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「明日か。」

蘇芳には連絡を入れておかないとな。

「桔梗さま、蘇芳に連絡をして欲しいんだが。」


浅葱が直ぐに声を挟んだ。

「今回は、真朱は連れて行かないよ。」

低い声で、有無を言わさない圧を掛けてくる。


「何故だ?」

「私の目は役に立つ可能性が高いぞ。」

いろいろ視れるっぽいからな。


「真朱の役目は無いね、もう結界も張ったし。女郎蜘蛛を殺さないなら、ぬらりひょんにこちらに連れて帰ってもらうからね。」

「なのにお前は、行くのか?」


「ぼくは囮だよ、ぼくが女郎蜘蛛の真意を探る。場合によっては殺す。」



「殺すのは、涼風さまだろう。お前じゃないだろう。」


浅葱がぐっと詰まる。


「 …殺す合図を出す。」


場が沈黙した。



浅葱が真朱の座っている隣に移動して腰掛けた。


真朱にの方に体の向きを変える。


「今回は……、」



「浅葱さま、大変ですわ。」

いきなり浅葱の大腿に巫女が転移してきた。


萌黄色のAラインワンピースに白の華奢なピンヒールを履いている。

栗色の緩やかなウエーブの髪を高い位置でポニーテールしている。



皆が同じように思った。

転移するのはいいとしてなぜそこに?


突然の巫女の登場で、急にソファが狭くなった。


もともと自分が座っていた場所に、浅葱が隣に来た。


狭くなったのにさらに対面に座りなおさなくてはいけなくなった真朱が、その面倒くささを想像して嫌味を言った。


「それは、…重くないのか、浅葱。」


涼風が快く自分の隣を開けてくれる。

なんていい人だ、涼風さま。


真朱が席を移ったのを見て、桔梗が茶托ごと真朱の前に移動させた。


場が冷静さを取り戻してから、涼風が皆が思っていたことを冷静に聞いてくれた。


枡花(ますはな) かすみ殿。どうして浅葱殿の太腿の上に?」



「以前、こちらに呼ばれた時ここのソファに転移の目印を付けておいたのですわ。」

堂々と言ってのける。


「何を勝手に。」

茶菓子を出そうとしていた桔梗の手が怒りでふるふる震える。


零れ落ちたりしないだろうか。

真朱は小鉢に盛られている色とりどりの金平糖が心配だった。



「巫女殿…降りようか。」

浅葱が呆れて促す。


「舛花霞ですわ。浅葱さま、早く霞と呼んでくださいませ。」


「そういえばそれどころでは、ありませんことよ。真朱という小娘のことで来ましたのよ。」


「真朱のこととは?」

浅葱が聞き返す。

「私のこと?」


霞は今気付いたようだ。

「お前ここにいたのね、涼風さまも一緒ならちょうどよかったわ。お前の身を守る為よ、直ぐ涼風さまと婚姻なさい。」


「それはどういうことだろうか。」

涼風が膝を乗り出した。


「涼風さま、真朱さまは浅葱家で囲っております。手出しはお控えください。」

桔梗が直ぐに反応する。


桔梗は持って来た霞のためのお茶をどこに置くか迷った。

結局は浅葱の茶器の横に並べるように置いた。


「お前、浅葱さまにも囲われているの?なんてことなの、ズルいじゃない。」


お盆で一緒に持って来た茶菓子をテーブルの真ん中より少し真朱寄りのところに置いてくれる。


桔梗はさっきから自分の手元のお菓子を真朱がずっと目で追っていることに気付いていた。

真朱が嬉しそうに桔梗を見る。


桔梗もにっこりして真朱の後ろに移動して立った。



「本題に入って、真朱のことで何かあったんでしょう。霞殿。」

浅葱が、話が進まないので渋々太腿に乗せたまま名前で呼んだ。


「まああ、霞と呼んでくださるなんて。一歩前進ですわ。」

太腿の上が安定が悪いのか、お尻でぐりぐり動いて安定の良い場所を探す。


その都度、浅葱が眉をしかめる。


霞が細めなので骨がゴリゴリ当たって痛いのだろう。

真朱が可哀想な目で見た。


「真朱とやら、お前は霊力の器と色が視えるのでしょう。うちの内偵が調べて来たようでお前を拐かす算段を立てていたわ、父が。」


霞が、桔梗の淹れてくれたお茶を安定が悪い中でも優雅に口付けた。



浅葱は恐れていた事が起こったと思い内心焦る気持ちを抑えた。


ここは可能な限り舛花霞から情報を引き出さなければ。

とりあえず、降りてもらおう。

話がしにくい。

それに霞の後頭部で正面の真朱の顔が全く見えなかった。


霞が、安定を求めて浅葱の太腿の上でもぞもぞ動く。


「ほらここは、座りにくいでしょ。そろそろ降りようか。ぼくの隣が空いたし。」


隣とあえて口に出せば移ってもらえるかもと思い言ってみる。


「浅葱さま、ご心配には及びません。私ここでも大丈夫そうですわ、バランス力がありますので。」

移動する気は無さそうだ。いらない特技を自慢してきた。



そのうち浅葱が脚をもぞもぞ動かして、気まずそうな表情するのを見て、涼風は柄にもなく吹き出しそうになった。

口元に手を当てて笑いたいの堪えて霞に先ほどの話の確認をする。


「舛花殿の父ということは、妖怪の世界まで領土を広げようとしている一派か。外務大臣だったな。」


霞が目を吊り上げる。

「私は仲間ではなくてよ。巫女達は、毎日次元の狭間を一生懸命管理してますわ。」


興奮すると、お尻の位置がズレるらしくまたもぞもぞ動く。

その度、浅葱のため息も室内に聞こえる。


「次元の狭間…どこにあるんだ?」

真朱は、ずっと気になっていたことを聞いた。


「私達が、守っている花の屋形にありますわ。」

「花の屋形…?」


「幻昏界に落ちて来たときに半壊だったが、唯一形が残った屋敷の名称だよ。」

「屋敷の中に次元の狭間があるんだ。人間界に行くときはそこから行くんだ。」

涼風が答えてくれる。


浅葱はいい加減降りて欲しいのだが、霞から話を聞き出すために心を無にして囮役に徹していた。


「私を拐ってどうするのだ。」


「そこまでは…。ただお前に利用価値があるということでは無くて?」

「ね、涼風さまと婚姻してしまえば、父もおいそれと手は出せませんわ。」


「それは、彗さまがお相手でも良いのでは?」

桔梗が方方に被弾する爆弾を落とした。


「確かに、相手はぼくでもいいよね…。」

対霞用の囮の判断としては間違っていると思いながらも、浅葱も桔梗の案に便乗した。


浅葱が何度か深呼吸をしているような息遣いだが、如何せん霞の後頭部で真朱からは何も見えない。


真朱は、そんな浅葱を霞越しに見て思った。

舛花霞が見かけよりも意外と重いのだろう。

脚が痺れてきているのだろうに気の毒なことだ。


「舛花さま、そろそろ降りては。話し合う大事な場なのにあなたの顔で浅葱さまが隠れてしまっているのですが…。」


真朱が助け舟を出す。


真朱が自分を助けてくれようとしている声を聞いて、浅葱が首を亀のように伸ばしてお留守番を言い付けられた子犬のような目で真朱を見た。


若干目が潤んでいる。


本当はずっと助けを求めていたのか…。


もっと早く声を掛けてやれば良かった。

真朱は反省した。



霞はそんな浅葱の様子に気付いていない風で真朱の提案など、右から左だった。


「桔梗さまっ私、反対ですわ!(浅葱さまとの婚姻に)」


「そんなに降りたくないのか…。どうする浅葱。」

不憫な目で浅葱を見た。


「もしそんなことになったら、私は今後はショックで情報収集なんて出来ませんことよ。」

ツバが飛びそうな勢いで反対する。


浅葱と真朱は目を合わせた。


もう少しこのまま頑張ってくれ浅葱。


もう少しこのまま頑張るよ真朱。


2人は目で会話した。



「それは、困るよね。じゃあ、仮初めで私と婚姻を結んでおくか。」


涼風が、浅葱の方を見ながら提案する。


涼風と浅葱は対角線上に座っているのでお互いよく見える。



浅葱が限界が来たのか勢いよく立ち上がり羽織っていたコートの前をバサっと合わせた。


太腿に乗っていた霞その勢いで滑り落ちる。


「ぼくが囮でここを留守にする間は目が届かないから、執務室全体に5重の結界を常時張り続ける。外部から破られないようにね。」

「婚姻の話は終わりだよ。それは、最終手段だ。」


「5重で貼り続けるって、霊力を消費し続けるってことかい。常識破りだね。」

涼風が、感心する。


涼風が隣に座る真朱に向かって微笑む。

「初めてできた友達を守ろうと必死なようだね。」

こそっと告げる。


「友達…、私も向日葵しかいなかった。気持ちが分かるな。ここは浅葱に心配掛けぬよう大人しくしておくか。」

涼風は、満足そうな顔をした。


「浅葱さま、急に私を振り落とすなんて酷いですわ。」

絨毯に座り込んで浅葱を見上げる。


「私、真朱さんの霊力見て差し上げたのに浅葱さまが、お約束を果してくださらないからちょっと意地悪しただけですのに。」


セピア色の瞳が涙で潤む。

バサバサと鳥の羽ばたきの音が聞こえそうな睫毛が涙で濡れる。


「意地悪だったのか……可愛い意地悪だな、なんか憎めない感じの人だな。」

真朱がフッと笑う。


浅葱が、座り込んでいる霞に手を差し出て言った。


「そうだったね……忙しくて連絡してなかったね。」

「どうかな、約束した食事の時間はまだしばらく取れそうにないから、代わりに霞殿と名前を呼ぶというのは。」


霞が手を引っ張ってもらい立ち上がる。


「名前で呼んでいただけますの?十分ですわ。浅葱さま今の約束は忘れないでくださいませ。」



霞が腕を組んで真朱の方を見た。

「真朱さん、あなたも私を名前で呼んでもよろしくてよ。」

「はは、存外かわいいな、ありがとう霞さま。」

霞は真朱の放った一言にまんざらでもない顔をした。


「さ、我々は帰ろうか。」

「明日の囮よろしく。」

それだけ言うと、涼風は舛花霞を連れて転移して行った。


桔梗が浅葱の方へ寄って来た。

「食事の件、有耶無耶にされましたね。」

「しぃ。」

浅葱が人差し指を唇に当てた。

それには真朱も気付いていた。

3人でくすっと目を合わせて笑った。



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