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コマーシャル編4


「おや、仲いいね。今、ヒロシ君はどちらに行くのか話題になっているけど、もしかして野口さんかな」


 事務所に入ってすぐしょうもない事を言われて、俺は苦笑いを返した。

 野口さんは明るく笑って、選んでもらえたらうれしいな、とか言っている。こういう軽いいノリが、この業界での世渡りなのだろう。俺にはなじめそうにないが、野口さんのプロ根性はひしひしと感じる。一つ上なだけなのに、すごい差だなと思う。


 お互いの学校の話をする内に、芸能活動と両立させるための、野口さんのとてつもなく厳しい生活を知ることになった。彼女を尊敬の眼差しで見ていると、事務所のドアが開き、先輩たちが入って来た。

 

 なぜか今回は、緒方先輩も込みで、目が怖い。なんだろうか。

 そしていつものように、井上先輩がやって来て、黙って俺の腕をひぱった。

 もちろん、黙ってついて行く。怖いから。

 いつものように、チョロシ君と言ってくれないせいで、余計に恐怖心が募る。


「ヒロシ、一応聞いておきたいんだけど、もしかして野口さんの事が好きなの?」


 いきなり聞かれて驚いた。


「いいえ、まさか。グラビアアイドルの彼女と俺なんて、そんな恐れ多い事、考えたりしていません。誤解です」


 井上先輩のかわいい顔がゆがんだ。


「ねえ、ヒロシも今では雑誌のモデルをしているし、コマーシャル出演もしている。それも注目されている存在よ。そろそろ自覚してちょうだい」


「ですけど、僕は皆さんのおまけみたいなものです。雑誌だって、里見先輩のおまけです」


 井上先輩は俺の胸倉を掴んで乱暴に揺すぶった。細い割にかなり力がある。バスケのラフプレイで知っていたが、更にパワーアップしたようだ。


「おまけじゃない。5人を認めてCMに誘われたのよ。出たくて必死で売り込む人が山程いる業界で、おまけを出すほど無駄な事をすると思う?」


 びっくりした。確かに言われてみたらそうだ。そうと思い込んでいたのは、自分はおまけだ、という固定観念があったせいだ。今、自覚した。


「ヒロシが崇拝するような表情で見つめるから、野口さんがまんざらでもない顔していたわよ。その気があるなら止めないけど、実は何も考えていないでしょ?」

 

 その通りで答えることが出来ない。

 野口さんはもちろん好きだ。きれいでかわいくて素敵な女性だから。でも付き合う対象として考えたことは一度もない。


「今まで、女性と付き合うことに現実味が無かったので、無理です。考えていないと言うより、現実の事とは思えないです」


 コマーシャルで話題になっているのは、片思いヒロシの恋の行方、とさっきスタッフが言っていた。ああ、それ俺のことなんだよな、と実感がわいてくる。


「じゃあ、今から考えて。今のままの態度で女の子と接したら、ただのたらし、しかも自覚が無いひどい男だからね。逆に腹黒女子達からすれば、無防備な獲物よ」


 まさに、ガーンと音がするような宣告だった。しばらくショックで呆然とした後、俺は井上先輩にありがとうございます、と言ってからトイレに逃げた。


 個室に籠って十分程ぼんやりしていたら、今井先輩が呼びに来た。


「ヒロシ、大丈夫か。井上が厳しい事を言ったみたいだけど、気にするなよ。あいつは気に入っている相手には、容赦なく強い言葉をぶつけるんだ」


 俺は個室から出て手を洗った。鏡越しに今井先輩を見て、わかっていますと答えた。


「いつも正しく導いてくれるし、いつも気にかけてくれる。とてもありがたい先輩です。俺が変な思い込みでズレていたって、今気が付きました。それでも、納得しきれない。俺、もてそうな男になっていますか?」


 井上先輩の事はほぼ100%信じているけど、0.01%が吹っ切れない。だから、その0.01%を今井先輩に補完して欲しかった。


「ああ、いけてると思う」


 そうなのか。いつの間にか俺はいけてる男になっていたのか。変な話だが、うれしいと言うよりげっそりした。俺はセルフイメージを、作り変えないといけないのだ。それに慣れるには時間がかかりそうだった。


 事務所に戻ると、皆もう集まっていたので、慌てて空いている席に座った。


「それじゃあ、始めようか。今回の舞台設定は、家でのクリスマスパーティーだ。ほかほかと暖かくて、楽しそうなイメージで撮るよ。気取ったパーティーじゃなくて、コンビニのチキンと、おでんとケーキと、商品の飲み物。そして今回の隠し味、というか、もうメインだね。ヒロシ君の恋の行方編を3つ、それとベース編を二つ作る予定だ」


 そう言って、プロジェクターを示した。

1,全員でのパーティー編(以下、敬称略)

2,緒方・里見、今井・井上のカップル編

3,ヒロシ・野口編: ジェンガ

4,ヒロシ・里見編: オセロ

5,ヒロシ花を贈る編


「1、2は説明いらないね。3、4は前回同様に二人だけど、今回は設定が必要だから、ゲームを用意する。ヒロシ・野口編はジェンガ。ヒロシ・里見編はオセロね。演技する必要はないから、普通にゲームを楽しんでくれ」


 そう言って説明が一旦途切れた。


「5番は何をするんですか」


 俺が聞くと、プランナーが唸った。


「ちょっと考えが纏まっていないんだけどね。今考えているのは、部屋に飾ってある花から一本ずつ選んで、二人にプレゼントして欲しいんだ。セリフ入りで行くか」


 そう言って鼻の横を書きながら、しばらく考えていた。


「あなたが好きです、でいいか。好きな時に好きな花を選んで、好きな場所で渡してね。もちろん別々で」


 俺がぎょっとしていると、野口さんが嬉しそうに笑いだした。


「すごい、ヒロシ君だけセリフ付きだ。いいなあ。私も何か返事してもいいですか?」


 再びプランナーが、首の後ろを掻きながら上を向いて、何か考えている。


「見る人に想像の余地を与えたいから、無言で頼む」


 ふと、ずっと一言も話さない里見先輩の事が気になって、そちらに目をやると、ちょっと顔色が悪いように見えた。気分が悪いのだろうか。

 井上先輩と目が合ったので、目顔で尋ねると、先輩は小さく首を振った。


 気になったが、その前にこのセリフを阻止しなければと焦った。


「俺には、そんな恥ずかしいセリフ無理です。チェンジで」


 何なら、役者のチェンジをお願いしたい。緒方先輩なら、難なくやり遂げそうだ。


「じゃあさ、緒方君に、そのセリフ言ってみて」


 虚を突かれて、一瞬口ごもったが、あっさりと普通に言えた。


「緒方先輩、好きです」


「いいねえ。素直な感じが好感持てるよ。次は今井君に言ってみて」


「今井先輩、好きです」


「じゃあ次は、井上さんに」


「井上先輩、好きです」


「なんか、問題あるかな?」


 あれ、無いみたいだ。

 こうして俺は百戦錬磨の大人に騙されて、この役を引き受けてしまったのだった。





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