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とぷん。

川岸に座ってまず片足を浸ける。

一気に腰まで浸かってバシャバシャと川幅の真ん中ぐらいまで泳いでいく。


朝の清涼な空気の中で禊をすると、気持ちが落ち着くので蔵に行く前に川に入るようにしていた。


と、言っても風呂の代わりでもある。



ここの川は流れがかなり緩やかで割と深い。


今日は単衣に帯を緩く締めて川に入る。

濡れたあと脱ぎやすいのだ。


今日は一日単衣で居よう。

もう一枚あったよな。


背面を浮かせて川の流れに身を委ねた。

髪が水面に拡がる。


「鑑定士。」


昨日は、団子屋の後に町に行って骨董を磨く布を買いに行った。

この後、新品の布で霊具の手入れをする予定だ。


明日は久しぶりに霊具を視る仕事が入っている。

100年モノの器物で付喪神が憑いているか視て欲しいらしい。


「鑑定士!」


しばらくは、蓄えがあるが。

やはり別に仕事を探さねば。


「真朱。」


「誰か呼んでる?」

川から上がる。

ザブザブと岸まで歩いて戻る。


「浅葱さま。」


岸に上がると、着流しを着た浅葱が立っていた。


野狐の依頼の時に見たのと同じ長着と角帯だった。


浅葱が明後日の方を見て言った。


「鑑定士。とりあえず、濡れてない服に着替えて来ようか。」


「言われなくても、濡れたまま過ごすつもりはない。勝手に訪ねて来といて、なんなんだ。蔵には近づかないで下さいよ。」


「いいから、早く行って。」

手で追い払われる。


単衣では人前に出られない。


しょうがないので薄墨色のワンピースを着た。


浅葱を母屋に通す。


居間には、2人用のテーブルがあり椅子が2脚ある。


普段は一脚しか使わないので部屋の隅に寄せているが、椅子を対面になるように移動させて座ってもらう。


茶筒の種類が1種類増えて、3種類になった。

ランクに特上が増えた。

安物、上物、特上のラインナップになっている。


真朱はどのランクの茶葉にするか迷った。


ここはやはり昨日、町で仕入れた特上にするべきだろう。

元手は浅葱だ。

ケチるとバチが当たりそうだ。


浅葱が、真朱が3つの茶筒をどれにするか迷っているのをちらっと見た。


「鑑定の仕事を頼みたい。」


真朱は、迷いなく特上の茶筒を取った。

「伺いましょう。」


湯呑みを準備する。


「今日は、従者殿は。」

湯呑みは3つか2か…迷う。


浅葱が真朱の手元を見て答える。

「少し、用を頼んだから、もう少ししたら来ると思う。すまないな。」


「いえ。では先に話を伺いましょう。」


「実は、陰陽師の涼風殿なのだが昨日から様子が可怪しくて、視てもらえないか?」


「陰陽師さまは、涼風さまと言われるのか。」


「ああ。髪色が空色で瞳が青いだろう。そう呼ばれている。」


確か、そんな容貌だったな。


「涼風は通り名でしたか。浅葱さまもそんな通り名があるんですか?」


「ぼくは、術を使うとき名を縛られたりすることがないから、本名が知られても問題無いんだよね。」


浅葱は濃紺の髪とアンバーの瞳だ。

髪は短く項が見える位だ。前髪が少しだけ目にかかっている。


「ミツバチとかどうです。ほら目の色に合わせて。」

「ぼくのことは、いいとして。」


気に入らないのか。

ミツバチ…かわいいと思うが…。

広く浸透するんじゃないだろうか。


「それで、涼風さまがおかしいとは?」

「ご病気ですか?生憎、私は医者ではありませんので….」


「待て、待て。直ぐに断ろうとしない。もう少し聞いて。もうすぐ、茶菓子も届く。」

「昨日の夕刻から様子がおかしいらしいのだが、何やら独り言を言ったり自害をはかろうとしたり。」


「そうでした。私、昨日の朝方お会いしてました。」

「だんご屋で。汁粉を奢って頂いたんでした。」


「気付くの遅くない?それで、会ったならその時の様子はどうだった?」


「そうですね。昨日お会いした時…。好いた方がいらっしゃるようでした。」

「初めて会った者と直ぐに恋人になるのはどうかと聞かれました。私は偏見は無いと答えましたが。恋煩いでは?」


「涼風どのに好きな人…。なるほどね、じゃあ自害は何故かな。」


「振られたのでは。」

「君、本当に遠慮ないよね。」

真朱はムッとした。

「こんなこと、持って回った言い方をしてもしょうがないだろう。」


「念の為に視てくれない?」

「王宮など無理です。」


飲まず食わず走っても1日は掛かる。たかだか汁粉一杯にそこまでする義理はないだろう。


「いや、屋敷に戻っておられる。ここから30分程で着く。」


「ぼくは、ケチじゃないですよ。鑑定士どの。」

真朱の脳裏にこの間の報酬がチラついた。



「浅葱さま、ご用意出来ました。」


急に声がした。

浅葱の隣に従者が茶菓子を抱えて立っていた。


転移してきたようだ。

人の家の中に勝手に。


「浅葱さま、従者に表からきちんと呼び鈴を鳴らして入るよう躾てください。」


「もっともだね。」


「申し訳ございません、真朱さま。」

「主が茶菓子、茶菓子と昨夜より五月蠅く囀られますので、まさか手土産も無く、朝の早くから女性宅に上がり込んでるなど思いもせず。」

「こちらのお宅の玄関前で指をくわえて茶菓子の到着を待っていると思いました故、浅葱さまを目印に転移いたしました。」


この人本当に従者か。言い方。


「もういいです。何処のお茶菓子ですか?」

従者の手元を見る。包が桜色でかわいい。

「これをご覧になれば、ご機嫌もなおりますよ。」


包を開けると、中が想像を裏切った。

「チョコレート。」


しまった!

席を立とうとしたところを、浅葱に腕を掴まれた。


「鑑定士、人間界に行ったことがあるの?」


「いいえ。」

「これを一見してチョコレートって、普通わからないだろ。」

浅葱が腕を掴んで離さない。


「これでは、珍しい物で懐柔しようとした作戦失敗ですね。」

「桔梗、口を閉じて。」

従者を睨む。


「私のような者がチョコレートを知っていたら可笑しいか?随分舐められたな。」

逃げ切れるだろうか。


「侮ってるわけじゃないよ、ごめんね。チョコレートは、カカオ豆がまだこちらでは手に入らないんだ。」

「今はまだ人間界からしか手に入れることが出来ないんだけど、君はよく知っていたなって思って。」


窓をコツコツ叩く音がした。

紙の蝶々が羽ばたいている。


「真朱さま、窓を開けても。」


「どうぞ。」

桔梗が窓を開けると、紙の蝶々がひらひらと浅葱の手元に飛んで来た。


蝶々の羽が赤く汚れていた。


「血だ。」

浅葱の目が見開かれ、顔が青ざめた。


囮と結界専門の浅葱には、式神の蝶々に付いている血に不安感が広がった。


「いいのか、直ぐに行かなくて。この蝶々は陰陽師の式神だろう。」


「依頼だよ。一緒に来て、鑑定士。」


浅葱がテーブルを回り込んで、真朱を抱え込んだ。

「一緒に転移する。」

真朱の顔が凍りついた。

「ゔわっ!」



いきなり、屋敷の中に転移していた。


転移は霊紋に転移場所を記録するらしいから、浅葱はここに来たことがあるのだろう。


奥に長い廊下が続いていた。

扉が10箇所ほどにあった。


広い、間違いなく迷子になる。


壁や天井は大理石になっている。

造りが古い、格式のある旧家だった。


真朱は、小学校4年生で行った美術館を思い出した。

床は深い赤のカーペットが引かれていた。

所々で、花瓶に花が生けてある。


「何だろう?静か過ぎる。ここは、東棟だったと思うが。」

「もう離してもらっていいか?」

浅葱は、今だ真朱を抱え込んでいた。


右の渡り廊下からこちらに向ってお仕着せを着た女性が駆け寄って来る。

「浅葱さま?こんなところで女性と抱き合って、何をなさっているのですか?」

「今日来られるとは伺っておりましたが。そういうことは他所でお願いします。」


「いや。見舞いに来たんだよ。実は、涼風殿の式神が私の元に飛んで来たんだ。心配で急ぎ転移してきたのだ。」


「そう…ですか。涼風さまはこちらです。」


まだ、真朱を抱きかかえている。

どう見ても見舞いの姿勢ではないだろう。


使用人が案内してくれる。

真朱は、浅葱を剥がした。

角を曲がって直ぐの部屋の前で止まる。

重厚な扉を開けた。

真朱は素早く術を展開して視た。


「なんだろう?妖怪…?涼風さまに憑こうとしてる。」


それを聞いて浅葱は急いで、また真朱を抱き込んだ。


「ぼくには、モヤがかかったようにしか視えない。妖怪なの?」


「ちょっと…。動きにくい。」


浅葱が、右手を勢いよく開いた。

五つの霊紋が現れ展開し術を練り上げる。

直ぐに術が発動し真朱と浅葱を囲む。

防御の結界が展開された。


「よく聞け。ぼくは戦う力は無い。しかも、妖怪になぜか好かれやすい。どうする?」


偉そうに言いながら術の展開中も真朱を離さず、片手だけでやってのける始末だ。


知るか。

囮になるぐらいだしな。

とりあえず、離して欲しい。

いつになったら私を離すつもりだ。


「もしかしてお前、怖いのか?」

ずっと抱きつかれて迷惑だったので、思っていた事をストレートに聞いた。


「ぼくは、怖くはない!」

浅葱が威勢良く言った。


くそっ。近いから、耳が痛かったぞ。

真朱が顔をしかめて浅葱を見上げた。


浅葱の目が泳ぐ。

「君もぼくの防御の結界の中に入れてあげようと思って…。」

ちょっと声が小さくなる。


怖いんだな。

嘘がつけんタイプか。


真朱が目に霊紋を重ね掛けして展開した。

前回結界が視えた時と同じ霊紋だ。


そしていつもより少なめに霊力を目に集めていく。


決着が付くまで、常時視続けることになるだろうことを考えて力の配分が必要になる。


真朱は、1つだけ涼風救出の方法を思い付いていた。





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