解釈B
胚珠がむきだしになって見える植物は、裸子植物と呼ばれる。胚珠は将来的に種子になる部分で、卵細胞を内臓しており、胚孔を通じて花粉内部の精細胞と受精する。
(雌蕊って、人間でいえば、女性の役割をもっているんだよな……)
最近の山吹は、花図鑑を読みながら眠りにつくようになった。というのも、担当地域の顧客にフラワーショップがあり、ちょっとした興味本位で、近くの書店で分厚い花図鑑を購入した。これまで、草花に関心を示したことはないが、フルカラーで掲載されている写真をながめるうち、においを想像して目を瞑ると、双子兄弟の姿が浮かんできた。
花屋で働く彼らには専門知識が備わっており、購入者の目的に応じて、適切なアドバイスをする。見た目はそっくりなふたりだが、いっしょにならんで作業することは少ない。そのため、彼らが双子である事実を知らない利用客も多かった。
(……あれから一週間経つ。旭くんは、元気だろうか)
山吹は花図鑑を閉じると、枕もとの携帯電話を手に取り、着信画面を確認した。デートのとちゅうで退席した旭は、しばらく音信不通となっている。所用のため(ハンカチを返すため)花屋へ足を運んだとき、店番をしていたのは弟の茜だった。そのさい、新たな事実として、旭は週に三日間ほどレストランでアルバイトをしていることが判明した。
ずっと観てきたテレビドラマの最終回を、うっかり見逃したかのように、頭のなかがもやもやする山吹は、アルバイト先のレストランへ足を運んでみたが、旭に逢うことはできなかった。
朝早く、携帯電話が鳴り響いた。着信画面で相手の名前を確認せずに応答した山吹は、久しぶりに聞く旭の声で目がさめた。
『もしもし、ユウタ』
「……きみは、旭くんか?」
『そうにきまってるだろ。なんだよ、もうおれのこと、忘れちまったのかよ』
「いや、そうではなく……(むしろ逆だ。きみのことばかり考えていた)」
『そっちは、これから仕事だよな』
「ああ、今、起きたところだ」
『きょうさ、帰りに寄れる?』
「花屋にか」
『うん。無理なら、ユウタの自宅を教えて。おれがそっちに行くからさ』
「おれのアパートなら、鳩羽町の七番地だが……」
『オーケー、ちょっと遠いな。仕事が終わったら電話して。とちゅうまで迎えにきてよ』
「わ、わかった。連絡する」
『おう、じゃあな』
旭の声は弟より少し低めだが、滑舌がよく、聞き取りやすい。
(もう連絡がこないものだと思っていたが、元気そうでよかった……)
内心ホッとして身仕度をする山吹は、満員電車の吊り革に摑まって、会社へ出勤した。
(今夜、旭くんがウチにくるのか……。さて、夕食はどうする? デートの仕切りなおしのつもりなら、ふたりで食べにいく流れになりそうだが……)
旭と逢う予定ができた山吹は、少し落ちつかない気分になる。ひとまず、デスクで書類を整理すると、ホワイトボードの名前の横に[外出]のマグネットをつけ、更新の手続きが必要な契約者のもとへ出かけた。その後、定時に退勤すると、駐車場に旭の姿を発見して驚いた。
「よう、ユウタ、おつかれ」
「旭くん、どうしてここに……」
「名刺に会社の住所が書いてあったから、おれが行ったほうが早いと思って。ユウタの車、どれ?」
「おれは電車通勤だ」
「だったら、タクシー呼ぼうぜ。暑くて汗かいたし、駅舎まで歩くのダルい」
「構わないが、いったい、いつから待っていたんだ?」
「さあ、一時間くらい前?」
「このあたりに日除けなんてないだろう。まさか、ずっと立っていたのか? 熱中症になったらどうするつもりだ」
「あのな、子ども扱いすんなって。さっき、コンビニでスポーツドリンクを買ってのんだから平気だよ」
心配するあまり、説教くさい口調になる山吹は、旭に「早くタクシー呼んで」と催促された。最寄の車庫へ電話をかけると、ふたたび旭の顔色をうかがう。
(いつもの旭くんだよな)
生足がまぶしい。外出するさいも丈の短いシャツと短パン姿とは、正直、驚いた。
(もう少し、肌を隠したほうがいいような気もするが。強すぎる紫外線は、あとあとシミになるぞ。まあ、男の子だし、そんなこと気にしないのかもな……)
舗道へ移動してタクシーを待つあいだ、しばらく会話はとだえた。車内でも旭は無口で、アパートへ到着するなり、「風呂かして」といって、せまい玄関にスニーカーを脱ぎ捨てた。初めて訪ねる他人の家であっても、行動に遠慮がない。山吹はショルダーバッグをワードロープのフックへ吊りさげて腕時計をはずすと、台所で手を洗い、着がえを用意した。
磨りガラスの向こう側で、山吹のボディーソープやシャンプーを使う旭は、流行の歌さえ口ずさんでいる。
(よく考えると、この状況は、かなり危ういぞ。旭くんは本当に無防備すぎる)
いくら顔見知りとはいえ、ひとり暮らしをする男のアパートで、若い子がシャワーを浴びている。なにも起こらないほうが、ふしぎなくらいだ。
「ふ~っ、あっちい。ユウタ、クーラーの風、強くして!」
ガラッと浴室の扉をあける旭は、もちろん全裸である。目の前にいた山吹に驚くようすはなく、その手からバスタオルを奪って、わしゃわしゃとぬれた髪を拭く。旭の下半身を直視した山吹は、とっさに顔を横向けた。
「す、すまない」
「なにが?」
謝罪する山吹をよそに、なにも恥じらわない旭は全裸のまま脇をすり抜けた。
「旭くん、着がえを……」
「あっちぃから、しばらく裸身でいい。クーラーのリモコン、どこ?」
(なんだって? いくらなんでもそれはないだろう!)
絨毯の上にバスタオルを敷いて大の字になる旭は、クーラーの強風を全身に浴びながらまぶたを閉じた。「涼しい~」などと云って、リラックスモードだ。
(待て待て、せめて大事な部分を隠してくれ。つい、見てしまうじゃないか。……なかなか、いい形をしているな。あれが、旭くんの雄蕊か。……なるほど、かわいいものだな)
山吹は目のやり場に困ったが、思う存分ながめることを許されたような状況につき、旭の躰つきを、じっくり見つめてしまった。
❃つづく