最終話
俺のお願いで、ジェンガで勝負してもらった。
俺はもう必死だった。皆何も言わないでね、と頼んでおいたのに、俺の回だけしきりに笑わせようとしてくる。野口さんの掟破りの変顔で、俺は力尽きた。その様子を見て全員で大笑いしている。
「ひどいよ。野口さん、あの顔、仕事に差しつかえない?」
「いいのよ。幅が無いと仕事が広がらないものね」
はあ。つくづく感心する。そう思ったら、また井上先輩の怖い顔がぬっと前に出て来た。
「俺、自分の将来を全く考えていないので、それを既に持っている人には、感心してしまうんです。すみません」
するとなぜか里見先輩が、怖い顔のまま話し始めた。
「私達はみんな将来の事を決めているよ。私は薬学部に行くつもり。将来、頻発するだろうバイオハザードの対策に当たりたいからね」
口が開いてしまった。薬学部ですか!
俺にはこの4人の姿の一部しか見えていないようだ。大きすぎると、全容は見えない。
またまた、へこんでしまい、力が抜けるような気分になった。そんな俺の肩をそっと掴んで、優しく引き寄せてくれたのは今井先輩だった。
「おいおい、後輩をいじめるなよ。まだ一年生だぞ。ヒロシは今からだよな」
涙が出そうにうれしくなって、俺は目の前のピンクのスイートピーを抜いて、今井先輩に渡した。
「今井先輩、好きです」
向こうの方で、押し殺した笑い声がした、ような気がする。
緒方先輩が笑いながら俺の肩をゆすった。
「お前、やっぱり面白いな。里見の見る目は凄いよ」
なんだかわからないけど、褒められているような気がしたので、赤いバラを抜いた。
「緒方先輩、好きです」
肩を震わせながら、緒方先輩はバラを受け取ってくれた。先輩には赤いバラがすごく似合う。
「ちょっと、ヒロシ。あんた壊れたの?」
「井上先輩。好きです」
そう言って、手がプロテアに伸びたが、少し残っている理性と、今井先輩のハっと息を飲む気配に、手は横にあったユリを掴んだ。
ある意味ほっとしながら、それを井上先輩に渡した。
井上先輩は、ちょっと嬉しそうにそのユリを眺めている。
「ヒロシ、私には無いなんて許さないからね」
里見先輩にすごまれ、俺は白いバラを差し出した。
受け取る時に、首をかしげて、ん?、と何かを促された。
「里見先輩、好きです」
馬鹿の一つ覚えの様に言った。
里見先輩の怖かった顔がふっと緩み、ぼわっと赤くなった。
そして白いバラの香りを吸い込むように下を向いた。
野口さんが身を乗り出してきたので、彼女には赤いガーベラを抜いて渡した。
「野口さん、好きです」
もうロボット、もしくはオウム状態だ。
野口さんは赤いガーベラを見つめて、私にはこれかあ、と小さくつぶやいた。
最初に言っていたのと、全然意味が変わり、コメディ方向に流れてしまったが、なぜかこれでいいと言われた。そして撮影は終わり、スタッフ込みの全員で、ケーキを食べてお開きになった。後は編集の腕に任せる。
試写会では、当初の予定通りのフィルムが出来上がっていた。驚くべき編集の腕だ。
まず全体シーンは、緒方先輩が飲み物を抱えて現れるところから始まり、皆でゲームをする様子などの楽しいものだった。凄くいい感じだ。
カップル編も、安定のクオリティで納得。
俺と野口さんのジェンガシーンは、俺達が移動するのを睨む里見先輩と、まあまあと構う緒方先輩から始まり、俺が3回連続ぼろ負けする様子と、慰める野口さんが映される。それから空元気そのもので俺が清涼飲料水を飲む様子と、爆笑する野口さんで、面白くまとめられている。
俺と里美先輩のオセロは、またまた俺のぼろ負けシーン。そしてジェンガで崩れ落ちる俺。もちろん周囲のヤジる様子や、野口さんの変顔も入っている。
ラストの俺が花を贈るシーン。これには、あの時の全部が入っていた。里見先輩に怒られるところから始まり、情けない顔の俺が、次々に花を渡している。ただし、俺のセリフは入っていない。
だけど、口元がはっきり映っているので、好きですと言っているのは読みとれる。
そして里美先輩とのシーンは、編集されたフィルムで見ると、すごくドキッとするものになっていた。凄んでいた彼女が、花を貰って好きだと告白された瞬間から、すごくかわいく変わっている。編集の力は偉大だ。
そして野口さんのシーンは、ここだけセリフが入っていた。
赤いガーベラを受け取って、少し寂し気に言う。
「私にはこれかあ」
そう、小さく小さく声が入っている。なんだかガーベラで、がっかりしているような風に見えるのはなぜだろう。
そして、コマーシャルが終わったかと思うタイミングで、一番最初に俺と今井先輩が、プロテアの花を見て話しているシーンから、今井先輩がひそかに笑っているシーンまでが、うまく編集されて、おまけの様に入っていた。
俺は思わず今井先輩を見た。彼も引き攣っている。俺は顔の前で手を合わせ、詫びた。
「さあて、今回もいい出来だったよ。評判をとること請け合いだ。ありがとうね」
このCMが流され始めると、すぐに話題になった。
そして、ヒロシ君は里見さんを選んだのか、ということに落ち着いたようだ。俺にはよくわからないが、世間的にそうなったらしい。
そして、緒方先輩が嬉しそうに宣言した。
「麗子からお許しが出たよ。苦節5年。やッと彼女だって言える」
俺は、もちろん驚いた。そんな事情は全く知らなかったし、里見先輩のお姉さんが、緒方先輩の思い人なんて、思ってもいなかった。
でも、そう言えば、こんなにもてる人が、誰とも付き合っていないのはおかしい。
そして俺はと言えば、里見先輩が彼女になったらしい。周囲がそう言うし、里見先輩もそう思っているようだ。いまいちピンと来ていない俺の気分を、井上先輩は一早く見抜いたのか、ある夕方こっちに来いと生徒会室に引っ張って行かれた。
「ヒロシ。コマーシャル一緒に見るよ。自分じゃなくて、他人だと思って見てごらん」
生徒会の交代が終わり、もう先輩たちは役員ではないけど、OBOGとして出入りしている。そこで、もらったコマーシャル映像を見た。
いい出来だ。皆楽しそうだし生き生きしている。おかげで商品もぐんと引き立っている。
そして花を渡すシーン、里見先輩の時だけ、男の顔が少し違う。男っぽく見える。
花を渡された女の子は軽く目を瞠って、すぐに目を伏せる。口元が少しだけ開いて上向いていた。かわいいなあ。この女の子は、この男が好きなんだな、とわかった。
て、俺の事が?
「解った? 里見はもちろん、ヒロシも里見の事が特別なのは、丸解りだよ。自覚しなさい。チョロシ君」
「里見先輩相手でも、チョロシ君ですか」
「う、間違えた。ヒロシの夢は、彼女と一緒に下校する事でしょ。もうずっと前から叶っていたんだね。青い鳥はすぐ身近にいるって言うのは、本当なんだ」
今井先輩から、ポンと肩を叩かれ、俺はようやく自覚した。どうやら、俺は里見先輩が好きなようだ。
そして白いバラの花言葉はひとめぼれ、だと教えてくれた。ついでに殴られた。それはプロテアのお礼だそうだ。
そこに里見先輩がやって来た。
「ヒロシ、帰ろう。途中で書店に寄ってもいい?」
「あ、俺も探している本があるから、大きい方の店でいいですか」
「あっちの店ね。いいよ」
そう言えば、彼氏と彼女の会話のようなものになっている。入学以来、よく一緒に帰っているもんな。一旦意識したら、今更ながらに照れた。
「現実を受け入れなさいよ。逃げたら、またチョロシ君て名前に変えるよ」
背中をつつかれ、低い声で井上先輩に言われ、俺は一歩前に出た。
「これからも一緒に帰ってください。里見先輩」
FIN