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Hな雰囲気


 風呂あがりとはいえ、クーラーの強い風にあたりすぎては、湯冷めをして風邪をひく。いつまでも全裸で横になる(あさひ)に、山吹は着がえを差しだした。


「起きてくれ、旭くん。その恰好(かっこう)ではダメだ。おれのシャツでよければ、着てくれないか」


 まぶたを閉じていた旭は「観察は終わったのか?」といって、起きあがった。目のやり場に困る山吹の反応を、愉しんでいたかのような科白(せりふ)だ。


「きみね、おとなを揶揄(からか)うなよ」


「おれ、あと数日で二十歳(はたち)なんだ。もうすぐビールだってのめる。居酒屋で乾杯しようぜ」


 つまり、同じ月に(あかね)も誕生日を迎えることになる。双子に花束を贈るべきか、まじめに悩んだ山吹は、旭の太ももへ手のひらを添えた。ひんやりとした感覚と、やわらかい感触を捉える。


「こんなに冷えているじゃないか。頼むから服を着てくれ。風邪をひく」


「彼シャツってやつだな。……ところでさ、ユウタってノーマル? せっかくアパートまできたのに、つまらないンだけど」


「つまらない人間で申しわけないが、夕食はどうする?(ノーマル?)」


「ユウタの手料理が食べたい」


「そうか、……わかった。あるもので適当にもてなすよ。少し待っていろ」


「なあ、もしかして怒った? おれのこと、きらいになったとか」


「なぜだ? きらう理由が見あたらないな」


「だって、おれ、このまえデートのとちゅうで帰っちまったし、連絡もしなかったし……」


「ああ、その件ならもう気にするな。こうして、わざわざ逢いにきてくれただけで充分だ」


 ごく自然にでた山吹のことばに、サイズの合わないシャツを着る旭は、怪訝な顔をした。ベッドの枕もとに、分厚い花図鑑が置いてある。ひとり暮らしをする山吹の部屋は整理整頓され、よくかたづいている。旭の部屋は散らかっていた。


「ユウタって、いろいろ矛盾してるよな」


「どこらへんが?」


「謎が多すぎ」


(それはこっちの科白だと思うが……)


 台所に立って夕食の準備を始める山吹は、座椅子にもたれる旭を一瞥し、ようやく落ちついて会話ができる状況に安堵した。旭いわく「彼シャツ」を着てくつろぐ姿は、たしかに、そそられるものがある。


(……今、理解した。さっきのノーマルとは、性的な意味での質問だったのか。やはり、旭くんは男に興味があるんだな。……だとすれば、おれは、なにを期待されているのだろうか?)


 割引シールつきのパックで買った豚肉をフライパンで焼き、キャベツの千切りとトマトを添える山吹は、白米を炊く時間を省略するため、レトルトごはんを電子レンジで温めて茶碗へ移した。ふだんから料理はするほうなので、きのうの夜に作ったきゅうりと茄子の浅漬けを皿へ盛りつける。


「旭くん、のみものだけど、牛乳と麦茶と炭酸水、どれがいい」


「麦茶かな。氷はなしで」


 フルーツパーラーのときのように、旭は携帯電話をながめていたが、耳はこちらに傾けていた。山吹の質問に答えながら、片手で画面をスクロールしている。


(しかし、まいったな。旭くんの体質が判明した以上、慎重に対処しなければ、誤解されそうだ)


 はっきり告白されたわけではないが、旭が受け身であることを確信した山吹は、ふたたび気まずく感じた。ひとり用のテーブルにずらりと皿をならべると、旭は「へえ、うまそうじゃん」といって、箸を受けとった。


「たいしたものは用意できなかったが、腹が減っていれば、なんでもうまそうに見えるものだよ。さあ、食べようか」


「おう、いただきます!」


 ふたりは向かいあって坐り、ちょっとした談笑を愉しみながら、夕食をすませた。山吹が食器をかたづけてもどると、旭は携帯電話から顔をあげ、「今夜、ここに泊まってもいい?」と訊く。


花屋(いえ)には帰らないつもりなのか? (あかね)くんに連絡は?」


「メールしておいた」


「返信は?」


「きたよ。わかったって」


「ずいぶん、あっさりしているな。きみは、こんなふうによく外泊をするのか」


「まあね」


 旭は否定せず即答する。夏用のタオルケットは二枚あるが、敷布団はない。山吹は床で寝ることにして、茜にベッドを使うよう促した。


「ユウタはどうすんの。いっしょに寝ればよくね?」


「おれのベッドはシングルだ。ふたりで使うには、ちょっとせまいだろう」


「そのほうが密着できて好都合じゃん」


「……密着したら暑いよ」


「熱くさせてくれないの?」


 旭はシャツを脱ごうとするため、山吹は「ストップ」といって手首を摑んだ。


「あ……、いい……」


「いいって、なにが……」


「ユウタのそのマジ顔、すげぇいい」


 うっとりとした表情に変わる旭は、摑まれていないほうの手で山吹の頬を撫でると、首をのばして唇を重ねた。そういう不意うちがあるとは思わなかった山吹は、驚いて反応が遅れた。悪ふざけにしては、冗談がきつい。ほしくてたまらないぬくもりが目の前にある旭は、積極的な発言をして、山吹を困惑させた。


「ユウタぁ、おれとエッチしようよ」


「さ、さすがに無理な相談だ……」


「なんでさ?」


「きみを傷つけたくないし、そういうのは恋人同士がするものだろう」


「じゃあ、今から恋人になってよ。おれはユウタが好き……。全部ほしい……」


 本当は告白させたくなかった山吹だが、旭のようすはすっかり降伏モードで、放っておくことはできない。力の抜けた肩を引き寄せて抱きあげると(意外と軽くてびっくりした)、ベッドまで運んで寝かしつけた。


「ありがとう、旭くん。きみの気持ちはわかったよ。少し考えさせてくれないか」


「ユウタ……」


「心配するな。今夜は泊まっていくといい。おれはなにもしないから、安心して休んでくれ」


「ユウタになら、エロいことされてもいいのに……」


(切ない声をだしてくれるなよ。裸身(はだか)を見られても平気なくせに、ベッドの上だと、かわいらしい顔をするんだな)


 とんでもない展開を乗り越えた山吹は、旭の寝息が聞こえてくると、なるべく静かにシャワーを浴びた。パジャマに着がえて床へ横たわり、暗い天井を見つめながら、今後について考える。


(恋人か……。たいして接点もなかったはずだが、まさか候補に選ばれていたとは、これからどうするべきか……。むずかしいな……)



❃つづく

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