コマーシャル
学校行事が無事に終わり、まずはホッとした。この先、体育祭や学園祭があり、そっちのほうがボリュームとしては大きいのだろうが、まずは一つちゃんと終わらせること。それが大事、と母によく言われる。
廊下には、遠足の記録として、教師宛に送られた写真が、ズラッと張り出されている。
国会議事堂コースには、議員と一緒の写真や、議事堂内部のあちこちで撮られた写真があった。いかにも官僚という感じの人たちに、囲まれたグループもある。青田刈りにも程があるが、誰か就職先が決まったのだろうか。
撮影所コースには、江戸体験で扮装している写真がたくさんあった。
頭にハチマキを巻いて、肩に木箱を担いだ大工姿と、刺子をした厚手の羽織と被り物の、火消しの姿がかっこいい。今度行ったらあれを着てみたい。
鎌倉コースはおしゃれなカフェで撮られた写真が多かった。クリームたっぷりのパンケーキが、おいしそうだ。
定番だけど、アジサイ寺や、大仏や、江ノ電の踏切の前で、笑いながら写り込んでいる。
どのコースも楽しそうで、皆の顔を眺めると、達成感がわき上がった。
人だかりがしている場所に行き当たり、掲示板を見ると、俺たちの波打ち際で撮った写真があった。それをスマホで撮っている者が数人いる。
欲しいと言っても、教師がデータを流すわけないからなあ。
ぼんやりと誰が目当てなんだろうと考えたが、男女同数ほどいるから均等に四分割と思うことにした。
写真の中の四人はとても無邪気な表情で楽しそうだった。軽く逆光なので陰影が出ていて、味がある。撮ってもらったときは、特に思わなかったが、少し拡大されて印刷されたそれは、かなりいい感じだった。
俺自身は半分以上影になっている。いいんだけどね。
その写真が元で、思いがけない事が起こったのは、2週間ほど後だった。
里見先輩が見せた写真が、事務所の営業に渡り、それが拡散したらしい。そしてなぜか清涼飲料水のコマーシャルの依頼が、飛び込んできた。
映画のちょい役で出ていることも、その時の様子も撮影のスタッフから伝わっていたようだ。
カメラ映り良し、滑舌良し、演技力有り、監督からも高評価を頂いている素人。その素人っぽさを前に出したコマーシャルが作りたいと言う。
俺はもちろん断るだろうと思っていた。ところが緒方先輩が乗り気になったのだ。
「へえ、面白そうだな。やるか」
それに対して、今井先輩は、おお、と一言。井上先輩は面白そうだとはしゃいでいる。里見先輩はめんどくさそうと、一人膨れていた。
「ヒロシ、お前は?」
「俺はお呼びじゃないですよ。一人だけ半分影になってたし」
緒方先輩が里見先輩に、どうなんだ、という視線を送った。
「五人全員よ。もう一人追加するかもとは言っていたけどね」
「どう思う。やるか?」
俺は脇役だろうけど、脇役も必要だよな。そうポジティブに考えてみたら、気が軽くなった。
そして話はトントンと進んでいった。
この四人は面白ければ、何でもやってみる派らしい。驚くくらいに腰が軽い。そうできるのは、能力が非常に高いからだろう。労せずに出来るからこそ、気軽に手を出せるのだ。
そして、あれこれ打ち合わせが行われ、知らない内に手配が整っていったようだ。
その間に、俺がしたことは特にない。決定事項をたまに聞かされただけだ。
そして撮影に入る前の打ち合わせが行われた。
俺達5人の他に、もう一人少女が加わる。彼女は野口ゆり、17歳。売り出し中のタレントで、グラビアアイドルとしてはかなり売れていると、スタッフから紹介された。それだと彼女を中心に構成するのかと思ったが、そうでもないらしい。
「気楽にね。一応のシナリオはあるけど、いつものようにしていてくれたらいいからね」
CMプランナーがにこやかに言った。
シナリオに目を通すと、草原で遊ぶ様子を撮るらしい。秋の放映予定のようで、衣装は少し厚着になっている。全員で一緒の様子と、二人で一組でのカップル編を取るらしい。
組み合わせは、緒方先輩と里見先輩、今井先輩と井上先輩、俺と野口さん。
納得できるような、できないような気分。唯一のプロを俺と組ませていいのだろうか。俺の力不足を補うのためか、引き立て役としての抜擢か。
そう思っていたら、里美先輩の事務所の営業が、声を上げた。
「この組み合わせですが、里見は田中君との組み合わせもいい感じになるんです。緒方君と組み合わせると大人っぽくなりますが、田中君とはすごく自然でいい顔してくれるんですよ」
俺としても、里見先輩との方が気楽なのでありがたい。だからその言葉に大きく頷いておいた。そんな俺を見る皆の目が生暖かい。
「まあ、当日に様子を見ましょうか。組み合わせもいくつか変えて撮ってみますから、決定ではありませんからね。では、衣装の打ち合わせに移りましょうか」
そこからは、いつもスタジオでやっている事と同じなので、気楽にのぞめた。スタイリング初心者の今井先輩にアドバイスが出来て、恩返しが少しできた気分になった。
撮影日当日は、俺達は衣装、メイクなどのスタイリングを終えると、広々とした草原に放置された。小物として自転車や、ボール、フリスビーなどが置かれている。フリスビーに興じる若者たちとか、ベタというかマジか。だからと言って、スマホを見詰めて一人に浸る若者たちでは、爽やかさはみじんも無いからな。
そんなことを斜めになって考えていた割に、フリスビーにはまって遊んでしまった。緒方先輩が器用に自転車に乗ったままフリスビーをキャッチするのが受けて、全員夢中で遊んでしまった。野口さんもすぐに打ち解けて、溶け込んでいる。こういうところがプロなのだろう。まるで以前からの仲良しのようだ。
休憩して木陰で休んだ時、緒方先輩がダンガリーシャツの胸元をはだけて、ハンカチで汗をぬぐうと、里見先輩がすかさずタオルを渡した。まるきり長年付き合っているカップルの様にしか見えない。ああ、やはり俺は野口さんとの絡みになるか、とあきらめ気分でそれを眺めた。
それにしても、緒方先輩色っぽいな。これは、このシーンがそのまま使われそうだ。俺はそっと邪魔にならなそうな場所に移動した。
すると、野口さんがその横に移動して来た。
「あの二人、魅力的ね。コマーシャルの一番の顔は彼らかしらね」
「お疲れ様です。野口さんさすがですね。すごく自然に溶け込んでいて、これがプロの力なのかって感心しました」
野口さんは清涼飲料水を俺に一本渡してから、自分の分のキャップを外してグッと飲み、空を向いてにっこりと笑った。ほおーっと声が漏れてしまった。魅力的な笑顔。
俺が彼女を見つめていると、なんだか強い視線を感じた。ふと見ると、里見先輩が睨んでいる。そして井上先輩も睨んでいる。
もしかしたらまたチョロシと呼ばれるのだろうか。
多分、そうだな。鏡は見ていないが、今の俺の顔はあほ全開のでれでれ顔のはずだ。後で、もしそこが写っていたら、消してもらおう。