャルだから、飲むシーンも必要だろう。CMプランナーからの指示では、イメージだから、飲むシーンが絶対に必要なわけではないと言われている。それでも、飲んでるシーンゼロはないよな。

 俺は今一本飲んだばかりなのだが、もう一本位は飲める、と手を伸ばした。


 その手は里見先輩にガシッと掴まれた。


「何でしょうか」


「もう一本飲んだでしょ。後でね」


 はい、と答えて素直に引いた俺に、緒方先輩が笑いをかみ殺しながら、ピタサンドの包みを渡してくれる。さすがコマーシャルだけあって、お弁当の内容もおしゃれだ。

 ピタサンドを手に、少し離れた所に行って、一人で静かに食べた。今度はいつチョロシ君の呼び方を戻してくれるのだろうか。できれば今日中に終わらせて欲しい。

 だが、あの時の野口さんの笑顔は素晴らしかった。俺がチョロイのではなく、野口さんがすごいのではないだろうか。一瞬、今井先輩にそう聞いてみようかと思ったが、いらぬ飛び火は、恩を仇で返すことになるので辞めた。

 今井武先輩がチョロイ武とか呼ばれるのは、いたたまれない。井上先輩なら情け容赦なく言いそうだし、二人の関係にひびが入ったりしたら、とか考えたくもない。


 沈み込んでいた俺の目の前に、サンドイッチがぬっと出て来た。その手の先には里見先輩のむっつり顔。

 ひたすら低姿勢で、ありがたくいただいた。ピタサンド一個では、物足りないのだ。

 里見先輩はそのまま横に座り込むと、清涼飲料水を一本渡してくれた。


「飲んでいいんですか?」


「さっきのは冗談よ。飲み物が無いと、喉につかえるでしょ」


「ありがとうございます」


 そう言って一口飲んだら、気が緩んでへにゃっと笑ってしまった。

 里見先輩は俺を見て笑った。やっぱり変な顔をしていただろうか。でもいいのだ。笑ってくれたから。

 ようやく安心して、サンドイッチを食べ始めた。俺の好きな卵のサンドイッチとチキンサンドだ。チキンの方に苦手なトマトがあったので、どうしようかと躊躇ったら、里見先輩が自分のハムサンドイッチと交換してくれた。


 食べながら今井先輩たちの方を見ると、今井先輩と井上先輩が並んでサンドイッチを食べていた。何となくほっこりした雰囲気だ。

 これは、あれだな。今井先輩が井上先輩を包み込んでいるんだ。井上先輩がごつい骨で、それを優しく包み込む肉が今井先輩だ。逆に見えがちだが、絶対にそうだ。


 緒方先輩はというと、野口さんと並んでいる。美男美女の素敵シーンでばっちり決まっているけど、里見先輩との方が似合う。それに、ドラマの撮影現場の休憩時間のような、そっけなさが漂っている。


「あの二人の組み合わせは、なんとなく面白みがないですね」


「あら、わかったような事を言うわね。チョロシ君はそういうの全然わからないのかと思ってたわ」


「生意気な事を言ってごめんなさい」


 俺はすぐに白旗を上げた。せっかく少し機嫌が直って来たのだ。手ごわい井上先輩の前に、里見先輩を何とかしておきたい。

 すると里見先輩が頭をクシャっと撫でて、素直でよろしい、と言ってくれた。

 助かった。


 その時ザっと急に雨が降り始めた。あまりに突然で、びっくりしてしまったが、周囲は明るいので、通り雨のようだ。

 俺はシャツを脱いで里見先輩に被せ、木の下に座るみんなの元に向かって、一緒に駆け戻った。幸い雨は一瞬で止み、その後の撮影は無事に進んだ。

 


 後日の試写会に出席すると、驚くことに俺と里見先輩、俺と野口さんの二つのショットが、カップル編として編集されていた。

 それ以上に驚いたのは、全5本のドラマ仕立てのコマーシャルとして仕上がっていることだ。

 まず第一は全員で遊ぶ様子を撮ったベース編。それに清涼飲料水の宣伝が被ってくる。


 第二は緒方先輩と里見先輩のカップル編。これも素敵なカップルの姿に清涼飲料水の宣伝が被ってくる。


 ここまではいいのだ。

 第三は俺と、野口さんとのカップル編。

 緒方先輩と里見先輩を見て場所を移動する俺と、それを追って来る野口さん。このシーンを切ない片思いの男と、それを慰めようとする一人の少女。そして思わず彼女に見とれる男、という話に編集したようだ。

 音楽がそれらしく付けられ、間の取方がちゃっかりと編集され、いかにもそういう雰囲気に出来がっている。そして彼女に見とれる俺のあほ面も、ばっちりスローだ。勘弁して欲しい。


 第四は俺が怒られる編。

 俺と野口さんの二人を遠くから撮り、戻って来るところから始まる。怒る女性陣と男を庇う男性陣。俺以外の二人は、駄目な俺を庇うカッコいい男に写っている。

 そのままだけど。


 セリフは入っていないのに、やっていることで大体筋が分かる。俺は緒方先輩が渡してくれたピタパンを持って、すごすごと一人離れていく。まるで群れを追われた動物みたいだ。

 そして井上先輩が里見先輩にサンドイッチと飲み物を渡して、行け、というようなしぐさをしている。 その後が、今井先輩と井上先輩の仲良しツーショット。


 あの時、井上先輩が里見先輩をつついてくれたんだと、これで初めて知った。井上先輩も、怖いばかりではないのだ。


 第五は俺と里見先輩のカップル編。

 俺が一人でピタパンを食っている、寂しい絵から始まる。これは片思いの男に、実は彼女も好意があるのかも、という話として編集されている。

 こちらも俺の情けない笑い顔や、里見先輩のきれいな笑顔がうまく編集されていて、頑張れ片思い男子、という感じに仕上がっている。


 ちょっとドキッとしたのは雨のシーンだ。俺が大人っぽく映っている。里見先輩を雨から庇っていたせいかな。

 それにこのシーンだけ、俺のシャツを被った里見先輩が幼く見える。かわいいなあと思わずデレッとしてしまう。



「いい出来だと自負しているんだ。皆ありがとう」


 CMプランナーがそう言って、皆に感謝を伝え、放映日を教えてくれた。

 自分の顔がTVで流れるのは気恥ずかしい。しかも恋愛編に編集されるとは思ってもいなかったので、気恥ずかしいくらいでは済まない。メイクと髪形で、いつもとは少し雰囲気が違うのが救いだ。でも、他の四人を見たら、あれが俺な事はすぐにわかるだろう。気が重くなってしまう。


 第一と二をメインで流して、第三から第五は、時々挟み込むという話だったので、たまに流れるならいいかと自分を慰めていた。

 ところが放映を開始した後、徐々に俺の片思い編が受けはじめ、バズってしまった。

 その結果、メインの2つが7割だったのが、半々にまで増え、露出度アップすることになった。




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