近づくふたり
ピンポーンと、チャイムが鳴る。土曜日の午后、山吹のアパートへやってきた旭は、肩から大きなスポーツバッグをさげていた。
「いらっしゃい」
玄関さきで旭を迎えた山吹は、やけに重そうなスポーツバッグに気を取られ、あっさり首筋を引き寄せられた。
(しまった、油断した……!)
ほんの数秒ほど驚く山吹だが、旭のキスを受けたまま腕をのばし、ガチャッと玄関の鍵を締めた。
「ユウタ、好き、好きだ」
「旭くん、そんなにあわてるな」
「ねえ、ユウタからもキスしてよ」
そういってまぶたを閉じる旭は、子どもっぽい顔つきをしている。こうして身にふりかかるイレギュラーな事案をどう処理するか、恋人候補として値打ちを問われる山吹は、ほんの少し眉をひそめた。
(やれやれ、あいかわらずだな。まあ、キスくらいなら許容範囲か? 減るものではないしな……)
これが初めてではないと割り切って、旭の肩へ手を添えると、ゆっくり顔を近づけた。軽く唇に吸いついて、表面的な口づけをする。山吹は正しい判断をして、ひとまず旭を満足させた。
「サンキュー。ユウタのキスって、なんかふわふわする。おれ的には、舌とか入れてきても全然オーケーだったけど」
「次はそうするよ」
「マジで? 絶対だぞ」
「とりあえず、その話はあとにしよう。ほら、スポーツバッグをよこせ。ずいぶん重そうに見えるが、いったい、なにがはいっているんだい?」
「へへっ。これは、おれの私物セット。ユウタの部屋に、おれの居場所を作ろうと思って、とちゅうのホームセンターで買ってきたんだ」
「きみのスペース?」
旭は肩がけのスポーツバッグを足もとへ置くと、敷き布団や組み立て式のカラーボックスをひろげた。同棲に憧れる旭は、半ば強引に、山吹の部屋にじぶんの空間を確保した。
「今夜から、ベッドはユウタが使えよな。おれは、こっちで寝るからさ。このまえは占領しちまってごめん(本当は、ユウタといっしょのベッドで寝たいけど!)」
壁ぎわに敷いた布団へ横たわって云う旭は、持参した枕を抱きかかえてうつぶせになると、両足をふらふらさせた。短パン姿につき、白くて細い足が山吹の目に留まる。
(なんだか、きょうからペットを飼う気分だな。旭くんの懐き方は、まるで仔猫みたいだ。……否、大型犬か)
くつろぎモードの旭をよそに、山吹は冷蔵庫からのみものを用意すると、小さく溜め息を吐いた。洗濯物を届けるため花屋へ足を運んださい、茜の思いを知った山吹は、いくらか頭が混乱した。兄弟そろって歳上の男に心酔しているような気もしたが、対処がむずかしい状況だ。
(まさか、茜くんまでおれを好いてくれるとは、さすがに驚いた。……双子の好みは、そんなに似やすいものか?)
「旭くん、麦茶だ。ここに置くよ」
「サンキュー。なあ、風呂だけど、ユウタといっしょにはいりたい」
(キスの次はそうきたか)
旭の不意うちを警戒していた山吹は、「ダメだよ」といって肩をすぼめた。
「風呂くらい、いいじゃん。おれがユウタの背中を流してやるよ」
「それには、心の準備が必要になるな。きみは、おれのことを買いかぶりすぎている」
「そうかな? ユウタのほうが、いちいちまじめに考えすぎじゃねーの? だって、銭湯とか行けば、ふつうにみんなフルチンじゃん」
(フル? ああ、全裸ってことか……)
「ちぇっ、焦らしてくれるよな。ユウタって、禁欲主義とか?」
「性欲なら人並みだと思うが、旭くんは、かなり旺盛なんだな」
「さあ、よくわかんねぇ。誰かとくらべたことなんてないし、おれがほしいのは、ユウタのちんこだけだからな」
(おい、さっきから過激だな!)
ムクッと起きあがる旭は、山吹のベッドへ移動すると、バフッと寝転がった。
「ユウタのにおいがする」
何事にも遠慮が見られない旭だが、その勢いを迷惑だと感じない山吹は、むしろ、双子の身辺を危惧した。
(ふたりとも騙されやすそうで心配だな。とくに茜くんは、気がかりだ……。おれの勘ちがいでなければ、男に抱かれた経験はないのだろうし、おそらく、旭くんも童貞だと思うんだが……)
山吹にセックスを猛アピールする旭だが、やり方を承知しているのか謎だった。男同士の場合、受け身の苦痛は避けられない。この先の展開をふまえて、山吹は、たしかめることにした。うまい具合に、旭はベッドの上にいる。ギシッと、寝台の脚が軋む音で顔を横向けた旭は、一瞬、ぎょっとなる。
「ユ、ユウタ」
「いやか?」
「ん……、いやじゃない……」
短パン越しに股のあいだをさぐられた旭だが、予期せぬ出来事とはいえ、山吹の腕をふりはらうつもりはなく、従順な態度を示した。
「旭くん、今からする質問に答えたくなければ、黙秘していいぞ」
「な、なに、その前フリ。なんか、こわいンだけど。……あっ、あっ、ユウタ、おれ、そろそろやばいかも……!」
山吹の手のなかで、旭の大事なものが少し硬くなった。敏感な部位を刺激された旭は、ドキドキと胸が高鳴り、安逸モードに突入する。山吹が手をゆるめると、眉間に皺を寄せて抗議した。
「中途半端なのは勘弁しろよな、ばかぁ……」
「すまない。では、質問するよ」
「ちょっと待って、興奮してきた」
「なぜ? おれはもう、どこもさわっていないよ」
「ったく、無自覚かよ。今すぐ、あっちの鏡でじぶんの顔を見てこいよ……(マジで惚れ惚れするからさ。ってか、ユウタって損するタイプ決定!)」
脱衣所にある鏡台の方向を指さす旭は、下半身が暴走寸前となり、苦心して鎮めた。山吹が脱衣所へ姿を消すと、早くも顔が見たくなった。
「おれ、重症かもしれない」
双子の兄が自己嫌悪するころ、花屋では、弟の茜が作業の手を休め、ぼんやり思考をめぐらせていた。
❃つづく