11 総督府にて
「で、その使い魔とは船上で出会ったと」
魔術師都市ハルーン総督府の一室にて。マルツィアは萎縮しながら尋問を受けていた。
火の入っていない暖炉の上には歴代総督の肖像画がずらりと並び、来客を見下ろしている。
部屋の真ん中には、縮こまりながら椅子に座るマルツィアと、偉そうに脚を組んでふんぞり返るミネ。そして、長い机の向こう側に両手を揉んで座るのは、この都市の長であるサンティ総督その人だ。
「本来使い魔は、成人した魔術師が聖リソーチェ寺院で祈り、世界の狭間に赴いて契約を結ぶことでハルーンに顕現する存在である。つまり使い魔は、この世界の住民ではなく、魔力溢れる異界に住まう存在だということだ。それがなぜ、本土行きの船の上に出現するというのか」
「わかりません」
「では使い魔に問う。君はどこからどうやってここまで来た。なぜ人型を取る。生まれつきか?」
「うむ、知りたいか。私は遥か東方で夜と火を世の理通りに機能させる任に就いていたのだが、深谷流天那大神という仇敵との戦いにより、巫女であり愛しき妻でもある女性を失った。彼女を探して世界中を放浪していた折、やっとのことで彼女の気配を感じ取ったのだが、それは小賢しき魔術師らが張り巡らせた結界に守られし干潟諸島の中から発せられていた。それがこの都市だ。何とか結界に忍び込むことができないかと、都市の外で綻びを探すこと十年以上。その間、言葉もままならなかったマルツィアが達者に話すようになり、焼き立てのパンのようにフニフニだった手足がすらりと伸びて色香……はまだないが、とにかく大人になるのをひっそりと陰から見守った。そしてある日、そなたらが狭間の世界と呼ぶ寺院の地下にマルツィアが足を踏み入れたことを察した私は、そこに生じた綻び経由でマルツィアの前にやっとたどり着くことができたのだ。鳥や猫がマルツィアに媚びを売っていたのを無事蹴散らしたが、次に現れた私の姿と愛の囁きに照れたマルツィアが勢い良く手を振り下ろした途端、時空が歪み私ははじき出された。その後、再びハルーンの外に追いやられて絶望に沈んでいたのだが、突如として私の嗅覚はマルツィアの気配を察知したのだ。なんと彼女は都市の結界を飛び出したではないか! すかさずすっ飛んで行き、運命に定められし再会を果たして今に至るという経緯だ」
「長っ! 半分ほどしか頭に入らなかったが要するに、東の方から来た変態ということか?」
「え、ちょっと待ってください。ということは、聖リソーチェ寺院で出会った使い魔候補の梟さんや黒猫さんが嫌な顔をして逃げ出したのは、全部ミネさんのせい?」
「総督、総督!」
驚愕の表情を浮かべるマルツィアの言葉を遮って、慌ただしい足音とノックの音が室内に響いた。
サンティ総督は一瞬で表情を引き締めて腰を上げる。
「入れ。いったい何事だ」
まるで蹴破るような勢いで扉を開き、会釈もそこそこに室内へ入ってきたのは。
「アンナ?」
マルツィアは言葉を失って、全身で荒い息を繰り返して平静を保とうとする娘の姿を見た。真っ直ぐで長い栗色の髪、同色の瞳。少しそばかすの浮いた愛嬌のある顔立ち。マルツィアの友であり姉のような存在でもあったメイド、アンナだ。
「アンナ、お父様に解雇された後、総督府に勤めていたの?」
ちんちくりん落ちこぼれ令嬢の使用人から行政機関勤めへの転身。まさに大出世ではないか。
「話は後です、お嬢様」
アンナはマルツィアにちらっと目を向けた後、僅かに声を上ずらせながら衝撃的なことを報告した。
「総督、申し上げます。巨大なへ、へび……白い、大きな蛇が、寺院の前で暴れているのです!」
もしかすると、いや、もしかしなくても、その蛇さんは船上で出会ったアレだろう。
マルツィアは全身の肌を粟立たせ、腰を浮かせて逃げ腰になる。
「ア、アンナ。そんな恐ろしいものからは早く逃げ」
「おのれ、白竜め」
どん、と机を打つ音に身をすくませる。ミネが拳を叩きつけたらしい。
「ここまで追って来るとはなんたる執念。しかし、これも良い機会だろう。いざ、二千年の因縁に決着をつけようぞ!」
怒気を全身にたぎらせながら、ゆらりと立ち上がったミネは、制止する間もなく部屋を飛び出して、現場へと駆けて行く。
ぽつりと取り残されたマルツィアに向け、サンティ総督が咳払いの後で言った。
「どうした、早く使い魔を追いなさい。あれは野放しにしておくとまずい気がするぞ。万が一、人に危害でも与えれば、その責任はマルツィア嬢に降りかかる」
「総督の仰る通りです。マルツィアお嬢様、一緒に向かいましょう」
総督やアンナの懸念通り、使い魔の監督責任は魔術師にある。すぐにでもミネを追い、彼が暴れないように制御しなくてはならない。そんなこと、わかっている。わかっているのだけれど。
(蛇、いやーーー)