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「ん。」
瞼の裏がチカチカして目が覚めた。
真朱が枕元の蛍光灯に霊力を流した。
少し明るくなった。
「真朱…。」
対価とは、何を取ったていったのだろうか、と浅葱が真朱を観察する。
「お前、こんな時間にどうして?」
真朱が飛び起きる。
浅葱が手に握っていた紙袋を思い出した。
「君、これを忘れたでしょ。」
水色のワンピースを渡した。
真朱は戸惑った。
「ああ、そうだったな。わざわざ悪かったな、でもこのためだけに、枕元に立たれるのは恐怖だ。」
「雨が降りそうだったからね、無事に帰れたか気になって。もう寝ていると思わなかったんだ。」
「ごめんね。」
浅葱が周りを見渡した。
「ここは、静かでいいけど、寂しくない?」
まだ帰りそうにない。
「慣れるさ。お茶でも出すか?」
「いや。それより、今日は報告も無く直ぐ帰ったけど。」
「…いや、今夜雨だと聞いて。2〜3日降るというから雨漏りを直そうと思って。」
「お前の家からもらった服が濡れると困るから。」
「え、それだけ?」
「服だけじゃ無い!下着もだぞ。今、人間界で流行っているというのをもらったし…使い心地がいい。大事にしている、ありがとう。」
「いや、それは良かった。」
ポツポツと室内にも雨音が聞こえる。
間もなく一気に土砂降りになった。
山の天気は雨雲が停滞しやすい場所もあり、長時間降ることがある。
浅葱は勝手に椅子に腰掛け、話し掛けた。
なんとなくだが、ここにいたかった。
「桔梗の訓練をしてくれているんでしょ。ありがとう、契約にはなかったでしょ。」
真朱も目が覚めたので起き上がって、居室に案内した。
「お前、やっぱり茶を淹れてやろうか。」
浅葱がふふふと笑った。
真朱は、なんだかんだで人が良いとな思って可笑しくなる。
「桔梗は、よく分からないがお前の為に結界師になりたいようだったぞ。」
霊紋が書かれたプレートに霊力を流し、やかんを置いて湯を沸かす。
「桔梗は、昔は結界師の訓練辛がってたからね。毎回吐いてたし。直ぐ音を上げたよ。」
「しょうが無いね。2人とも幼いうちから訓練してたから。逃げ出したって桔梗は悪くない。それが、今度は楽に訓練出来るんだ、嬉しいだろうね。」
真朱は特上の茶筒を手に取る。
浅葱がそれを見て嬉しそうにした。
「今も年に何度か、人間界に行くけど、あちらに行って帰りたくないって思うこともあるよ。」
「でもぼくらは、あちらでは長く行きていけない。体内の霊力が消費され続けたら、補充出来ないからね。」
「人間界には霊素がないけど…君がぼくの霊力は湖程あると言った。なら、ぼくはもしかしてあちらでも行きていけるのかな?」
ゴゴゴ…と地を響かせる轟音がする。
「あちらに行きたいのか?」
「真朱、土砂崩れが来る…!」
浅葱が立ち上がり、真朱を抱きかかえ瞬時に転移した。
真朱の家の郵便箱の近くまで飛んだ。
この間、簪の玉を探した場所で、咄嗟に思いついた所がここだった。
間一髪だった。
土砂が裏から濁流のように蔵と家をのみ込んでいた。
真朱と浅葱の足元まで土砂が来ていた。
激しい雨が降り続いている。
真朱は家より蔵が飲み込まれたことがショックだった。
「真朱、とりあず家か学院に飛ぼう。」
大雨の中、浅葱が声を張る。
「浅葱、私は蔵からあの子達を出さねば…。」
浅葱が、真朱の腕を掴んだ。
無理に転移しようとしたのがバレて真朱に腕を振り払われた。
「浅葱だけ帰れ。」
静かな声だった。
「こんな雨の中、置いて行けないでしょ。」
「お前は、桔梗が土砂の中に埋まったら置いて行くのか。」
「何を…。」
「霊具は、私にとっての家族なんだ。もう他に誰もいないんだ。それに、蔵には母の形見もある。」
何があっても蔵に行きたい。
土砂を掻き分けて、まずは鏡を手に取って安心したい衝動に駆られる。
「ここは、私を放って帰ってくれ。母の形見だけでも救って安心したいんだ。」
思いが急かされる。
真朱の単衣は水を吸って重たくなっている。
浅葱の服も雨で肌に張り付いていた。
浅葱は思った。
真朱は、この家で一人じゃ無かった。
母の形見と生きて来たんだ。
寂しいだろうと勝手に、推察するのは真朱に失礼だが……
やはり形見を心の拠り所にしなければ生きていけなかったということは、彼女は寂しかったんじゃないだろうか。
真剣に伝えないと伝わらないだろうと浅葱が真朱と目を合わせる。
「真朱、ぼくがこれからずっと真朱の側にいるから。寂しい思いをさせないから、お願いだ。ここから一旦離れよう。」
2度目の大きな地鳴りがする。
浅葱は真朱を抱き込んで転移した。
執務室には、桔梗がいた。
「お戻りになると思っていましたが。お二人でしたか、ずぶ濡れではありませんか。」
「桔梗悪いが、執務室に寝具を揃えて欲しい。隣の仮眠室のシーツも替えて。2人分の着替えを屋敷から頼む。」
桔梗が転移して行った。
3分程で桔梗が戻る。
「とりあえず、タオルと着替えです。それとお召し物です。真朱さまのも一緒にお持ちしております。」
「寝具は今から取り掛かります。」
「真朱、着替えは一人でできるよね?ぼくが手伝う?」
「大丈夫だ。置いて来た霊具のことを引き摺っていただけだ。」
仮眠室から桔梗が出てきた。
「仮眠室の寝具の準備が整いました。真朱さまこちらへ。」
桔梗が真朱を連れて行く。
浅葱も執務室で着替えた。
簡易ベッドで横になる。外はまだ雨が降っている。窓ガラスに雨が打ち付けている。
浅葱は深い思考の海に沈んだ。
占い師に会った。今夜で2度目だ。
一度目は王宮の庭だった。
あの時、助言をもらった。
『知られてないけど、人には霊力を納める器がある。器以上の霊力は溜めれない。』
この時初めて器の存在を知った。
『訓練を頑張りなさい。いずれ、あなたの求める答えに出会える。』
これは、後半は予言に近い。ただぼくは対価を渡してない。
さっきは、何故現れた。
ぼくに会いに来たのだろうか。
あの時間、あの場所でぼくに会うことが、わかっていたようだった。
予言の力を使ったのか。
対価は真朱からもらったと。
もう一度思考を整理しよう。
仮眠室の扉が開いた。
「彗さま、真朱さまおやすみになられましたよ。」
「桔梗も、帰ってゆっくりして。いつもありがとう。」
「…仮眠室は窓なかったよね。御手洗は付いていたと思うけど、そっちも窓は…」
「ありません。」
「ありがとう、彼女は窓から逃亡するからね。」
手に霊力を流す。
霊紋を展開して霊術を発動。
執務室と仮眠室のドアノブが回らないよう結界を張る。
「念の為ね。この酷い雨はしばらく止まないだろうから。生徒にもお休みの連絡を朝に入れて上げて。もう下っていいよ、桔梗。」
桔梗は転移して帰って行った。
浅葱は、簡易ベッドに横たわった。
占い師の姿を見たことあるものは、ぼくを入れて数人。
人前には殆ど姿を現さない。
霊力は海ほどもあるという噂だが、巫女の誰も霊力量を視ることが出来なかったらしい。
あくまで噂だが、次元の狭間に落ちたときから変わらず存在しているとか。
基本的に霊力量の多いものは、寿命が長い傾向にあるが、千年以上生きているなんてことは…。
何かが引っかかる。
整理してもう一度考えよう。
あの家に、ぼくが行った。
占い師が来た。
占い師が真朱を起こした。
雨が降り土砂が流れ出す。彼女の家と蔵が…。
あれ、占い師は土砂であの家が埋まるのを予知したんじゃないのか。
ぼくが来るのも予知していたけど、多分確認に来たんだ。
真朱を心配した?
そのまま、浅葱は疲れて眠ってしまった。




