ライバル宣言
山吹に告白した旭は、石蕗のベッドで目をさました。大きな窓から、チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえる。パジャマを着ていたはずなのに、いつのまにか脱がされていた旭は、躰をならべて眠る石蕗を見て、「このやろう」と、顔をしかめた。まぶたを閉じていても端正な顔立ちをした男だとわかる輪郭は、旭いわく、反則だ。床には、パジャマやシースルーブリーフ、バスローブなどが散らかっていた。満腹の状態で睡魔に襲われたため、熟睡中になにが起きたのか不明である。
「……おれ、紫信とヤったのか?」
念のため全身を確認してみたが、異常は感じられない。ホッと息を吐く。ごそごそとベッドを抜けだして衣服を拾い集めると、脱衣所へ移動して着がえた。石蕗は、旭がリビングへもどる前に身なりを整えていて、キッチンに立って湯を沸かした。
「おはよう、旭」
「……はよ」
「どうした。元気がないね」
「元気ならあるよ。ってか、きのう、おれになにかした?」
「とくには。裸身にして、写真を撮らせてもらったくらいかな」
「やっぱりしてるじゃねぇか。その写真、どこにあるんだよ!」
「見たいのか? スライドショーに編集してあるよ」
石蕗は火をとめて珈琲を淹れると、寝室のサイドテーブルに置いてある携帯電話を手にしてメモリーカードを抜きとり、旭のほうへちらつかせた。
「盗撮なんて卑怯だぞ」
「全裸画像を消去してほしければ、こちらの条件をのむことだな」
「なんだよ、条件って……」
「こんど、俺の名前で二人分のランチを予約しておく。きみは、好きな男と来店すればいい」
「ユウタと? 誰が、あんたの店でユウタとデートなんかするか!」
「ユウタね。なるほど、それが彼氏の名前かな?」
山吹の名前は湧太郎という。うっかり口にした旭は沈黙し、アームソファへ腰かけた。石蕗はメモリーカードを鍵付きのひきだしにしまうと、フライパンでオムレツを焼き、特製のソースをかけてクロワッサンといっしょの皿に盛りつけた。
「すげぇうまそうなにおいがしてきた……」
シャツのボタンを開襟にしてエプロンを身につける石蕗は、厨房に立つシェフのときのような真剣さはなく、鼻唄を歌いだしそうな笑みを浮かべている。できあがったオムレツはほかほかと湯気を立て、ふてくされていた旭は、においにつられてふり向いた。
「あんたってさ、おれをどうしたいわけ?」
「思う存分に味わい尽くしたいね」
「聞いたおれがばかだった……」
性的な意味で執着されている旭は、わざとらしく溜め息を吐きつつ、目の前に運ばれたモーニングプレートを見て、ごくん、と唾をのみこんだ。色気より食意地が張るため、差しだされた銀のフォークを受けとり、朝食をたいらげた。あとかたづけを終えた石蕗は、旭を花屋の近くまで送り届けると、助手席へ身を寄せてキスをした。
「ん……、紫信……、誰かに見られるって……んんっ!」
路肩に停車する4WDは、通行人の目に留まりやすい。しかし石蕗は、意図して長いキスにおよんだ。
「はぁ、はぁ……、紫信……」
「また泊まりにおいで。次は、もっと愉しい時間を過ごそう。さあ、手をだしてご覧」
マンションの合鍵を持たされる旭は、一瞬とまどった。受けとらずに突き返すべきだとわかっていても、頬を撫でる指に気が散って、「くそ……」と、つぶやいた。視線の先に茜が姿をあらわし、看板を見あげる。わずかな段差に巣を作った鳩が、卵を産んでいた。雛鳥が無事に飛び立つ日まで見まもる茜は、電線のカラスを追いはらうのが日課となった。
「あの子は、きみの弟だね。彼はなぜ、サイズの合わない服を着ているんだ?」
フロントガラス越しに視線を向ける石蕗だが、旭が逃げてしまわないよう、太ももに手のひらを乗せて会話する。
「あれは親父のシャツだよ」
「きみたちのご両親は、たしか海外で働いているんだったね」
「ああ。一年に三回くらいしか帰ってこない」
「そのうち挨拶したいね」
「なんの挨拶だよ。必要ねーわ」
石蕗は、太ももに乗せた手を股のあいだへすべりこませてくる。旭は「やめろ、ばか!」といって、その腕をふりはらった。
「忘れるなよ、旭。きみに好きな男ができようと、俺はあきらめない。二番手ほど、まぬけなものはないからね」
「おれが好きなのはユウタだけだ」
「それはどうかな」
石蕗は手もとのスイッチでロックを解除すると、助手席のドアをあけて立ち去る旭の背中を見送った。マンションの部屋に帰宅したあと、鍵付きのひきだしからメモリーカードを取りだしてパソコンにセットすると、下半身の画像をズームアップした。
「ああ、いいね。暗がりでもよく写っている。まったく無防備な寝相だな。こんな姿を俺に見せてくれるとは、たまらないね。……さて、目障りなユウタには、どうやって消えてもらおうか。徹底的に排除するのであれば、早いほうがいい」
互いに面識のない男たちは、ふたつの合鍵を持ち歩く旭をめぐり、意見が対立することになる。
❃つづく