楽しい遠足1
入学から一ヶ月が過ぎ、学校にも生徒会にも、なぜかたまに呼ばれるモデルのバイトにも、少し慣れ始めた頃、遠足の準備が始まった。
この高校では、遠足は6月の上旬に行われる。学年ごとに違う場所に行くのではなく、全学年混ぜての班分けをするそうだ。3学年で約600人。それを10人ずつ60の班に分ける。
行先は学校案1か所と、その他2か所を投票で選ぶ。
生徒からのリクエストに加え、OBOGからの案が集まり、票数が多い方から2か所が選ばれ、班ごとに行く先を決める事になる。
今年は『1.議員と過ごす国会議事堂』と、『2.映画撮影現場の一日体験』と、学校案の『3.鎌倉散策』に決まっている。
前の二つなど、遠足というより社会見学会という方がしっくりくるが、一般的な見学コースと違い、内部に入り込んで体験することが出来る。これもOBOGの伝手というか、お誘いがあるからこそできる体験なのだ。だから競争率は高く、くじ引きで1、2を決めて、外れた班が3になる。
その行き先に驚いた俺に緒方先輩は、某職業体験施設の高校生版だと思えばいいよと説明してくれた。すごいゴージャス版の職業体験施設だ。
毎年各業界からプランが送られてくるそうで、今回の3位は化粧品会社の研究室。化学系に進みたい者達と、女子人気が高かった。
4位は某大手メーカーのロボット開発現場潜入だと言う。工学系を志望する人数比率が低いため、票は伸び渋ったが、希望者たちの熱量は一番大きかった。
生徒会役員は別枠になるそうで、いつもの5人で班になっている。そして行先は3番の学校案、鎌倉散策だ。
くじ引きを生徒会主導で行うため、不正疑惑を起こさないためにも、外れを貰うことに決まっているらしい。先行して下見のために、1,2の現場訪問をするため、その方が好都合でもある。
その下見で、大勢の生徒が生徒会に執着する理由を、俺は思い知った。
『1.議員と過ごす国会議事堂』の下見に行ったのは、遠足の数日前の土曜日だった。俺たち5人は国会の見学受付で手続きを行った。すると、腰の低い感じの中年男性が迎えに来て、俺達を案内してくれた。
一通り国会内部の案内をしてくれた後、ある部屋に案内された。そこには、TVで時々見かける数人の閣僚の姿があった。
「やあ、久しぶりだね。去年に引き続き、また会えてうれしいよ」
そう言って、緒方先輩の肩を叩いたのは、何の大臣だったか。あまり意識してニュースを見ていない俺にはわからなかった。多分高校のOBなのだろう。
四人共、二回目の訪問なので、慣れた様子で話をしている。だが、俺には無理だ。だから静かに目立たないようにしていた。
ところが、一人の男性が、俺の方を向いて話し掛けて来た。
「君が噂の後輩かあ。君はどういうポジションについているの?」
俺が驚いて詰まっていると、緒方先輩が変わって答えてくれた。
「彼は田中ヒロシです。今、会計の仕事をしてもらっています」
「そうか、来年、再来年は君が生徒会長かな。また来年も会えると嬉しいな」
冗談ではない。俺は引き攣った微笑みを浮かべる事しかできなかった。
ところが井上先輩が、そろそろ来年の生徒会メンバーを、見繕わないといけないわね、と言い出した。
「能力と人間性で、バランスが取れた人選をしないといけないからね。ヒロシも気にかけておいてよ」
そんなことを言う井上先輩に、国会議員の議員さんたちと秘書らしき人達が、真顔で頷いている。
「それが難しいんだよなあ。その年で、もうそれがわかっている井上さんは凄いね。バイトでいいから、秘書に入らない?」
ちゃっかり勧誘をしてくる。
「ありがとうございます。まずは大学に入らないといけないから、バイトは後日考えます」
うわ~。断らないんだ。
「どこに進むの? 東大?」
「そうですね。第一希望は」
うわ~、やっぱり。と思っていたら、急にこっちに話が振られた。
「ヒロシも東大だよ。大学に入ったら起業するからね。学部は応相談ね」
言い方が、決定事項の通達だった。まさか井上先輩の口から、しかもこんなに早く言われるとは思っていなかったので、のけぞった。
緒方先輩は苦笑していたが、政治家の方々からは非常に好評だったようだ。
「豪快さと見た目のかわいらしさのギャップがいいねえ。ぜひバイト考えておいてね。秘書から連絡させるよ」
後は何を話したか覚えていない。せっかくだから、井上先輩の言葉も忘れる事にした。
次の日曜日は『2.映画撮影現場の一日体験』の下見だった。
こちらは前日とはガラッと違って、だだっ広い撮影所を歩き回った。色々なセットがあったが、江戸の街並は楽しかった。ところどころに着物姿の役者さんたちが居て、寿司や団子、ソバなどの軽食が売られている。いかにも江戸時代という雰囲気だ。
江戸体験が、コースに含まれるので、俺達も変装させてもらった。
男三人は袴姿になったが、なぜか見え方が違う気がする。
緒方先輩と今井先輩は、いかにも武家に見える。俺は、浪人かな。こんなに格の違いがはっきり出るなんて、とがっくりしてしまった。
女性二人はきれいな小袖に着替えて出て来た。裕福な商家のお嬢様という感じだ。
次に、小物を選ぶのだが、先輩二人は剣を二本腰に差すとばっちり決まった。
俺が剣を選んでいると、女性二人が寄ってきた。
「ヒロシは町人の方が似合いそうだから、袴脱いだら? 着流しがいいよ」
素直に袴を脱いで、着流しで腰に扇子を挟んだら落着いた。人間無理をしてはいけない。これに前掛けと帳面を持つと商家の手代風になった。
井上先輩と今井先輩が並ぶとカップルに見えた。そう思ってみると、そうとしか見えなくなるものだ。
俺と里見先輩が並ぶと、お嬢様と御付だった。
その姿は、記念写真にしっかりと残された。
着替えて出たところで、里見先輩の顔見知りらしき映画のスタッフに出くわし、それからある撮影現場に誘導された。モブ役で出てもらえないかと、里見先輩が頼み込まれたようだった。
監督らしき人は、俺達五人をざっと見て、全員出てもらおうかと言い出した。
「難しい事は無いよ。ちょっと人数を増やしたいんだ。一緒に歩いてもらうだけで、メイクもいらないし、そのままでいいから」
聞いてみると、大したことはなさそうだった。皆もそう思ったようで、じゃあという事になった。白衣を手渡され、それを羽織ると、ボードを1枚渡された。
「はい、五人は一番後ろの端に、まとまって立ってね。前に続いて歩いて。行くよ」
よくわからないまま、俺は歩いた。他の四人が真顔をしているので、俺もそれに習って、真面目な顔をしておいた。このシーンは一発でOKが出て、俺たちは解放された。
「面白かったね。院長の総回診シーン。放映が楽しみだなあ」
俺は全くわかっていなかったので驚いたが、絶対見に行こうと思ったのだ。ところが、すぐに最初のスタッフから里見先輩に電話があり、呼び戻された。
「これね、見てくれる? 君達が目立っていて、ただのモブに出来なそうなんだよ。このままちょい役で出る気ない?」
カメラを通してみると、一番後ろにまとまった四人が、すごくオーラを放っていた。確かに、モブには見えない。そしてその場でセリフとシーンが新しく追加された。
俺達五人は、大学からの研修スタッフという設定になり、回診後に人気のないスタッフルームで、この病院は無しだな、と話すシーンが撮られた。
いつものメンバーだけなこともあり、生徒会で話をするのと同じ感覚でやれた。内容も気軽な雑談風だったので、これも一発OKだった。俺はそう思っていたが、スタッフたちはあまりに堂に入っていると、驚いていた。
いつの間にか俺は四人に慣れ、感覚がずれ始めているのに気付いた。