07話 この世界と魔王
――魔女の話――
数千年前あるいは数万年前から、この世界は世界の管理者によって全てが平等に管理されていた。
世界は豊かだった。自然は循環し、世界は調和していた。
それは一糸乱れぬ歯車のように。
管理者という大きな歯車によって、大地、水、大気、生物などと言った無数の小さな歯車が乱れることなく回っていた。
――しかし、そんな調和は続かなかった。
管理者と同じ大きさの歯車が現れた。
最初は他の物と同じ、調和していた小さな歯車の一つでしかなかった。
そして気付けば管理者と同じほどに世界へ影響を与えていた。
しかも、その歯車は質が悪いことに逆回転をし始めたんだ。
――そう、人類文明の誕生だ。
人類は物凄い早さで文明を発展させ、この世界の第二の管理者となった。
そして人間はやりすぎた、発展しすぎた文明は自らを滅びの段階に導いた。
そんな滅びの時代に一人の人間が世界の管理者からその力を奪い取った。
――それが現在の魔王ルシヴェル・アロガンティアである。
世界は混乱期に入る。
多くの人間が命を落とした。魔王によって殺されたのではない。
――人間同士が殺し合いを始めたのだ。
なぜ、人間同士の殺し合いを人類は止めることができなかったのか?
それは、管理者から力が失われたとき、ありとあらゆる生物は魔力という概念に目覚めたからだ。
文明の崩壊に不安を感じ、抑圧されていた心、感情は魔力によって解放された。
そして、ほぼすべての国で暴動が起こった。
それに加え、魔力を持ちすぎた動物は魔物となり人間を襲い始めた。
魔物の暴走、人間の暴走、魔王の誕生。
この混乱は何十年と続き、人類に最悪の選択をさせるに至った。
当時の文明の技術の結晶、最恐の兵器の使用を決意し文明は滅びた。
「――その生き残りたちによって、今の世界にまとまったというわけだ」
魔女の説明は一通り終わったようだが、俺はピンとこない。
かつてこの世界には、俺たちがいた世界――日本よりも優れた文明があったのか?
「それ本当のはなしか?」
「さあな」
さあなって……
「そういう文章が本として残っているだけだ、私は知らん。でも――」
「ルシヴェルが管理者から力を奪ったのは本当だと思う、半年前に本人が言ってたからな」
「本人? どういうことだ?」
「ん? 私は半年前に、前の勇者と共に魔王軍と戦ったのでな」
だめだ、教えてもらっているはずなのに、知らないことが増えていく。
「百年ぶりに王都に来てみれば、中々に面白い戦いが見れたのでな。どんな人間なのかと思って、会いに来てしまった」
――ん?
「じゃあ本来、ここに来るはずじゃなかったのか? 騎士団が言っていた治療師はあんたじゃないのか?」
また、知らないことが増えた。
俺はもう疲れが限界なんだがな……
「そういえば魔法使いが外で寝ていたな? 不思議なこともあるもんだな、仕事に来ておいて廊下で寝ているとは――起きたら治療しにくるだろうから適当に断れよ。くれぐれも私の名前は出すんじゃないぞ」
「なぜだ?」
「本来、私は王都に出禁なんでな。バレると面倒なんだ」
なにしたんだよ……
「なあ、さっきの話に魔女は出てこなかったぞ? 結局、魔女ってなんなんだよ?」
「あーそうだったな、魔女というのは百年以上、魔法の訓練をした人間のことだ」
百年以上、じゃあ目の前のこいつは――
「じ、じゃあ、あんたは何歳なんだよ? その見た目は?」
「色々、失礼なやつだな。たしか、二百……覚えてない。見た目はな魔女になると肉体が最適化されるから変化しないだ。ふけるという概念がなくなる」
なるほど?
俺は質問を続ける。
「じゃあ現在の世界情勢はどうなっているんだ?」
魔女はため息をつくと――
「もう終わりだ、話しつかれた。あとは騎士団にでも聞け」
「あと、一個だけ教えてくれ。魔法に離れた場所から呪い殺すみたいな力はあるか?」
「呪い殺す? そんなものはない! 魔法で人を殺すには魔力で生み出した魔法を当てる。もしくは、魔力で操作した物体による質量攻撃。このどちらかだ」
魔女はそういうと、俺に向かって手をかざし治癒魔術をかけた。
――俺は体力が少し回復するのを感じる。
「最後に一つ、面白いことを教えてやる。これは私の推測なのだがな」
魔女はドアの前に行き、振り返って言った。
「前の勇者は魔王に勝てなかったんだがな、最後の力で魔王から力の一部を奪ったんだ。勇者を見たところ、その力は宿っていない」
魔女は続ける。
「そこになぜか召喚された、お前の存在だ――偶然とは思えないよな?」
「――あ、あと。治療代は後で請求しに行くから。まだ、やることがあるのだろう? 死ぬなよ」
そう付け加えると、魔女は扉を開けて出ていった。
お見通しとはな、自覚してなかったが俺は顔に出るタイプなのか?
俺は騎士団連中にバレていないか心配になるが、考えてもしかたない。
――暗殺者がくることには変わりないのだ。
俺は暗殺者を迎え撃つ準備を始める。
――同刻、王城――
今回の勇者は例がないほどに弱かったはずだ。
それが召喚された、初日に幹部クラスの魔人を倒してしまった。
報告によれば、あの男のスキルに秘密があるようだ。
もしあの男が前回、召喚されていたならば――
前回の勇者は最高クラスだった。
数十年ぶりに魔王のもとにたどりつき、魔王とまともに戦うことができた逸材。
今まで魔王城に乗り込んだものは全滅していた。
だが、あの勇者は仲間を逃がして見せた。
その仲間の報告によれば、魔王に深手を負わせたらしい。
その勇者と今回の男の組み合わせだったら、勝てたんじゃないか?
……うまくいかないものだな。
「――ドラス王、私にも暗殺の命をください。敵は幹部クラスの力を持っている可能性があり、あの5人だけではいささかの不安が残ります」
いつの間に入ってきたのか、仮面の騎士が膝をつき進言した。
「ならん、お前には私に意見することを許している。が、最終的な結論は私が下す――」
「お前は私の近くにいろ。我が剣『剣聖』グレシアよ」