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枯野を出て、商店街を2人でなんとなく眺めながら歩く。
お昼時が過ぎて、飲食店の客足が引いてきたところだった。
枯野で思った以上に時間を使った。
ちょうど蕎麦屋と軽食屋の前で浅葱が真朱に尋ねた。
「何か食べる?」
「さっき骨董品をたくさん見たからな、まだ胸がいっぱいであまりそういう気分では無いが…」
通りすがりの若い女の子らが浅葱を見て頬を染める。
彼女らの手にはカップが握られていて、苺色に染まっている淡雪のような氷が入っている。
もう片方の手には木のスプーンを持っている。
「あれはなんだ?」
「ん?あれはいちごのシャーベットだね。食べてみたい?」
「初めて見た、興味がある。」
お店は直ぐに目で探せる距離にあった。
店は可愛らしい外観だ。
入口付近に立看板が出ていて、水風船の模様が描いてあり『氷菓子屋 杏』と色彩豊かに書いてある。
全体的に白の壁紙に赤やピンクの水風船模様で統一されている。
客層も若い女の子が多い。
皆一様に浅葱を見てざわつく。
店頭には大きめの水風船柄のパラソルがあり、
その下にテーブルと長椅子があった。
浅葱が、真朱をパラソルの下の長椅子に座らせた。
「そこに座ってて、ぼくが買ってくるよ。」
「いいのか。」
真朱に尻尾が見える。
嬉しくてブンブン振ってるように見える。
「フフ…わかりやすいな。」
浅葱は可笑しくて笑いを零した。
俯いて笑ったせいで浅葱の濃紺の髪が同色の睫毛にかかる。その奥のアンバーの瞳と濃紺の髪の色が対象的で美しい。
周りの女子が騒ぐ。
「そこから絶対動かないでね。」
しっかり念押しをする。
浅葱が屈んで、真朱の耳元に囁くように伝える。
「防御の結界を3重に掛けて離れるからね。真朱が動くと他の人に迷惑を掛けることになるからね。」
そのまま直ぐ術を追加で発動した。
すごい念の入れようだ。
「浅葱さま、過去に置き去りか何かされた経験でもあるのか?」
他人事じゃなく心配になった。
5分後ぐらいに、浅葱が愛らしいデザインのお盆にシャーベットの入ったカップを2つ載せて持って戻って来た。
真朱がそこにいるのを見て安心したような顔をする。
「お待たせ。」
カップの載ったトレーをテーブルに置いて、真朱の横に座る。
シャーベットを1個を真朱に手渡す。
「ありがとう、浅葱さま。」
真朱の目がキラキラする。
「いただきます。」
「うん、溶けないうちに。」
浅葱も極上の笑顔で答える。
周りの女子がそのやり取りを見て、自分のシャーベットを同じタイミングで口に入れた。
「甘酸っぱくて、冷たくて美味しいぞ。お前も溶けないうちに早く、早く。」
初めてのシャーベットに浮足立っていて、年相応に見える。
浅葱もシャーベットを木のスプーンですくって口に運ぶ。
「うん、美味しいね。」
動作がきれいだ。
周りの女子が、それに答えるように笑顔になる。
それからも浅葱の一挙手一投足に歓声が上がる。
「え、と。落ち着かないよね…ごめんね。」
浅葱が申し訳無さそうに謝ってきた。
確かに、店に入った時から周りの女子の視線がうっとおしい。
浅葱も苦労してるんだな、気の毒に。
しかもさっきよりギャラリーが増えた。
真朱はようやく、浅葱のシャーベットの氷の色が自分のと若干違うことに気付いた。
「浅葱さま、それ何のシャーベットだ?」
「気付いた?これは新商品らしいんだ。」
「新商品?」
「ぶどうらしいよ。」
「……」
それも欲しいとは口では言わないが目が言っている。
「半分食べたら、交換する?」
浅葱が提案してきた。
「い、いいのか。」
真朱は、感動した。
中等部の売店で女子同士がやってるのを見たことあった。
真朱はお金がなかったのでやったことが無かった。
実はちょっと憧れていた。
向日葵は真朱に輪をかけてドライな方なので、そんなことを言い出すこともなかった。
真朱は、溶けては交換出来ないと思い、できる限り急いで食べた。
浅葱はそれを見て、交換などと言わずもう1個ぶどうを買えば良かったと後悔した。
「浅葱さま、早く食べないと溶けてなくなっちゃいますよ。」
うきうきして知らず知らず普段より優しい口調になっている。
「良かったら、ぼくはもういいからお食べよ。」
餌付の感覚になってしまった。
先程と打って変わって機嫌が急降下した。
「浅葱さまは……半分こが嫌なのか。」
浅葱は自分の発言が失敗したことに気付いて、急いで軌道修正を掛ける。
「そんなことない、急いで食べるから待っててね。」
浅葱は、かき込むように必死で氷を口に運んでいった。
「よし。ちょうど半分だ。」
真朱はちょうど半分になるのを監視していた。
それから待ってましたとばかりに交換した。
「浅葱さまいちごの方をどうぞ。」
ニコニコしながらカップを交換する。
「ああ、ありがとう。」
どうやら正解だったようで浅葱は安心した。
真朱が手ぐすね引いて待ってる中で氷を食べるのは、浅葱の考えていたシチュエーションとはだいぶ違ったが、真朱は喜んでいるようなので細かいことを考えるのを放棄した。
周りにいた女子は、浅葱が氷を必死に食べるのを憐れみの目で見た。
彼女達も思っていたシチュエーションと違ったらしい。
後はそのまま散り散りになっていった。
気が付けば見物人もちらほらと2〜3人に減っている。
2人が店を出る頃、夕方に差し掛かっていた。
浅葱が手を繋いで2人に結界を掛ける。
「そろそろ戻っていい頃かな。」
「真朱先生。」
後ろから声を掛けられた。
振り返ると、蘇芳と梅芝が一緒にいる。
「先生達、デートですか。」
蘇芳の目が光った。
「蘇芳と梅芝は何してるんだ?」
2人けっこう一緒にいるよな。
「私達はデー」
蘇芳が待ってましたとばかりに答えようとする。
梅芝が蘇芳を遮った。
「単なる、係の仕事ですよ。買い出しです。」
「先生、それより家どうなりました?」
そうだった。
梅芝は一万円も募金してるんだった。
どうなったか気になるよな…。
「ああ…実は今は執務室に寝泊まりしてる。」
梅芝は耳を疑った。
「浅葱家、あんなに広いのに執務室ですか。親戚なのに屋敷に泊めてもらえないんですか?」
「梅芝くん…いろいろ事情があってね。」
浅葱が困っている。
「先生達、手を繋いでデートって堂々としてますよね。見られたのが私達じゃ無かったら噂になるところですよ~。」
蘇芳が話の流れをぶった斬る。
梅芝が蘇芳を無視して真朱に話しかける。
「先生家無いなら、ウチに来ますか?」
梅芝が同情してくれている。
そうだよな。
本当に親戚なら、被災してるのに家に呼んでもらえず執務室って体裁が悪いか。
「梅芝くん、一応ぼくも真朱も考えがあるのでその気持ちだけで。」
「そうです…か。」
梅芝は真朱の家の外観を見ているので心配していた。
「梅芝、私が行こうか?」
蘇芳が落ち込んだように見えた梅芝を気にして筋違いの提案する。
「蘇芳の家は立派だろう。蘇芳の家が募金が必要なほど被災したらな。」
「蘇芳、私は明日から3日間訓練室に行けないが桔梗さまから聞いたか?」
「聞きました!でも私、まだ先生の霊紋覚えてません〜。」
「そうか、お前には期待している。しっかり覚えろよ。」
「真朱先生、オレが責任持って暗記させますんで。」
「梅芝が?」
急に蘇芳が嬉しそうな顔をした。
「頼むぞ。」
真朱が梅芝を見て、一つ大きく頷いた。
「任せてください。」
「じゃ、蘇芳が覚えたら訓練再開だな。」
「ぼくたちもう帰るから、君らも遅くならないように帰ってね。また学院で。」
浅葱が2人挨拶をしてから真朱を抱え込んで転移した。




