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続・急接近


 今まさに、アパートの部屋で脱衣所の鏡に映るじぶんと真剣な表情で向かいあう山吹は、ありふれた顔立ちにしか見えず、(どこがそんなに……)と、首を傾げた。


 現在の時刻は、土曜日の午后である。週末は会社が休みにつき、旭の来訪を許した。つい先程、ベッドの上で旭をうろたえさせた山吹は、コンタクトレンズをはずして眼鏡をかけた。


(休みの日は、こっちのほうが楽なんだよな。裸眼でも日常生活は送れるが、今回はサービスだ)


 なにがサービスかというと、旭に見とれる時間を提供した。


「なんでそこで、眼鏡をかけてくるわけ? マジで信じらンねぇ……」


 やっとのことで平静を取りもどした旭は、まだ山吹のベッドの上にいて、唇を尖らせた。


「きみにとって、眼鏡は反則だったな。どうだ? 好きなだけ観察していいぞ」


「マジかよ、サイテーだな(本当は最高!)」


 山吹は、座椅子にもたれて笑みを浮かべると、「質問するよ」といって、途絶えた会話をよみがえらせた。


「くっ、そんな顔でなにか聞かれたら、全部うなずくしかねーじゃん」


「それは困るな。おれは、きみのことを知りたいと思う。告白の返事を待たせている以上、少ない情報で、まちがった判断をしたくはないからね」


「それって、返答しだいで、おれとはつきあえないってことかよ……」


「そんなに身構えなくていいよ。誰にでも短所や欠点はあるだろう」


「うっ、……やばい」


「なにが」


「また、ちんこが興奮してきた(なんだよ、きょうのユウタ、すげぇかっこいいンだけど! さっきから、心臓が痛いくらいだ)」


 おとなの余裕を垣間見た旭は、前かがみになって下腹部の反応を(おさ)えこむと、山吹がテーブルに置いた麦茶を一気にのんだ。


「マジで、なんなの。今すぐ責任とって」


「なんの責任?」


「ちんこのだよ!」


「そんな大声をだすな。きみは、あいかわらず極端で正直だな」


 山吹の腕に抱かれたくてたまらない旭は、なぜか急に茜の顔が眼裏(まなうら)に浮かんだ。ギクッとして、壁ぎわに陣取った敷き布団へ移動すると、スポーツバッグのサイドポケットから合鍵を取りだし、ホッと息を吐く。それは妙な行動につき、山吹は「だいじょうぶかい?」と、旭の精神状態を確認した。


「ん……、なんでもない……」


「そう、落ちついたら話そう」


「どうしても、質問すんの?」


「云っただろう。きみには黙秘権がある」


「おれのことを知ってもらうチャンスなのに、黙りこむなんて、ばかのすることじゃん」


「旭くん、こっちへきてくれないか。そんなところでは、きみの肩を抱くこともできないよ」


「ユウタ、もしかして、おれにとどめを刺しにきてる?」


 やや感情の起伏が安定してきた旭は、ひざを擦りながら山吹へ近づくと、となりに坐ってポスッと、胸もとへ頭を押しつけた。山吹の心臓の音に耳をすませ、まぶたを閉じる。他者の体温が心地よく感じる場面で、山吹は(これって、あれだよな……)と自問自答したあと、旭の肩を引き寄せて唇を重ねた。「次は舌をいれる」という約束を果たすため、歯列を割って、深い口づけにおよぶ。


「ん……、んぁっ! ユウタ、これやばい。マジで……」


「もう少し、持ちこたえてほしいな。ほら、口をあけてご覧」


「わわっ、ダメ、無理っぽい!」


 旭は顔を横向けてのがれるが、山吹の息が耳たぶにふれると、背筋がゾワッとした瞬間、がまんの限界を突破した。あわててトイレに閉じこもる。初心者すぎる反応につき、山吹は問い詰める予定を変更した。



(あのようすだと、まったくからだを慣らしていないな……。まさか、おれに抱かれるまで、開口部(うしろ)は未開発のままなのか……?)



 男同士で愛しあう場合、山吹のほうで、ある程度の知識とテクニックは必要だ。すべての手順を把握しているわけではないが、ネットで検索した結果、それなりに学習した。



(どうするかな……。告白の返事は、きまっている。思えば、最初から、おれの考えは変わっちゃいない。……イエスなんだ、旭くん。おれは、きみの気持ちに応えたい。だから、セックスもしようと思う。……そう思っているんだが、きみは、本当にだいじょうぶなのか?)



 茜の思いについては、別問題とする。旭の存在を(この)ましく捉える山吹は、恋人としてつきあう決意をした。しあわせに生きる未来を支えたいという、庇護欲もあった。


(あっさり失望されないよう、おれも努力しなくてはな。……旭くん、きょうからおれたちは、恋人同士になるんだ。早く、そこから出てきてくれないか。おれは、きみを抱きしめたい……)


 水の流れる音がして、なにやら疲れた表情の旭がもどってくる。花図鑑へ視線を落としていた山吹は、となりに落ちついた旭の顔色をうかがい、告白の返事をした。


「絶対、嘘だろ。夢だったりして……」


「嘘でも夢でもないよ。おれは、旭くんが好きだ。正式に交際してほしい」


「ユウタが、おれの彼氏になるのか?」


「ああ。よろしく頼む」


「……っ!! それはこっちのせりふだぁ! ユウタ、好き、大好き!」



 静寂の深夜に(つぼみ)を開花させる月下美人のように、旭は、山吹の腕のなかで鮮やかに咲くことができるだろうか。



❃つづく

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