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真朱は首だけ振り返って浅葱を見上げた。
「よく聞け、依頼主。私とお前は戦うには向いてない。」
「だが、一つだけ、方法がある。お前の着ている着流しの下は何を着ている?」
「君、この状況でボクの下着に興味があるの?」
浅葱は、もしやここで身ぐるみ剥がされて囮にさせられる生贄作戦か…と警戒した。
真朱はむっとした。
「お前が、その下に何も身に着けて無くても、私は全く気にならないが、念の為聞いた。心積もりだ。」
あれは、妖怪ではない。怨霊と呼ぶべきか。
涼風を乗っ取り刀で傷つけようとしているのを、涼風が抵抗して力が拮抗している。
なかなか憑けないので、傷付けて霊力を弱めようとしている。
真朱も浅葱も、目だけは離さないようにして警戒していた。
「その着流し、次の霊具候補にするのだろう。お前はずっとそれを着ている。」
浅葱が、思わず唸った。
「お前が身に付けると付喪は生まれやすいからな。直衣の付喪のスペアにするのだろう。」
「よくわかったね。」
「このまま着続けていれば多分憑く。」
「そう。鑑定士のお墨付きか。」
「それを脱いでくれ。」
「は。」
「脱いで、長着にお前の霊力を術で纏わせろ。」
「お前の霊力を纏わせれば、必ずお前の長着に引き寄せられる。」
「憑いたところを、お前の結界で閉じ込め一気に長着を破る。私も断腸の思いだが…。」
生贄じゃないと聞いて浅葱に気持ちの余裕が生まれた。
「ぼくはこの間、人間界で仕入れたボクサーパンツというのを履いている。」
わざわざ真剣な表情で伝えてきた。
「悪いが、こちらで流通してないものはわからない。」
「もうすぐ、流通する予定だよ。結構納まりが良くてね。それを君に一番先に披露することになるが、いいかな。」
「何か知らんが、一番に見れるんなら歓迎だ。」
「言質は取ったよ。」
浅葱が、帯を解いて長着を脱いだ。
すぐに術を発動させて長着に霊力を纏わせる。
その間10秒。
相変わらず早いな。霊紋の展開操作の速さに見惚れた。これを2人分張った結界の中で行使している。
浅葱が長着を涼風に投げつける。
怨霊が、いい匂いの霊力に惹かれて長着を手にした。
先ほど仕掛けた霊紋が浮かび術を発動し、怨霊にだけ結界を張った。
「どこか一箇所、どこでもいい。結界を緩めろ!」
真朱が常時目に流していた霊力を増幅させて、集中して視る。
長着に怨霊が取り憑いたことを確認した。
真朱が身体強化の術を施す。
浅葱の防御の結界から飛び出し、躊躇無く涼風と怨霊憑きの着物ところへ走って行く。
結界の弱まったところから腕を入れて、憑いている着物を思いっきり破った。
憑いたモノは器物が破壊されたら、消滅する。
真朱の手は結界の中に入れたことで、あちこちが切れて血が滲んでいた。腕を強化していたし、結界を緩めたところを視て確認し、腕を突っ込んたが無傷とはいかなかった。
「ふー。これで済んでよかった。」真朱は腕の傷を袖を引っ張って隠して、振り返った。
ボクサーパンツは思った以上に、未婚女性には強烈な印象だった。
「浅葱さま。破廉恥…露出狂。」
そう言いながら、均整の取れた鍛えられた身体に真朱の目が釘付けだった。
ボクサーパンツから覗く腸腰筋が芸術的だった。
「君ねぇ。そんなガン見しといて…感想それ?」
2人で涼風の元へ駆け寄った。
かなり衰弱しているが、どうやら大事には至らなかった。
使用人が、扉を開けてこわごわ近寄って来た。
涼風の無事を確認する前に、浅葱のボクサーパンツに目が行った。
「ひいいいいい。」
使用人はどうやら未婚女性らしい。扉を開けっ放しにしてまた出て行った。
「浅葱さま。捕まりませんかね。」
「恐ろしいこと言うね。」
「とりあえず、涼風さまをきちんと寝かせてあげましょう。」
2人で乱れた寝具を整える。
最後に涼風をベッドに寝かせる。
「浅葱さまボタンを留めて差し上げて下さい。」
さすがに相手の意識がなくても気恥ずかしい。
浅葱が外れていたシャツのボタンを留めてやる。
再度、ノックがあり扉が開く。
次は既婚の使用人が来たようだ。
なるほど、先程よりも堂々としている。
ただ、彼女たちは誤解した。
ベッドに寝ている涼風に、全裸の浅葱が覆い被さるように覗き込みシャツのボタンに手を掛けているように見えた。
ボクサーパンツは面積が小さいので見逃されてしまっていた。
真朱は浅葱の影になって彼女達には認識されなかった。
この一件で、噂が噂を呼び一部コアな熱狂的なファンが生まれた。
転移で真朱の家に戻って来た浅葱と真朱は、従者の恨み節を聞く羽目になった。
「私も何故一緒に転移してもらえなかったのでしょうか。涼風さまの屋敷に私が一人で乗り込める訳ないでしょう!身分が足りませんよ。」
「結界師と付喪鑑定士2人で行ってよく無事でしたね。私、護衛も兼ねてるのに置いて行かれるって…。」
「済まない。次は必ず3人で行くよ。」
「私を巻き込むな。」