今に至るまでの経緯2
成績が上がると、周囲の目が急激に変わっていった。特に以前を知らない1年生など、畏敬の目で見る者までいる。
そして三年になった時、これで役員を降りられると思ったのに、既に申し送りが完了していた。どういうシステムなんだ?!
そしてその頃から、影の生徒会長というあだ名が俺に付けられ、生徒の間に浸透していった。
成績優秀で、友人を作らず孤高を貫く男。
二年年上のカリスマ生徒会長と親交があり、現生徒会でVIP待遇が敷かれている男。そんな奴がアンタッチャブルな存在とされるのは、当たり前だった。
実際にも、表の(表しかない)委員たちが、俺に意見を聞くことも多くなった。一年生から関わっているせいで、色々と詳しくなっており、アドバイス出来ることが多いのは確かだった。
そういう感じなら、友達一杯、女子にももてて、リア充だったよね、と思うでしょ。
ところが違うんだ。
以前とは様子が違うが、なんとなく距離を置かれて、結局友達はいなかった。
生徒会のメンバーとは仕事上での付き合いがあって、知人は増えた。だけど、女子には全くもてなかった。
やはり見た目だろうか。身長は中3の終わりで、170センチまで伸びたが、ヒョロっとしてバランスが取れていない。カカシっぽい。
そして顔は濃い。サラッとして爽やかな好青年が憧れなのに、目鼻クッキリ、眉シッカリのタイプ。以前上映されたローマのフロ映画に、現地人側エキストラで出られそうだ。
それに、とてもじゃないが、自分からホイホイと、女子に声を掛けるような根性はない。
諦めきっている俺を、どんどん美しくなっていく里見先輩が、いつも慰めてくれていた。
「まだいいのよ。あなたはこれから。高校に来たら、私が指導してあげる」
嬉しいけど、何する気なんですか。
学校が変わっても、なぜか呼び出されて、元生徒会メンバーとは一緒に遊んだ。カラオケに行ったり、海や川や山やボウリング、それにバスケットにはよく誘われた。
2つ年上の先輩達に混じってプレイすると、俺は軽く弾き飛ばされる。ひょろひょろだから仕方ないけど、上品な見た目の割に、皆ラフプレーが多いんだ。女子もね。
そんな風に、忙しく二年が過ぎ、俺は無事に先輩たちと同じ高校に合格した。
俺は勿論嬉しかったが、去年と今年の生徒会役員のほうがもっと喜んだ。卒業生もやってきて、「ヒロシ君プロジェクト打ち上げパーティー」を開いたもんな。
一体緒方先輩から、どんな風に依頼されたんだろう。聞くのが怖くて、それまで誰にも聞いていなかった。
「なあ、緒方先輩ってさ、どんなふうに頼んだんだ。教えてくれよ」
一番仲が良く、一番口が軽そうな同級生に振ってみると、少し思い出そうとするようにこめかみに手を当てた。
「俺、直接は聞いていないよ。だけど先輩から、絶対にクリアしないとやばいミッションだって言われた。すごい真剣な顔してたな。だからさ、わからないけど、これはやらないといけないって思ってた」
「やばいってなんだよ。緒方先輩がやばい人みたいじゃないの。そういうこと?」
「おい、怖い事言うなよ。今の無しな」
そいつはそそくさと離れて行ってしまった。
少し強引なところがあるけど、俺にとっては、緒方先輩は良い先輩だ。何かの黒幕みたいな言われようは、ちょっと嫌だった。
合格を緒方先輩にラインで報告すると、よくやった、と言ってくれた。
「お祝いは入学してからな。入学前に一度会おうか。ユキが、お前をいじりたくてうずうずしているからな。制服が届いたら、それ持って来いよ」
約束の日に、指定の場所に出かけたら、俺の高校デビュー準備が用意されていた。
「まずは髪型ね。それから眉カット、私に任せて」
里見先輩はモデルのバイトをしていて、ヘアスタイリストさんからカットテクニックを教わったので、それを試したくて仕方がないと言う。
え、俺、いけにえなの?
そう思ってビビったが、里見先輩のカットの腕はまともだった。仕上がったヘアスタイルがおしゃれっぽい。いつもの床屋でしてもらっている髪形と、ずいぶんと印象が違う。
眉をすっきりと整えると、一気にあか抜けた。濃い顔が濃い目のイケてる顔に変わったような気がする。
「ほら、いいじゃない。ヒロシ、いけてるよ。じゃあ次はピアス穴ね」
そんな調子で、俺の高校デビュー準備はさくさくと進み、ワイシャツの着くずし方やら、ネクタイの各種結び方、ジャケットを体になじませる方法、などなどを実習させられた。
めちゃくちゃ疲れた。でもおかげで、これなら女子との縁もあるかも、と思える程度に、俺は一皮剥けていた。そして心を躍らせて入学の日を待った。その楽しい気分のせいか、一か月ほどで、俺の身長は二センチも伸びたのだ。
そして、うれしい高校の入学式、母と二人で校門をくぐった俺は、すぐさま一歩引いた。
門から少し先の右側に、いつもの四人が並んでいる。オーラの総量がすごいので、新入生と親達は、全員がそちらに目を向け、会釈をして進んでいる。
これは生徒会による歓迎サービスなのだろうか。先輩たちは中学時代と同じように、四人で生徒会を牛耳っているそうだ。ちょっとぎこちなくだが、俺も今日は一新入生として、他人行儀な笑顔を浮かべて会釈した。
すると四人が爆笑した。
「何、そのすました顔。あなたを出迎えようと待ってたのに、そのまま行く気?」
里見先輩がタタッと寄って来て、目の前に立った。横で母が目を丸くしているのが感じ取れた。俺のジャケットの裾を引っ張って、誰、と小声で聞く。
「はじめまして。同じ中学出身の里見です。生徒会でご一緒していました」
「あ、どうも、息子がお世話になりました。高校でもよろしくお願いします」
そう挨拶する母に、里見先輩は、もちろんです、と明るく答えた。
他の三人も寄ってきたので、今度は俺と母まで注目される。
先に音を上げたのは母で、受付するから先に行くね、と言い置いて立ち去った。
「今日からまた一緒だな。楽しみだよ」
制服姿の緒方先輩は、普段よりストイックな雰囲気だ。相変わらず細身だが、裸体はバキバキなのを知っている。そう思ってみると、なんだかいかがわしく感じるのは、俺が変なのだろうか。
いや、これが制服の魔力というものだろう。
井上先輩が、俺のジャケットの袖口からシャツを引っ張り、数カ所を整え直してくれた。
「緒方くんを熱い目で見ちゃって。ヒロシってそっち系の人だった?」
「そんなんじゃなくて。体バキバキなのに細く見えるなって‥....」
どうやら俺は墓穴を掘ったらしい。
先輩女子二人は口に手を当て、喜悦の笑みを湛えて後ずさった。里見さんも井上さんも、プールで見ているじゃないかという叫びを、グッと飲みんだ。二人共、何を言っても無駄な雰囲気だった。
周囲を歩く新入生達は、興味深げにチラ見していく。学生よりお母様方の視線の方が、長く留まっているように思うのは、考えすぎだろう。
緒方先輩はそうかなあ、と軽く流してから、体育館の方に向かって歩き始めた。
「入学式が終わったら、生徒会室に来いよ。歓迎会をするからさ」
そう言って俺の肩を叩くと、先生方が忙しそうにしている方へ歩き去った。
その後ろ姿を見送り、俺は感嘆した。
背中がかっこいい。なんだろうなあ、こういうのって。
しばし考えてみたが、人種が違うという結論しか出てこなかった。
入学式は粛々と進み、最後に緒方先輩が生徒会長として壇上に上がった。そして生徒会について説明をしてくれた。