今に至るまでの経緯3
この学校は、俺が思っていたより、生徒会の権限が大きいようだ。
生徒会かあ。高校ではそれより、女子がいるクラブに入って、ガールフレンドをつくりたいな。今までの自分からの脱却だ。
そう思ったのに、壇上から降りた緒方先輩が、通路側に座る俺の肩に手を置いて言った。
「クラスのオリエンテーションが終わったら、真直ぐ生徒会室に来いよ。待ってるからね」
そっと首を回すと、こちらを興味津々で注視する目がサッと逸らされていった。やっぱり、ここでも捕まるか。そうだよな。
ガールフレンドと一緒に下校する、楽しい高校生活が遠のきそうな予感。
母は、あんたがあんなしっかりした人達と仲が良いなんて、と驚きながらも喜んで帰って行った。
案の定、クラスでも中学と同じように、なんとなく距離を置かれる状態になってしまった。既に同じ中学から来た奴らが、ある事無い事言いふらしているようだ。校門の所と、入学式で、結構目立ってしまったので、それも仕方が無い。
俺はクラスを見回してから心の中で、好みの女子がいないからいいんだもん、と強がりを言ってみた。
オリエンテーション後、とぼとぼと中庭を突っ切って、生徒会室に向かった。その途中、足元に球根が転がって来た。周囲を見回すと、女子生徒が一人、花壇の前でせっせと作業をしている。
「球根が転がってますよ」
そう言って、彼女に球根を手渡そうとした。振り返った女性の大きく瞠った目と、頬に飛んでいる泥に目を奪われ、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。美人なのに飾らないその無造作さにキュンとする。
「ありがとう。新入生かしら」
「はい。1年C組です」
「私、園芸部の部員なんだ。興味があったら、部活の見学に来てね」
「はい。入部します」
「え、本当? 一度見に来た方がいいよ。それから体験入部の流れね」
「はい。そうします」
俺は元気よく答えた。
生徒会室のドアの前まで、ふわふわとした気分で歩き、ドアの前で一旦息を整えてからドアをノックした。
「いらっしゃい。なんだか浮かれているわね。何かいいことあった」
俺は全然浮かれている気はなかったので、言われて驚いた。それで、先ほどの事と、園芸部に入ろうと思っている事を告げた。すると、一気に雰囲気が変わった。
「ヒロシ、あんたいきなりアレに捕まるなんて。もっと早くから教育しておけばよかった。アレは手を出してはいけない代物よ。接近を禁止します」
里見先輩は、一体何を言っているのだろう。
あの可憐な女性をアレ呼ばわりとは。
最初は憤慨したが、おかげで舞い上がっていた俺の頭が、少し冷静さを取り戻した。この人達はいい加減な事は言わない。
「どういうことですか」
「彼女は生徒会の役員に立候補してきたんだ。去年も今年もね。断ったが、異様に粘られたのと、俺たちの情報に妙に詳しいのが嫌な感じで、要注意人物リストに入れている。お前に声を掛けたのがどういう意図にせよ、偶然じゃないと思うよ。お前を足がかりにして、入り込もうとしているのかもしれないな」
緒方先輩が淡々と言う。
……肉食系、腹黒女子……。俺のときめきを返せ。
がっくりと肩を落とす俺を里見先輩と井上先輩が慰めてくれた。
よしよし、免疫無いもんね、これから勉強しようね、と言う言葉は、半分おちょくられているのだろう。と、思ったら、実はご立腹のようだ。
井上先輩は俺のジャケットの両襟を掴んで、ぐいっと引っ張った。目の前の可愛い顔の真ん中で、唇がとんがっている。
「こんなに簡単に騙されるなんて、姉代わりとして心配になっちゃう。名前をチョロシに変えちゃうよ」
肩をムンッと掴まれ、強引に方向転換させられると、次は里見先輩がからんできた。
「ここ三年弱、私たちと付き合って来たでしょ。二級品の毒花や、フェイクやジャンクくらい見分けられると思ってた。ヒロシ、これから特訓だからね」
美しい顔の中で、目と眉の具合が怖い。
俺は緒方先輩と、今井先輩に救いを求めたが、目を逸らされてしまった。
「ユキのお許しが出るまで、部活は無しな。生徒会の会計に任命するから、まずはその仕事に慣れろ。それまでは、他のことに割く余裕はないだろう」
会計。そういう細やかな作業は、全く向いていない気がする。
断ろうと口を開く前に、宣言された。
「お前に拒否権は無い。明日から毎日、ここに来い」
この人に付いてきたのは正しかったのだろうかと、本気の疑問が湧き上がった。そしてポツリと、口から言葉が溢れた。
「彼女と一緒に下校する夢が……」
すごく小声だったのに、里見先輩は聞き逃さなかった。
「私、一緒に帰ってあげる。方向一緒だし」
俺は嬉しそうに言う里見先輩を見て、気付かれないよう小さく溜息を付いた。
里見先輩は美人だ。ちょっとかわいいとか、雰囲気美人などとは、レベルが違う。
こういうのは、うちの母親愛読誌の巻頭グラビアを飾る、絶対買えない金額のジュエリーみたいなもんだ。
わあー素敵、眼福ですと拝む対象なのだ。実物が目の前にある分、おいしそうだけど食べられない、食玩のほうが近いかもしれない。
はなから買う気も、食べる気もないところは同じ。つまりそういう存在だ。
井上先輩が、背中を叩いた。
「何しょぼくれてるの。志高く、希望を持っていれば、願いは叶うものよ。頑張ろう」
......そうかも。
まだ入学初日。今日のあれは忘れて、明日に希望を繋ごう。
次の日、クラスの委員決めが行われた。その時の先生の一言で、また俺とクラスメイト達との気持ちの隔たりが広がった気がする。
「田中ヒロシは生徒会の会計に決まっているんだったな。クラスの役員は難しいだろう。彼は除外だね」
教室内がザワッとした。あまりの手回しの良さに、中学1年の時の事を、俺は思い出した。その流れで、まさか大学まで指定されないだろうな、と思いつき、ゾッとした。
「俺達東大に行くから、お前も来い。大丈夫、手配しておくから」
幻聴が聞こえた。むちゃくちゃリアル。しかもありそう。俺は1年のうちに志望校を決める事を、自分に誓った。
さて、どこの大学の何科に進むのだろうな、と思いをはせる。駄目だ、何も浮かばない。
すでに役が決まっている俺は、そのままぼんやりと、役員が決まっていくのを眺めていた。
そんな俺を見て、余裕だなあとか、さすがとか言ってる奴、よければ代わってあげるわよ、とオネエ言葉が脳内に湧く。腐ってやがる、俺。
授業が終り、やっと昼休みになった。初日の今日は食堂を試そうと思っていたので、いそいそと向かう。これが楽しみだったのだ。この学校には購買と食堂がある。ついでに購買のラインナップもチェックしよう。
食堂の前に着くと、バッタリ昨日の腹黒女子と出くわした。もしかしたら待っていたのだろうか。俺は軽く頭を下げて通り過ぎようとした。
「わあ、偶然ね。食堂に行くの?」
「あ、はい。学食って憧れていたので」
「そう。何にする? ここのAランチは結構ボリュームあるのよ。それとカレーはチキンカツカレーの方がお得なんだ。あまり値段が変わらなくてね……」
横に並んですごく自然に話しかけてくるので、断る方が不自然だった。そのため、何となく、はいとか、そうですね等と言っている内に、隣り合わせに座ることになってしまった。