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急接近


 A few days ago(数日前)



「こんばんは、(あさひ)くんはいるかい」


 そういって、花屋の営業時間ぎりぎりにやってきた山吹は、片手に紙袋をさげていた。


「ユウタロウさんじゃないですか。お仕事の帰りですか?(あれ、なんだか、脈がおかしい……)」


「やあ、(あかね)くん。遅い時間にすまないね。もしかして、閉めるところだったかな」


「え? は、はい。これからかたづけをするところです。なにか買われますか? よろしければ、おつつみします(ぼく、緊張してるみたい)」


「どうもありがとう。きょうは、旭くんの洗濯物を返しに来ただけなんだ。これを、渡してもらえるかい」


 山吹は、花に囲まれた通路を歩いて作業台へ近づくと、茜の正面で立ちどまり、紙袋を差しだした。昼間ではなく、夜という時間帯も、茜にとっては特別に感じた。保険会社の外まわりといった仕事のついでではなく、現在の山吹は、完全にプライベートな用事で立ち寄っている。一日じゅう動きまわった半袖のワイシャツは、ところどころ、着崩れていた。


「わざわざ、届けてくださったんですか? 兄がご迷惑をおかけして、すみませんでした」


 旭との関係は保留中につき、茜の科白が過去形なのが気になった山吹は、苦笑(にがわら)いした。比較的からだにピタッとしたプリントシャツを選ぶ兄と異なり、弟はサイズの合わないシンプルな服を身につけている。どちらも、店に立つときはエプロンをしていたが、短パンやスパッツといった丈の短いズボンを着用しているため、素足がまぶしかった。


「迷惑だなんて思っていないよ。旭くんは、例のアルバイトかな」


 兄の姿をさがして視線を泳がせる山吹を見た茜は、ドキドキと心拍数が上昇する心臓に、チクッとした痛みを感じた。



「兄は……、帰りません。ぼくも、詳しく知りませんが、アルバイト先で知りあったひとのところに、今夜は泊まるそうです……」


 石蕗(つわぶき)のマンションに誘いだされた旭は、携帯電話に山吹の着信があったことに気づいておらず、充電さえ切れていた。本人と通話ができなかった山吹だが、いつまでも旭のシースルーブリーフを自宅に置いておくのは問題ありとして、早めに返却した。


(外泊? 旭くんは、家でじっとしていられないタイプなのか?)


 友人や身内ではなく、知りあい程度の相手と夜をいっしょに過ごすとは、なんとなく(あや)うい習性だ。


(心配だな。またあのレストランへ行ってみるか……)


 どんな従業員(スタッフ)がいたのか思いだせない山吹は、顎に指を添えて思案顔になる。兄のことばかり話題の中心となる茜は、寂しい気持ちに捉われた。足もとのバケツに、枯れてしまった花がまとめてある。生花は繊細なのだ。



「あの、ユウタロウさんは、兄のこと、どう思いますか」



 大学を中退している茜は、勇気をだして会話をつづけた。実は、接客は舌がまわる兄のほうが得意分野で、旭は苦手だった。いちどでも人間関係につまづくと自己矛盾に苛まれやすいが、たったひとりの理解者がいれば、生涯の宝物となる。


「お願いします。答えてください」


「どう思うかって、聞かれてもな」


「ユウタロウさんは、兄が好きなんですか?」



 適温を保つ店内が蒸し暑く感じる茜は、感情が(たか)ぶっていた。いっぽう、虚を突かれた山吹は沈黙するしかない。気まずい状況で、どちらも無言となり、数分ほど経過した。



(なんだ、この空気……。たしかに、旭くんのことはきらいではないが、おれの感じたままを伝えるのであれば、まず、本人が先だろう……)


 双子の弟をまえに、率直な意見は避けるべきだ。旭から個人的な感情をうちあけられている山吹は、コホンッと、小さく咳をした。


「茜くん、申しわけないが、その質問には答えられない」


「どうしてですか。兄は、あなたのアパートの合鍵を持っていました。ふたりが、そういう仲になった証拠では……」


「肉体関係なら未遂だよ」


「つまり、これから、旭と交際するんですね(どうしよう、とまらない!)」


「それについては別件だ」


「それじゃ、ぼくでも、ユウタロウさんと真剣におつきあいをさせていただくことは、可能ですか?(うわぁっ、云っちゃった! 変な子だと思われる……!)」


「茜くん(今、おれに告白したな)」


「は、はい」


「正直に白状すると、きみたちのことは、放っておけないと思っている。余計なお世話かもしれないが、おれに相談できる内容であれば、遠慮なく頼ってくれ」


 山吹は、ショルダーバッグから個人の携帯電話を取りだすと、茜に向かって「おれの番号を登録してもらえるか?」と訊く。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。あれ? ぼくの携帯電話、どこかな。すみません、ちょっと、待っててください!」


「ああ、急がなくていいよ(ふう、いつきても、花屋は涼しくて気持ちがいいな。もう少し、ゆっくりして行こう……)」


 バタバタと二階の階段をのぼる茜は、廊下へ顔をだした祖母に、「誰かきたのかい?」と声をかけられた。「うん、ユウタロウさんが下にいるよ」「おや、まあ、保険会社の。あがってもらいなさいな。旭のぶんの夕餉(ゆうげ)があまるから、よかったら三人でどうだろうかね」「かえでおばあちゃんったら、そんな突然、ユウタロウさんが困るよ。仕事帰りに寄ってくれただけだもの」「そうかい。それじゃ、よろしく伝えておくれ」「うん、わかった」


 ここ最近、足が痛むといって寝たきりになりやすい祖母だが、週にいちど、夕食の仕度をする。昔ながらの総菜はどれも薄味で、旭は、こっそり調味料をふりかけて食べた。



「お待たせしました」



 部屋に置きっぱなしだった携帯電話を手にしてもどると、山吹は[エディブルフラワーあります]という、手書きの張り紙を見つめていた。


「これって、食べられる花のことだったね」


「はい、そうです。興味ありますか? 食用花はお取り寄せになりますが、あまりものが冷蔵庫にあるので、試食できますよ(よかった、ユウタロウさんと自然に話せる……)」


 密かに安堵する茜は、山吹と世間話をして、充実した時間を共有した。双子兄弟(ツインズ)を虜にした覚えはないが、ふたりから好意をうちあけられた山吹は、笑顔で見送る茜に手をふり、眉をひそめた。



(まるで、テレビのドッキリ番組みたいだな。おれは、どこにでもいるふつうの会社員だぞ……)



 過ぎ去ったモテ期の再来は、意外すぎる展開へと突き進んでゆく。



❃つづく

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