生徒会での日々1
俺はお勧めのA定食にしてみた。言われた通り、メインも小鉢もボリュームがある。ちょっと高いので、お金がある時だけだな、と思いながら、高校に入ったらバイトで小遣い稼ぎしようと思っていたのも思い出した。
生徒会役員に給料出ないかな、と思わずにいられない。誰かそう言った提案しないのかね。だって、結構な重労働だぜ。
そんなことを考えていた俺は、腹黒女子に名前を呼ばれ、びっくりして彼女の方を振り向いた。そしてすごくストレートに疑問をぶつけていた。
「え、俺の名前、何で知っているんですか?」
「それは知ってるわよ。あなたはあの緒方会長が、ずっと待っていた男って言われているのよ。彼は生徒会の運営を、四人のメンバーだけで回していて、追加要員をとっていないの。私も立候補した大勢の内の一人なのだけど、誰も取る予定はないと、全員門前払いされたわ。来年になったら仲間が一人入って来るから、それで間に合うって」
「去年の内から、そんな話が出ていたってことですか。入学できるかもわからないのに?」
「絶対大丈夫だってことでしょ。すごく優秀なんだね、ヒロシ君って。それに、あの謎多き緒方君が、そんなに執着するってすごいわ。あなたにもすごく興味があるわ」
呆然とした。昨日の話を聞いて腹黒女子なんて呼んでいたが、考えていたより本物な気がする。生徒会に執着してるのか、緒方先輩に執着しているのか。正直、気持ち悪い。少し牽制しようと思って真面目に言った。
「中学の生徒会でご一緒しただけですから、そんなに親しいわけではありませんよ」
食べていたカレーのスプーンを置いて、こっちを見た腹黒女子が、俺の後方に視線を移した。視線の先を辿ると、井上先輩のかわいい顔と里見先輩の怖い顔があった。
「チョロシ君、探していたのよ。この後生徒会室に来て欲しいのだけど。いいかな」
井上先輩はにこやかに言ったが、目の色は怖い。そして横に座っている腹黒女子をチラっと横目で見て、しっかり無視した。
「はい、急いで食べて、すぐ向かいます」
俺は焦った。すでにチョロシと呼ばれている。やばい。
「しょうがないわね。待っていてあげる。早く食べてね」
そう言って、反対隣に座り込んだ。里見先輩は、俺の前に座って睨み続けている。
「小山さんは、この子に何の用なの」
里見先輩が声を掛けた。小山というのか。そう言えば俺は彼女の名前すら知らないのだった。
「偶然、食堂前で会ったのよ。ヒロシ君が入学と同時に生徒会入りしたのって、すごいなって話をしていた所」
「そうねえ。以前も一緒にやっていたから、やりやすいのよ」
「あまり親しくないって言ってたけど、皆さんの仲間って感じよね」
「そういうわけでもないわ。二コ年下だしね」
「そう? 私の生徒会入りを断った理由の一つじゃなかった? 思い違いかしら」
「そうね。そんなこと言った覚えないわね」
三人共にこやかに笑いながら話しているが、なんだか刃が行き交うようなひんやり感が漂う。間に挟まれて食べる飯は、喉につまりそうだ。俺は最後の一口をお茶で流し込んで、椅子を後ろに引いて立ち上がった。
「お待たせしました。行きましょう」
食器を返却して、二人の後に従う。その俺の腕を引っ張りながら井上先輩が言った。
「チョロシ君。現行犯逮捕」
俺は生徒会室に連行されて行った。
ドアを開くと、二人が弁当を食べていた。何の用事にしろ、遅すぎるわけではなさそうで、一安心した。
「どうした? なにかあったのか?」
今井先輩が驚いて立ち上がった。怖くて見ないようにしていが、里見先輩と井上先輩の怒りはひしひしと感じている。多分怖い顔しているのだろう。
「チョロシ君が、食堂で小山と並んで食事してるとこに出くわしたの。驚いた」
「昨日の今日で、もうそれか。本当にチョロシだな」
今井先輩は、こっち来いよ、と言って俺の手を引っ張った。もしかしたら、いや多分、怒っている女子2人から保護してくれたのだと思う。
飯は済ませたか、と聞いた後、まあ落ち着けと言って、腰軽くお茶を入れてくれた。三人分だ。この先輩は凄く男っぽい見た目をしているが、非常に面倒見が良く、気が利く。
俺は熱い茶をすすりながら、心の中で今井先輩を拝んだ。隣にいると落ち着く。
緒方先輩が、里見先輩たち二人に、大きなチョコレートクッキーを一枚ずつ渡した。
「二つしかないから、女子だけな」
クッキーを食べている内に、二人の様子が和らいだ。緒方先輩ナイスフォローです。
「ヒロシ、手伝って欲しい事があるんだ。一緒に来てくれ」
緒方先輩に言われて、後について生徒会室から出た。
「悪かったな。俺たちが迂闊な事を言ったせいだな。今日お前に説明するつもりだったのだけど、この学校の生徒会は特殊なんだよ。歴代の先輩たちのコネで、大学や企業との連携を持っていて、出来ることの範囲が、まあ、普通に考える倍はあると思ってくれ。だから入りたい奴はたくさんいる」
倍と言われても、どういうものかピンとこないが、小山さんが重い感じだった理由の一つはそれか、と思った。だが、それだけかなとも思う。緒方先輩への恋心の方が大きいのではないかと思う。妙に緒方先輩にこだわっていたし。先輩たち四人は、皆非常に魅力的だ。それを目当てに、近付きたい人も多いはず。
「あの、それだけですか。恋愛感情で皆さんに近付きたい人は多いと思います」
「それはなあ、有るけど、うれしくない」
俺は今まで見ていて、この四人の間に恋愛関係が無い事を知っている。それならば、と思う人がいても全然おかしくない。
今までは、決して触れなかったエリアに、一歩踏み込んでみることにした。
「先輩たちには恋人とかはいないんですか」
怖かったので、目を瞑って、一気に言い切った。
緒方先輩が、ニヤッとした。あ、なんか、まずかったようだ。
「お前、里見と井上のどっちかにアプローチするか?」
「いえいえ、まさかです。恐れ多いです」
「内緒だが、今井と井上は付き合っているんだ。言うなよ、俺が教えた事」
ええ~。全然気付かなかった。それは確かにお似合いだ。男っぽいけど細やかな今井先輩と、可愛いけど実は豪胆な井上先輩。凹凸ぴったりって感じ。
「それでは、緒方先輩と里見先輩もカップルですか?」
「馬鹿だなあ。どこを見たらそう見えるんだよ。そんな風に見えた事あるか?」
「だって、今井先輩たちの事も全くわかりませんでした。でも言われてみればお似合いです。緒方先輩と里見先輩もそうですよ」
緒方先輩はケラケラ笑った。
「里見は幼馴染だよ。小さい時から知っている。男に構われすぎたせいで、男嫌いになっているんだ。あいつがお前をすんなり受け入れた時は驚いたよ」
ああ、あの中学一年の時、緒方先輩が驚いていたのは、それか。俺は納得した。