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なにが起きた?


 双子の兄と、駅前にあるフルーツパーラーで昼食をかねたデートをすることになった山吹は、朝起きてすぐ、洗面鏡の前に立ち、髭を剃った。ひろい面積に濃く生えているわけではないため、手短に処理すると、パジャマを脱いで私服に着がえる。



(まさか、このおれが(あさひ)くんとデートとはね。なんで、こんなことになったのやら……)



 双子兄弟(ツインズ)が仕事を手伝う花屋は、営業マンの山吹が担当する地域のなかで、いちばん町はずれに位置していた。訪問するきっかけとなったのも、デイサービスのワゴン車が店の近くで停まるのを偶然見たからである。



(はっきり云って、あのふたりは無防備すぎやしないか? (あかね)くんは、なんだってあんなぶかぶかなシャツを着ているんだろうか。……旭くんにいたっては、ほぼ全裸だったしな。あのとき、下はなにも穿いていなかったはずだ)



「ごめんください」とガラス戸をスライドした山吹の目の前には、風呂あがりの旭が立っていた。ぬれ髪をかきあげて「なんだ、てめぇ」と顔をしかめる。思えば、とんでもない場面で営業スマイルを優先したが、サラリーマンの(さが)だろうか。



「見ろよ、ユウタ。表面がつるつるのトゲ無しサボテン。突然変異の品種で、珍宝閣(ちんぽうかく)っていうんだぜ。男性器(ペニス)みたいでエロいだろ」



 なんて会話が発生するのも、もはや時間の問題だ。そもそも、笑顔でランチに誘われるほど、親しくなった覚えもない。気に入られた理由も不明である。


(なにを考えているのか、いまいちわからんな)


 財布の中身を確認してポケットへ差しこむ山吹は、腕時計を嵌めた手首を見て、「クールビズってさ、エロいよな」という旭のことばを思いだし、小さく溜め息を吐いた。


(エロい、か。云われてみれば、夏は肌の露出が増えて当然の季節だしな)


 布製カバー付きのワードロープに、クリーニング店の袋につつまれたジャケットが吊りさげてある。小さなカゴには、洗濯して折りたたんであるハンカチがはいっており、茜に返すものだ。



(きょうは、旭くんにランチをごちそうする日だ。さすがに、弟くんのハンカチを持ち歩くわけにはいかないか……)



 いつかの雨の日に借りたハンカチを、本人へ返す機会がない山吹は、外まわりのついでに足をのばし、花屋を訪ねる必要があった。お得意先への花束を買いにいったとき、茜は不在のようで、兄が対応した。


「さて、そろそろ行くか」 


 約束の時刻より十五分早くフルーツパーラーへ到着すると、案内された窓ぎわの席について旭を待った。日曜日の昼どきとあって、店はけっこう繁盛している。テーブルに備え付けのメニューを手にとり、料理を確認すると、定食や麺類はなく、スイーツ系がメインだった。初めて利用する店だが、男女問わずにぎわっているため、山吹も気楽に過ごしていると、旭は時間どおりにやってきた。


 半袖のプリントシャツにカーゴパンツという、ラフな恰好である。山吹もカジュアルな服を選んできたので、内心ホッとした。「ユウタ、発見」といって向かい側に坐る旭は、「どうだった?」と感想を訊く。


「なにがだ」


「恋人を待つ時間」


「きょうはそういう設定なんだな」


「ことばにしたら、しらけるだろ」


「そいつは、すまないね」


 山吹が肩をすぼめると、旭は早くも店員に注文を取りつける。メニューには目を通さない。あらかじめ調べておいたのだろうか。山吹はあわてて軽食を頼んだ。料理を待つあいだ、ふたりは携帯電話の番号を交換した。


「きみは、ここへはよくくるのか」


「んー、そうでもない」


「……? (はぐらかした?)」


 携帯画面をながめる旭は、あいまいな返事をして、山吹と目をあわせない。


(なんだ、この違和感)


 恋人役を演じるつもりが、なぜか会話がはずまない。もとより、共通の話題が思い浮かばなかった山吹は、ぼんやりと外のようすをながめた。



(サービス業は日曜日が稼ぎどきだと思うが、花屋は休みなのか? それとも、茜くんがひとりで……)



「ユウタ」と、名前を呼ばれて顔をあげた山吹は、ギロッと旭ににらまれた。



「今、茜のこと考えてただろ。あいつなら、かえでばあちゃんといっしょに、ホームセンターへ買いものに出かけたぜ」


「そ、そうか……(なんで見透かされたんだ?)」



 急に会話が発生してたじろぐ山吹は、運ばれてきたコーヒーセット(サンドイッチとグリーンサラダ付き)のトレイを受けとりながら、妙な感覚に陥った。


(驚いた。下を向いて携帯電話を見ていたかと思えば、いきなりこっちに関心を示すのか。……調子があわせづらいな)


 つづいて、旭が注文したパンケーキとパフェがテーブルにならぶ。バニラアイスの下でフルーツカクテルとゼリーが二層になっているメロンパフェは、期間限定品だ。男が腹ごしらえをする料理にしては、甘いものばかりである。


「旭くんは、甘党なのかい」

 

 フォークでパンケーキを食べる旭は、「は?」と、ふしぎそうな顔をした。見るからに、なに云ってんだこいつ的な表情につき、山吹はコーヒーカップを口へ運ぶ手をとめた。


「ちがうのか?」


「どっちかと云えば辛党かも」


「説得力がないぞ」


「きょうは、ユウタと甘いものを食べるってきめてあるんだよ。ほら、アーン」


「おれは、いいよ」


「デートなんだから、こういうことくらいしておかなきゃ損だろ」


 旭はメロンパフェのバニラアイスをスプーンですくうと、山吹の口もとへ近づける。


「なにが損なんだ」


「アイスが溶ける前に口あけて」


(……強引だな。しかたない、ひと口もらうとしよう)

 

 パクッと食べてみせると、旭は「げっ」と短く声をあげた。スプーンを手放してサッと身を低める旭は、人差し指を立てて「しーっ」という。店内に不審人物など見あたらないため、なにから隠れているのか察することはできない。山吹は、無言でサンドイッチをかじった。数十秒後、周囲を警戒しつつ向きなおる旭は、「わりィ、おれ帰る」と席を立つ。


「旭くん?」


「夜、電話する。じゃあな」


 食べかけのパンケーキとパフェを残して店を出ていく旭は、横断歩道を走って渡り、視界から姿を消した。窓ぎわの席で旭の背中を目で追った山吹は、ありえない状況に愕然となる。



(おいおい、なにが起きた? ……まさか、新手のいやがらせかよ!)



 なんの説明もなしに置き去りにされた山吹だが、せっかくの料理を残すわけにもいかず、旭のぶんまで皿をきれいにすると、会計をすませてアパートへ帰宅した。



❃つづく

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