ときめくツインズ
山吹のアパートにつづき、石蕗のマンションで寝泊まりをした旭は、なんともいえない疲労感に捉われた。持ち帰った下着などを洗うため、洗濯機のある二階の風呂場へ向かうと、ちょうど部屋からでてきた弟と、せまい廊下で鉢合わせた。
「兄さん」
「鳩の卵は無事だったのか」
「え? う、うん、ちゃんと二個あったよ。それより、きのう、ユウタロウさんがお店にきて、これを預かったんだ。……この前の着がえ、洗濯して返しにきてくれたみたい」
「ユウタが店に……」
茜から紙袋を受けとった旭は、思わず携帯電話を確認した。充電が切れており、電源がはいらない。あとで山吹から着信があったことを知り、ガクッと肩を落とした。
「ちぇっ、せっかくユウタが逢いにきたってのに、なんで紫信なんかと……」
前髪をぐしゃっと掻く旭は、石蕗のせいにして苛立つが、茜は眉を寄せた。
「ねえ、兄さん」
「なに……」
「兄さんは、本当にユウタロウさんのことが好きなの?」
「なにが云いたいンだよ」
にらみつけられた茜は、祖母のいる寝室を気にして、小さな声で会話した。
「あ、あのね……、ぼくもユウタロウさんと個人の携帯番号を交換してもらったんだ。かえでおばあちゃんになにかあれば、いつでも連絡していいって……。あと、鳩羽町のアパートに住んでいることも、教えてくれたんだよ」
「ふうん、それで?」
「兄さんの云うとおり、ぼくも、あのひとのことが好きなのかもしれない……。きのう、ユウタロウさんと逢えてうれしかったし、お話のとちゅうで急に胸がドキドキして、すごく緊張した……」
恥じらいの表情を浮かべる茜は、旭と同じく、異質なぬくもりを求める欲望に当惑ぎみで、うつ向いてしまった。両親と離れて暮らす双子兄弟にとって、山吹は頼れる存在に変わりつつあった。当の本人は、満員電車にゆられて会社へと出勤中だ。
現在、いろいろな意味で山吹との距離が近づく旭は、内向的な弟に、ちょっとした助言をしておいた。
「おまえさ、そんなにユウタが好きならデートに誘ってみろよ。あいつは、絶対に断らないと思うぜ」
「デ、デートって、ふたりきりで?」
「あたりまえだろ」
「そんなの、ぼくの心臓がもたないよ」
「おれがいっしょについて行けば、おまえの問題は解決するのかよ」
「兄さんが、いっしょに……?」
「ユウタはノーマルだからな。気を引きたければ、あたってくだけるしかないぜ」
石蕗との件で疲れを感じる旭は、「少し寝る」といって、洗濯物を弟に押しつけた。使用済みの衣類のなかに、シースルーブリーフを見つけた茜は、思わず赤面した。
「兄さんったら、また、こんな派手な下着を……。まさか、ユウタロウさんにも洗わせたの……?」
正解である。スケスケの下着を身につける勇気などない茜は、兄の思い切りのよさが羨ましくなった。
「ユウタロウさんをデートに誘うなんて、ぼくにはハードルが高すぎるよ……。やさしいひとだから、断らないかもしれないけれど……、兄さんの自信は、どこからくるのさ……」
山吹のまじめで温厚な性格に惹かれる茜は、旭の洗濯物を抱えて風呂場へ向かった。シースルーブリーフを見つめ、溜め息を吐く。
「ぼくだって、ユウタロウさんと……」
兄ばかり好きな男を独占している状況は、ゆゆしき事態でもある。さいわい、気持ちをうちあけても邪険にあしらわれなかった茜は、この先どうするべか、真剣に頭を悩ませた。
「ぼくは、ユウタロウさんが好き……。あのひとが笑うと、おなかのあたりが、きゅうってなるんだ……」
旭とちがって、男を好きになった経験は初めての茜である。それでも、じぶんが相手に求めているものははっきりとして、向こうから肌にふれてほしいという欲望に、とまどいを隠せなかった。
部屋にもどった旭は、携帯電話を充電して山吹にかけなおした。
「もしもし、おれだけど!」
『旭くんか(うおっ、声がデカいな)、おはよう、どうかしたのかい』
「どうかした、じゃねーよ。きのう、おれに電話かけただろ」
『ああ、その件なら、茜くんにきみの荷物を渡しておいたよ。受けとってくれたかな?』
「そうじゃなくて、なんでメッセージを残さねぇんだよ」
『留守番のことか? そうだったね、すまない』
会社のロビーで呼び出しに応じた山吹は、なぜか怒気をあらわにする旭に首を傾げた。
(朝から不機嫌そうだな。なにかあったのか? 兄弟喧嘩とか……)
電話口から聞こえる旭の声は、あきらかに調子が悪い。原因の山吹に思いあたる節はなく、仕事を優先した。
『これから会議があってね。話のつづきは、昼休憩のときに聞かせてくれるかい』
忙しい時間帯であっても、着信に応答してくれた山吹に胸がときめく旭は、声が聞けただけで満足した。
「わかった。仕事、がんばって」
『ありがとう。それじゃ、また』
通話を終えたあともしばらく画面をながめ、ベッドの上でごろごろ動きまわる旭は、山吹の腕に抱かれる夢をみた。しあわせな気分で目覚めると、昼休憩となった山吹から、連絡がきた。
「もしもし、おれ!」
『やあ、お待たせ(旭くんの第一声は、鼓膜に響くな)。話のつづきをしようか。きみのほうは、だいじょうぶかい?』
「平気だよ。今、部屋だから」
『……どこの部屋』
「ん? 花屋の二階だけど……。あっ、そうか。どうせなら、ユウタのアパートへ行けばよかったぜ。合鍵もあるし。なあ、週末とか、そっちへ泊まりに行ってもいいか? おれ、ユウタといっしょに暮らしたい」
『泊まりにくるのは構わないが、いっしょに暮らすわけにはいかないな』
「なんでさ?」
『物事には順序というものがあるだろう』
「ベッドインが先ってこと? それなら、こっちはいつでもオーケーなんだけど。おれたち、いっぱいセックスしようぜ」
『そういう話ではなく……(おい、サラッとすごい発言だな!)』
告白の返事を待つ旭は、山吹を急かす声に、いつもの調子がもどっていた。
❃つづく