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やっとのことで、家に戻れた。
林道を抜けて雑草が生い茂る寂しい場所に真朱の家はあった。
隣の家まで歩いて10分ほどかかる。
地図を紛失して、迷いながら帰ったせいで2時間ばかりかかった。
走って帰ったのが少し気分転換になった。
「お帰りなさい、やっぱり迷ったの?」
「遅かったね、もう8時だよ。どうだった?」
向日葵が、お土産に持って来たであろうお菓子を自分で出して食べていた。
「疲れた顔して、お茶飲む?ほら、ここ座って。」
下座を勧めて来た。
「鈴彦姫ちゃんが買えそうなぐらい貯まったでしょ?」
せっかくの気分転換したのに、また思い出してしまった。
「もうしばらく鈴彦姫はいい。」
「どうしちゃったの?」
何も言わない友人を見て、どうも今日はいつもと様子が違うと思い早々に帰って行った。
真朱はとりあえず眠ることにした。
心身のストレスは付喪神に良くない。
蔵のコ達に明日は笑顔で会いたい。
早朝、家の裏の川で禊をすることにした。
真朱は肌着で川の中にズブズブ入って行った。
気持ちいい。
何なら泳ごうかな。
背中で水に浮かんで空を見る。
雲が流れるのをなんとなく眺めていた。
ザバザバと水がかき分けられる音がした。
熊かも。
身体を強化しようとしたところに腕を掴んで引き上げられた。
「鑑定士、死ぬ気か。」
「は。」
真朱は驚愕した。
「依頼主、なんでここに。」
「禊中なだけだ。」
真朱は素っ気なく言った。
「とりあえず、服を着替えようか。表で待つから、従者も来ているんだ。」
浅葱は先に川から上がり、一旦転移して何処かへ行った。
真朱は、ワンピースを着るために家に戻った。
しばらくして戸を叩く音がする。
真朱は仕方なく返事をして玄関の引き戸を開けた。
「どうぞ。」
着替えた浅葱と、もう一人女性が一歩後ろに付き従っていた。
赤錆色の髪に、紺色の瞳のスッキリとした目鼻立ちの細身の女性だ。
「仕事の依頼に来たんだ。」
真朱はフンと鼻を鳴らした。
「君の目には価値がある。その能力をそれを利用させて欲しい。報酬は…」
真朱はキレた。
霊具のことで根に持っていた。
「依頼主、初めてあった人にあんなに酷いことされたのは初めてだ。」
「お前とは絶対仕事なんかしない。またあんな目に合わせるつもりか。」
隣に控えていた従者が素早く真朱の言葉に反応した。
「彗さま、どういうことでしょうか。昨日初めて会った女性にこんな言われ方をするなんて。」
「何をなさったのか、今ここで詳らかにしていただきますよ。」
従者の目が据わっている。
「ま、待て。桔梗は多分、誤解をしている。僕は昨日やり遂げた!」
余計ややこしい言い回しになった。
「何を、やり遂げたんでしょうか。」
桔梗がさらに冷ややかな目で見る。
真朱の脳裏で鈴彦姫が扇を振った。
「見せびらかすだけ見せびらかして…喜ばせたあげく…」
昨日のことを思い出して、目が潤んだ。
浅葱の目を見据えていた桔梗の視線が、下がった。
「見せびらかす。」一言呟いた。
「見せびらかしたって。女性がこんな激怒するものを…まさか仕事と偽って露出して回ってたんですか。」
盛大に勘違いしている。
「待て、露出して回ってたって。ぼくが変態みたいな言い方を。」
「桔梗、落ち着いて。そして少し黙って…。話がややこしくなっている。」
真朱の瞼の裏に数珠が弾け飛ぶところも浮んだ。
「なんですか、また目の前で壊すつもりですか。うわあああん。こんな酷い人見たことない。」
「彗さま。私、直ぐ帰って学院長に…。」
浅葱は桔梗の手を拘束し、従者を無視して真朱を見た。
「そうか、たしかに。大好きだと豪語している者に、見せびらかしたあげく、最後に目の前で壊すという暴挙をぼくはやったことになるね。」
「え。大好き?露出の話しですよね。彗さまお話しが見えませんが。」
自分が思ったのと大分違うようなので桔梗はようやく黙った。
自分がいると話が拗れそうだとようやく判断した。
「今回の話しはだな、鑑定士。お前の大事なものを守ることに繋がる。間接的にだが。」
「付喪神を?」
桔梗は昨日、付喪神付きの器物が壊れて戻って来たのを思い出した。
そういえば、霊具の収集家がいると聞いた事がある。
今度王都でも闇市があるとか…噂だが。
だとしたら、このコは付喪神の収集家ということか。
主人は昨日この少女を呼んで、鑑定してもらい(散々見せびらかし)目の前で破壊したということか。
器物破壊は結界維持の為に仕方なかったとはいえ。なんでよりによって収集家を連れて行ったのか。
そういえば、昨日は自分が休んでいて人力車を引くものがいなかったはず。
しかし、まさか少女に人力車を引かせるなんて愚行を思いつくとは。桔梗は一人いろいろ思案していた。
「付喪鑑定士…、仕事というのは。」
「長いので、真朱と。」
「そ、そうか。しかし、会って直ぐの女性の名前を軽々しく呼んでいいのかな。」
浅葱が戸惑い桔梗を見た。
桔梗が、真朱の家の中を不躾にならない程度に見渡す。
「彗さま。推察するに、真朱さまは名字を持たれません。なのでお呼びしても何の問題もないかと。」
従者が進言する。
「そうなのか。名字が無いなら…それなら…真朱と呼ばせてもらおうかな。」
妙齢の女性の名前を軽々しく呼んで誤解をされたくないということか。
見た目のせいで女で苦労したんだろうが。
面倒くさいな、こういうの。
こっちは全く微塵も興味ないのに。
「推察通り親もおりません。よって名字もありません。ご安心ください。名前で呼ばれても、弄ばれても何の後ろ盾もありまぬ故。ご随意に。」
厭らしく持って回った言い方をした。
「鑑定士…性格なんとかならないのか。最後のご随意だけでいいだろう。」
「三軒先のババアから向かいの子らも真朱と呼ぶ。気にせず呼んで。」
「それで、付喪神のための仕事とは。」
真朱は、茶筒を2種類どちらにするか迷った。
「真朱は、結界の綻びが視えるのだろう。」
「そうですね。他のものより目が少しいいようで。」
「結界の綻びを見つけてもらえないか。」
「私はその場に行かないとわかりませんよ。遠視とか無理です。他を当たってください。」
安い方の茶筒を手に取る。
「真朱が綻びを見つけてくれて、部分修復するぐらいなら霊具を身に付けたりしなくていいんだが。」
「現状綻びが分からないから、妖怪が出たと言う報告を聞いてから現場に行って、結界をオーバー修復してる状況なんだよ。」
「どうしても霊力を限界近く消費することになるから、生命維持に霊具に頼ることになる。」
「私が、結界の綻びを見つける放浪の旅をして…見つけたら依頼主に報告をして、私が人力車を引いて送迎ですか?」
流れる作業で茶を入れて出した。
「寝言は寝て言え、ですよ。なんで私が蔵の大事な付喪ちゃんたちと離れて、依頼主のために人力車を引いて回るんですか。さ、このお茶飲んで帰って。」
安い茶葉を温めの湯で淹れてやった。
「人力車を引かせたところを根に持っているな。」
「それは、当然では…。」後ろに控えた桔梗が我慢できず漏らした。
「しかし、このままでは真朱の蔵の付喪神はいいかもしれないけど、うちの付喪は器物破壊の順番を待つことになるね。」